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最低な婚約者5

誤字脱字報告ありがとうございます。

修正しました。

『魔女と契約を交わしました』

『これで兄上の制約を、ほんのわずかな時間だけでも解くことができます』


「ばかな!! お前自分がなにをやったのかわかっているのか!!」


事情を聞いた俺が真っ先に弟に浴びせた言葉がそれだった。

ルーカスは数日前から、王国の西にある貿易都市カルマに視察にでていた。

特に大きな問題があったわけでもないのに、随分強引にその話を進めていたなとは思っていたが。

まさか『魔女の森』にいくのが本当の目的だったのか?


俺の執務机の上には美しい毛並みをした猫がいて、ゆらゆらと尻尾を左右に揺らしている。

白銀の体毛()、アメシストの瞳。

確かにルーカスと同じだ。

声も確かにルーカスだし、タンタンと話すその口調も間違いなくルーカスだった。


つまりルーカスは俺の制約を解くために魔女に契約を持ちかけ、結果猫の姿に変えられた。

その事実に血の気が引いた。


「当たり前です、この俺が適当に物事を決めたとでも? 全て承知したうえで条件を飲んだに決まっているでしょう?」


いつものように淡々と響くルーカスの声。

ルーカスは合理的で、感情で突っ走ることはほとんどない。

そのルーカスがなぜ()()()()()をしたのか見当もつかなかった。

けれど・・・・。


「俺は貴方の替わりに王になる気などこれっぽっちもないんですよ、兄上。貴方には生きてこの国をまとめあげてもらわないと、俺が困るんです」


少し釣り上がった猫目で俺をじっと見つめながら。

・・・・だから、とルーカスは続ける。

その声が、僅かに震えた。

ゆらゆらと左右に揺れていた尻尾がゆっくりと下へと垂れ下がっていく。


───・・・だからお辛いでしょうが、兄上・・・もう少しだけ踏ん張っては頂けませんか・・・・?


「・・・・・・・っ!」

「この国にも、そして俺にも、まだまだ兄上が必要です。いなくなってもらっては困ります・・・」


怒ったように、でも泣きそうな声で、弟が言葉を続ける。


俺が少しでも助けになりますから・・・。

兄上のお心が少しでも救われるように。

そのためならなんでもしますから・・・。

だから・・・・。


「だからお願いです、いなくなったりしないでください」


ぽろぽろと少しだけ釣り上がったその目から涙が溢れた。


「ルーカス・・・」

「兄上、お願いです。お願いですから、兄上、いなくならないで・・・」


弟に泣いて懇願されて、ようやく俺は自分の浅はかさを思い知った。


───・・・全てを失った気でいた。


でも間違いだった。

俺にはまだ泣いてひき止めてくれる弟がいる。

「兄上のためではありません、自分のためです」と、グスグス鼻をならしながら強がる弟が。


なぁ、ラナ。

俺はもう貴女の側にいる資格はないけれど。

その代わり王になって、君が暮らすこの国を一生をかけて守っていくよ。

君がいつも笑って過ごせるように。






ルーカスが泣き止んだところで(泣いてなどいませんと怒っていたが)詳しく話を聞けば、猫化は満月の夜にだけ起こる現象らしい。

もしかしてずっと猫のままなのかと焦った俺に「そこまで無茶な条件を、兄上のために俺が飲むわけがないでしょう」と怒られた。

・・・・兄上のためではありません、とさっき言ってたくせに。

とにかく、満月の夜にルーカスは体が猫に変化する。

そしてそれとは逆に新月・・・月が完全になくなる夜にだけその権限が発現され、俺にかけられた制約が一時的にだがとける。


どうやら魔女の力は月が大きく関係しているらしい。


制約が解ける時間は僅かな時間で、数分から長くても数十分。ルーカスの体調にもよるようで、数秒、というときもあった。

権限を使うとルーカスの体には相当な負担がかるようだった。(これくらい全く問題ありません、といつも強がっていたが)

それに、ルーカスの体にも変化があって耳が・・・いや、これはあいつの名誉のために触れずにおいた方がいいだろう。

とにかく、新月の夜にだけ俺は何にも縛られず俺でいられる。

その事実に随分と救われた。

本当にルーカスには感謝しかない。

俺はいい弟に恵まれた。





新月の夜、俺はずっと気にかかっていたこと手紙に書き、満月の夜に猫化したルーカスに届けてもらうことにした。

先月見かけたラナベルも、その前の月に見かけたラナベルも、顔色が少し悪く見えた。

無茶をしていなければいい。

こんなこと俺が言えたことではないが。

何か辛い思いなどしていないだろうか。

貴女はもう充分すぎるほど頑張っている。

どうかお願いだから体を大事にして欲しい。

そんな内容の手紙を筆跡で俺だと分からないように、隣国レーナの言葉で書き綴った。

この国では認知度が極端に低い言語だが、優秀なラナはそんな言葉まで問題なく習得している。

さすが俺のラナベルだ

・・・いや、もう俺のではないんだったな・・・。


差出人もわからない手紙が毎月届く。

ラナベルはさぞ気持ち悪がっていることだろう。

そう思ったが、書かずにはいられなかった。

ずっと言えなかったこと。

だけどずっと言いたかったこと。

それらの言葉を自分勝手に書いては毎月送りつけた。


だから本当に嬉しかった。


ルーカスが、ラナベルからの返事を咥えて帰ってきた時は。

『あなたの手紙にとても勇気づけられている』、と。

そうラナが返してくれた。

細かい装飾が入った翠緑の便箋には美しい文字で、確かに『勇気づけられている』と。


長い間、貴女を傷つけることしか出来なかったこんな俺が、貴女のために出来ることがまだあった。

それはほんの小さなことで、もしかしたら優しいラナが気を使ってその言葉を返してくれただけかもしれないが。

それでも俺の心は救われた。


なあ、ラナ。

貴女を少しでも元気付けたくて手紙を書いたのに、結局は俺の方が貴女に元気づけられてしまった。

嬉しかったよ、ラナ。

俺の心を救いあげてくれてありがとう。







ところで余談だが・・・・。

猫化したルーカスが余りにかわいいので抱かせてくれと頼んだところ、全力で拒否られ逃げられた。

そしてそれ以降滅多に近づいてこなくなった。

ルーカスいわく、俺の体からは猫をダメにする匂いがするらしい。

なんだそれは。

俺はそんなにひどい匂いがするのか・・・?

身だしなみには気を付けているつもりなのだが。

「そういう意味ではありません」とルーカスは言っていたが、ではどういう意味だというんだ。

・・・それにしても、匂い、か。

まさかこんな形で生き物に嫌われる謎が解明されるとは思いもしなかった。

一度あのもふもふの体に顔を埋めてみたかったのだが。

俺の体からそれほどの異臭がするならそれも叶わないというとこか。

とても残念だ・・・。









読んでくださりありがとうございました。

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