俺は必要ない
「これは明らかな不貞行為。
あなたはラナベル嬢に婚約破棄を言い渡したようですが、どう見ても責任はあなたにある!
ラナベル嬢にはなんの落ち度もない!」
ラナベルをその背中にかばい、堂々と俺の罪を告発する異母弟。
・・・立派になったな・・・。
優しいがゆえに少しばかり気が弱く、引っ込みがちだったかつての弟はもうそこにはいない。
そこにいるのは、ラナベルを守るために必死で力をつけ、逞しく成長した誰もが認める第三王子だ。
これで全てをあるべき場所へと返せる。
覚悟などとうにしていた。
だからこの結末に後悔も未練もない。
・・・そのはずなのに・・・。
「ラナベル コナー公爵令嬢。 ずっと・・・幼い頃からずっとお慕いしていました。 どうか私と結婚してはくださいませんか?」
アランがラナベルの手を取り、跪いて求婚している。
これでラナベルの尊厳を守りつつ、最低な婚約者から解放してやれる。
・・・・そう本気で思っているのに・・・。
思っていたのに・・。
────・・・これでラナベルとのつながりが全て消えてしまう・・・。
そう改めて思い知ったとき。
俺の中でずっと押し殺していた想いが爆発した。
せめて・・・・。
せめて最後に話しがしたい。
そのドレスが最高に似合っていることを伝えたい。
着飾ったその姿が女神のように美しいと伝えたい。
いや、着飾ってなんかなくたって、いつだって貴女は美しくて。
いつだって俺の心を捕らえて離さなかったと伝えたい。
貴女の婚約者でいられた日々が、どれほど幸せだったかを、そしてそんな貴女が誰よりも好きだったことを。
たった一度でいいから伝えたい。
けれど今の俺では・・・。
「───・・・月が雲に隠れました、兄上・・・」
響き渡ったのは、坦々としたルーカスの声。
「ほんの一瞬、ほんのわずかだけ・・・お心残りがないように、兄上・・・」
とん、と背中を押された。
弾みで一歩前にでた足が、そのまま止まることなくラナベルに向かって動き出す。
足が、体が、ちゃんと自分の意思で動く。
なぜ?
・・・ルーカスの権限が発現された・・・?
俺はひどい兄だ。
今日は新月ではない。
雲に隠れたとはいえ、月はまだそこにある。
この状態で権限を使うことがどれほどルーカスの身に負担をかけるか。
それにこんな大衆の面前で権限を使ってしまえば、ルーカスは・・・・。
それを正しくわかっていながら、俺はそれにすがっている。
俺は大丈夫だから、やめろと。
そういうべきなのに。
俺は一目散にラナベルへと走り寄っている。
これから惚れた男と新しい人生を歩もうとしているラナベルに。
本当に俺はどうしようもない人間だ。
けれどラナ、これで最後だから・・・。
どうか俺の気持ちを聞いてほしい・・・。
「・・・・・・・っ! ・・・この、アバズレが!!」
・・・・・・・・え・・・・・?
今のは俺の口からでた言葉か・・・・?
アバズレ・・・・?
そんなひどい言葉が俺の口から・・・・?
なぜ・・・・?
「そんな派手な化粧をし、似合いもしないドレスを来て。お前はここに男を漁りに来ているのか!」
ちがうそうじゃない。
俺はただ、そのドレスが最高に似合っていると言いたかっただけで・・・。
俺が・・・。
新月の夜の度にデザインを考え、作らせたそのドレスが・・・。
誰からの贈り物かもわからない、そんなドレスを今日この日に貴女が身につけてくれるわけがない、と。
そう思いながらもせめて最後の最後だけは、愛する貴女に婚約者としてドレスを贈りたい、と。
ルーカスの力を借りて作らせ、貴女の屋敷に届けさせたそのドレスが、「最高に似合っている」と。
そう伝えたかっただけなのに・・・。
なのになぜ・・・・・。
答えはすぐにでた。
今日は新月ではないから。
雲に隠れたとはいえ、月がまだそこにあるから・・・。
だからルーカスの権限が完全な形では発現されない。
体は思うように動かせても・・・・・。
「お前のような奴が、一時とは言えこの俺の婚約者だったなど・・・・」
言葉が制御できない。
だから言うな。もうこれ以上なにも。
口を噤み続けろ。
俺はラナベルを傷つけることしか言えない。
だから・・・。
「ラナベル、お前は俺の人生で唯一の汚点だ!」
俺を見つめていたラナベルの右目から、ツーッと音もなく涙が流れ落ちるのがいやにゆっくりと見えた。
・・・・・・・・・ラ、ナ・・・・。
ただ・・・。
ただ俺は、こんな俺の婚約者でいてくれてありがとう、と・・・。
長年貴女を苦しめてごめん、と。
そして自分勝手だとは思うが、それでも俺は幸せだったと、そう伝えたかっただけなのに。
俺はもう本当に、最後の最後まで貴女を傷つけることしかできないんだな・・・。
「手を・・・放してください、兄上。兄上はもう必要ないのでしょう?」
静かに響き渡る異母弟の声。
・・・・・ああ、そうだ・・・・。
アラン、お前の言う通りだ。
きつく握っていたラナベルの腕を力を抜いて解放する。
こんな俺は・・・。
愛する女性を傷つけることしかできない、こんな最低な俺はもう・・・。
「・・・俺はもう必要ない」
殿下のターンが終わり、自話からラナベル視点に戻ります。
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