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最低な婚約者3

「なんだ、死ななかったのか」

自分の口からでたあの言葉を俺は一生忘れることはない。





その姿を見るのはおおよそ3週間ぶり。

げっそりと痩せてしまったラナベル。

長く昏睡状態に陥り、それでも死の淵から無事に生還し、眼を覚ましてくれた俺の最愛の人。

まだ体が辛いだろうに、俺に見舞いに礼を丁寧に述べてくれる。

そんな彼女の気丈な姿に泣きそうになった。


『本当に無事でよかった』

「なんだ、死ななかったのか」


鼓膜を奮わせて届いたのは、聞いたことがないほど冷たくそっけない自分の声。

ひゅっと恐ろしさのあまり小さく息を飲み込んだ。

自分にこんな声がだせたのかと驚愕したのも事実だが、そんなもの大したことではない。

それよりもずっと俺の心を引き裂いたのは、その内容だ。

無事でよかった。

心の底からそう呟いたはずだった。

なのに実際俺の口から出てきた言葉は、彼女を気遣い無事を喜ぶそんな言葉とはほど遠いもので・・・。

死の病から生還できたこの状況で、婚約者である俺からあんな言葉を投げつけられたらラナベルは・・!

無意識に目を背けてしまっていたラナベルに、慌てて視線を戻した俺は・・・。


呆然とその場に立ち尽くした。


驚いたように俺を見つめていたその美しい眼に、みるみる涙がせりあがってくる。

きゅっと引き結ばれたかさついた唇。

フルフルと震える痩せてしまった小さな肩。


俺の言葉がラナベルを傷つけた・・・。


『ごめん、ちがう、そうじゃない。今のはそういう意味じゃ・・・・』

「些事で、これ以上僕を煩わすのはやめてくれないか」


俺の意思を無視して勝手に紡がれる、そっけなく冷たい言葉。

そしてラナベルの後ろにある窓。

そのガラスにうつった自分の、余りにも険のある鋭い表情に。

今度こそ言葉を失った。

そして、この時になって初めて。

愚かな俺はあの時の、あの風変わりな『魔女』が言っていた()()()()の意味を正しく理解した。



五日前、護衛もつけず単身馬を走らせ続け、『西の森』に無事にたどり着いた俺は。

そのまま何の準備もせずに、深い森の中へと足を踏み入れた。

今思えば、どんな生物が棲息しているかもわからないあんな樹海の中に、コンパスもナイフも、食料すら持たずに足を踏み入れるなんて自殺行為にも程があるのだが。

その時の俺はそんなことを考える余裕さえなかった。


光の届かない、じめじめとした森の中をあてもなく進む。

向かう先がどこかもわからない。

けれど立ち止まっていることが怖くて、草を、枝を掻き分けただ一心に前に進む続けた。


そして俺は、あの風変わりな『魔女』に出会った。

随分とくたびれた真っ黒なローブを身につけた、腰の曲がった怪しげな老婆。


顔を合わせるなり「願いはなんだ」と彼女は俺に聞いた。


俺の願いは決まっている。


相手の名前も素性もなにもかもわからない。

けれど俺にそんなものは必要ない。

相手は誰だっていい。

この世には、祈りだけで願いを叶えてくれる都合のいい神などいない。

どんな権力者も医者もラナベルを助けられない。

誰も助けてくれないのなら、いっそ悪魔でも魔女でもなんでもいい。

その代償に何を求められたって構わない。

だから、だからどうか・・・・・。


「どうか俺の大事なラナベルの命を助けてくれ!!」


─────・・・・・それだけが俺の望みだった。

ラナベルのいない世界など俺には考えられなかったから。

そして俺はその願いを叶える代償として、『真実愛するものに愛を伝えられない』という制約を受けた。





あの時。

魔女は確かに俺に言った。

「願いを叶える代償にお前は愛するものに愛を伝えられなくなるが、それでもいいのか」、と。

その意味を良く考えもせずに、安易に頷いてしまった自分を心底愚かだとは思う。


けれど・・・・。


あの時頷いたこと、俺は後悔したことは今まで一度もない。

神は貴女を救ってはくれなかった。

けれど魔女は約束通り貴女の命を救ってくれた。

それだけが俺にとって全てだったから・・・・。










見舞いに行ったはずなのに。

その回復を誰よりも望んでいたのに。

俺の訪問は結果としてラナベルを傷つけるだけにおわった。

その後のことは良く覚えていないが、多分俺は、傷つけてしまったラナベルになんのフォローもしないまま逃げ帰って来たんだろう。

まあフォローしようと思っても、魔女の制約を受けている俺が適切なそれをできたかどうかは疑わしいところだが。

とにかく俺は、その日からラナベルと距離を置くようにした。

魔女との制約を受けたままの状態で会ってしまえば、またラナベルを傷つけるだけだとわかりきっていたから。


何日もラナベルに会えない日が続いた。


ラナベルの存在を感じられない。

声さえ聞けない。

そんな日々に気が狂いそうだったが、会えばどうしたって俺の態度がラナベルを傷つける。

だから必死で我慢した。


言葉だけでも厄介なのに、さらに俺を苦しめたのが行動の制限までかかってしまうということだ。

ラナベルを思っての行動は全てうまくいかない。

ラナベルに手紙を書けば、その内容は全て辛辣な言葉に勝手に変換されたし、ドレスを贈ろうと思えばラナベルに似合わない、ラナベルの趣味でないものばかりを選んでしまう。

言葉も、表情も、行動さえも縛られ、何もできなかった。


親愛の言葉が勝手に侮蔑へと変換されるのであれば。

もしや最初から侮蔑の言葉を言ってみれば、変換されて親愛の言葉にならないだろうかと、浅知恵を働かせてみたが。

結果はさんざんで・・・。

侮蔑の言葉は変換などされずに、そのまま俺の口からラナベルに向かって放たれた。

俺が意図して発した言葉が、ラナベルを傷つけた。

その事実が、俺の心は深くえぐっただけだった。


余計なことを言わないように、口を噤み続けることができればあるいはまだよかったのかも知れないが。

日に日に美しくなっていくラナベルの姿に、「かわいい」と無意識につぶやかない、という自信など到底持てず。

そしてその「かわいい」がどんな恐ろしい言葉に変換されるか予想もできず・・・。


結果として、俺はラナベルから逃げつづけた。

婚約者としての茶会は一ヶ月に一回に。半年に一回に。そしてついに、全て理由をつけて拒みつづけた。


活力を失い、どんどん痩せていく俺を心配したルーカスが、事情をラナベルに話そうと飛び出して行くのを何度も止めた。

第三者に、俺の事情をラナベルに伝えてもらう。

それができたらどれ程楽だっただろう。

けれどそれは絶対にできないのだ。

それを誰かがした時点で、魔女と俺との契約は不履行、俺の願いは消えてなくなるとそう言われていた。


俺の願いはラナベルの病を治し、彼女の命を救うこと。


つまり誰かがラナベルに事情を説明すれば、ラナベルは再び病に倒れることになる。


それだけはダメだ。

なにより大事なのはラナベルの命。


それを失うくらいなら、俺が制約を受ける方がいい。

どの道、この婚約は俺のわがままで、俺の意思だけで結ばれたものだ。

そこにラナベルの意思なんかなかった。


・・・・ラナベルはきっとアランに好意を寄せていた。

以前ラナベルが嬉しそうに読んでいた絵本。そこに出てくる王子の挿絵は、アランにそっくりだった。

金髪、碧眼で、見るからに穏やかで優しそうな王子。

見た目も中身も冷たい俺とは大違いだ。


ラナ・・・。

俺の大事なラナ・・・・。

いつかこんな王子様と素敵な恋がしたいと言っていたものな・・・。

・・・その夢を邪魔しているのは俺だ。

王子妃教育がうまくいかないと、苦しんでいる貴女に声もかけられない。

泣いている貴女を励ますことも、その涙を拭ってあげる事もできない。

綺麗に着飾っても、褒めてあげれない。

流行りのドレスを贈ることもできない。

目も合わせられない、優しい言葉一つも言えない、贈り物すらまともにできない。

こんな俺が婚約者じゃ貴女が可哀相だ・・・。

わかっているのに。

貴女の大事な時間を、ただ一度しかないその時間を、俺が無駄にしてる。

そうちゃんとわかっているのに、どうしても手を放してあげられない。

貴女のことが、本当に好きなんだ・・・・。

いつか必ずアランのところに返してあげるから・・・。

だからお願いだ、もう少し・・・。

もう少しだけ俺の婚約者でいてほしい、ラナ・・・。



















読んでくださりありがとうございました。

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