最低な婚約者
みなさまお察しかと思いますが。
殿下の事情を数話挟みます。
よろしくお願いします。
「このアバズレが!」
・・・・ああ、違う、やめてくれ。
「そんな派手な化粧をし、似合いもしないドレスを来て。お前はここに男を漁りにきているのか!」
・・・違う、やめろ。こんなことが言いたいんじゃない。
「お前のような奴が、一時とはいえこの俺の婚約者だったなど・・・」
やめろ、もうそれ以上言うな!
「ラナベル、お前は俺の人生唯一の汚点だ!」
・・・・・・もう・・・やめてくれ・・・・。
こんな・・・こんなことが言いたかったわけじゃない。
ただもう一度話がしたかっただけなのに・・・。
───・・・俺はもう・・・貴女を傷つけることしかできないんだな・・・・。
わかってた。
あの時から、もう普通の関係ではいられないと理解していた。
いつか手放してあげなきゃいけないと、ちゃんと覚悟もしていた。
なのにこんなに長い間ズルズルと関係を続けてしまったのは、ひとえに俺の心の弱さ故だ。
───・・・だけどもういい加減、手を離さなきゃいけない。
「力不足で申し訳ありません、兄上・・・」
後ろからルーカスの声が聞こえてくる。
苦しそうな息づかいも。
・・・謝るな、お前は少しも悪くなどない。
雲に隠れたとはいえ、月はまだそこにある。
その状態で権限を使うのは相当辛かったはず。
なのに俺のために一心に身をなげうってくれた。
ありがとう。
でももういいんだ。
俺はもう、ラナベルを解放してあげなければいけないんだから・・・・。
「手を・・・放してください、兄上。兄上はもう必要ないのでしょう?」」
静かに響き渡る異母弟の声。
・・・・・ああ、そうだ・・・。
───・・・俺はもう・・・。
「・・・俺は必要ない」
きつく握っていた手の力を抜き、ラナベルの細い腕を解放する。
もう二度と触れることはないだろう。
もうその姿だってきっと見ることはない。
彼女はアランとこれからの人生を生きていくのだから。
そう仕向けたのは俺なのだから・・・。
・・・・これでさよならだ、ラナ・・・。
何年も前からこうなることはわかっていた。
だけど・・・。
あの願いを口にしたことを、俺は一度として後悔した事はない。
何度同じ場面に立たされようと。
その結果何度身を引き裂かれるような思いを味わうことになろうとも。
俺は迷わず何度でもその願いを口にする。
『どうか俺の───────』
カルシオン王国第一王子である俺、ウィルフレイがラナベルと初めて出会ったのは、俺が9歳、ラナベルが7歳、妃候補との相性を見るために、身分を隠して各領地を回っていたときだった。
その頃の俺ははっきり言って相当に捻くれた子供だった。
なまじなにをやっても人並み以上の成果を出せる。
剣術も、学問も、乗馬も、なにもかも。
一度教われば理解できたし、実践できた。
だからだろう。
先賢の言葉も、両親の言葉さえ軽んじた、生意気でありながら感情の起伏のほとんどない、一言でいえば可愛くない子供に成長した。
なにをやってもつまらない。
なにをやってもうまくいくし、なにをやっても世界は予想の範疇をこえない。
人生はこんなにも退屈で、こんなにも淀んでいるのか、と。
おそらく淀んでいたのは俺の眼と心の方だったんだろうが。
その当時、俺には世界は白と黒の二色にしか見えなかった。
『綺麗』でも『汚い』でもなく、ただただ単調でつまらない世界。
そんな人生が終わりを迎え、世界が色づいてみえたのは、三つ目の訪問先でラナベルに出会ってから。
出会った頃のラナベルは本当にお転婆で、公爵令嬢でありながら釣りをしたり、木登りをしたり、泥まみれになって飼い犬と戯れたり。
はっきり言って有り得ないほど奔放に過ごしていた。
衝撃的だった。
令嬢がそんな事をしている事実にも驚いたが、一緒になってやってみた釣りや木登りが余りに楽しくて。
俺は毎日朝から日が暮れるまでラナベルと泥だらけになって遊んだ。
・・・・多分ラナベルはその事を覚えていないか、もしくはあの日一緒になって遊んだ子供が俺だとは気がついていないと思う。
けれどそれでいいと思った。
あんな生意気で、捻くれた子供が俺だったなんてラナベルには知られたくなかったから。
城にもどった俺は今までの態度を改め、立派な王子になれるように勤めた。
なぜって、ラナベルが王子様に憧れていたからだ。
かわいい挿絵が入った絵本を見せてくれて、『こんなかっこいい王子様といつか素敵な恋がしたい』とそういっていたから。
だからラナベルに選んでももらえるように慢心を捨て、必死で己を磨いた。
そして半年後。
俺達、三人の王子の婚約者候補を選ぶ茶会で、ようやくラナベルに再会できた。
釣りや木登りをして楽しそうに笑っていた姿もとても可愛かったが、綺麗に着飾った姿も天使のように可愛かった。
彼女の周りが、そして世界がキラキラと輝いて見えた。
誰にも渡したくないと思った。
王子は三人いて、弟のルーカスも、異母弟のアランもラナベルの可愛さに見とれていたから。
だから第一王子の権限を最大限に使って、強引にラナベルの婚約者に収まった。
ラナベルの意思をまるで無視した、俺の都合による俺のための婚約だ。
もしかしたらラナベルは、ルーカスやアランの方がよかったと悲しんでいるかもしれない。
でもそれでも手放してはあげれなかった。
だって俺はもうラナベルなしでは生きていけそうになかったから。
ラナベルに好いてもらえるように、毎日努力した。
丁寧に、そして大切に接した。
ラナベルと過ごす時間は本当に楽しくて。
夢のように幸せな時間だった。
一つ小さな気掛かりがあったとすれば、異母弟アランの存在だ。
俺やルーカスと違い、アランだけはあの茶会で婚約者候補を選ばなかった。
その後もおそらく何度も条件に合う令嬢と見合いをしていたはずなのに、婚約者候補を選ぶことを拒みつづけた。
「ピンとくる令嬢がいなかったから」とそう言ってたらしいが、実際はそうじゃない。
時々王宮に遊びにくるラナベルを見つめる、アランの眼。
俺はあの眼をよく知っている。
あれは、俺がラナベルを見つめるときと同じ眼だ。
明らかに熱を帯びた、トロトロに甘い視線。
アランはラナベルに恋をしていて、その想い故に他の婚約者候補を選べなかったのだと嫌でも理解できた。
仮の婚約者を一時期側に置くことさえ認められないほど。
────・・・アランはラナベルに本気だ。
その想いに気がついてからはより一層ラナベルを大事にした。
この婚約はラナベルの意思を無視して強引に俺が結んだものだ。
だからせめて俺に選ばれてよかったと思ってもらえるように、日々己を磨き高みを目指し続けた。
初めこそ俺の我が儘で始まった関係だったけれど。
俺とラナベルの関係はいたって良好だったように思う。
俺が会いに行けばラナベルは最高にかわいい笑顔を向けてくれたし、楽しそうに色々な話を聞かせてくれた。
なんでもないささいな出来事でさえ愛おしくて。
世界がキラキラと輝いて、最高に幸せな毎日だった。
けれど。
そのかけがえのない時間は、あの夏の日に終わりを迎えることになった。
最初にその知らせを持ってきたのは誰だったか。
ラナベルの父であるコナー公爵か。それともコナー公爵家の筆頭執事だったか。
もしかしたら、国王である父だったかもしれない。
それすらもうあの時の記憶は辛すぎて、良く覚えていない。
とにかく誰かが俺に知らせを飛ばしてくれた。
『ラナベルが命にかかわる病に倒れた』と。
後にも先にも、あんなにも苦しくて、あんなにも辛い思いをしたのはあの一ヶ月をおいて他にない。
ラナベルが倒れた。
あんなにも元気で、あんなにも愛くるしかったラナベルが。
毎日時間をつくって見舞いに行った。
なにか俺にも出来ることがあるんじゃないかと、寝る間も惜しんで医学書を読みあさったけれど。
所詮大した医学知識のない俺なんかに出来ることなんか、何もなくて。
日に日にやせ細り、弱っていくラナベルを側で見ていることしかできなかった。
ラナベル、と呼びかけても眼を開けてくれない。返事もしてくれない。
握りしめた手が燃えるように熱くて。
弱々しい呼吸音が今にも止まってしまいそうで、ただただ恐ろしかった。
初めて心の底から、信じてもいなかった『神様』なんて者に真剣に祈りを捧げた。
ラナベルをつれていかないでくれ。
どうかどうかラナベルを助けてくれ、と。
けれどやはり神なんて存在しないのだ。
ラナベルが病に倒れて2週間後。
赤い斑点がラナベルの全身を覆いつくそうとしていた。
弱々しい呼吸。一向に下がらない熱。紫色の変じた唇。ぐったりと横たわる、がりがりに痩せてしまった小さな体。
昏睡状態に陥っているのだと、毎日医学書を読んでいた俺には理解できた。
絶望感で目の前が暗く染まる。
いやだ、いやだ、いやだ・・・。
【この病の致死率はおおよそ50%。抵抗力の弱い子供や老人が特に命を落としやすい。
発症原因は不明。他者にはうつらない。
有効な治療法は確立しておらず、現在の医学では対症療法が主流】
いやだ、やめろ、知りたくない!!
なのに何度も、そして何冊も読んだ医学書。そこから得た知識が俺に最悪の未来を予想させる。
【発症から10日程で赤い斑点が全身に広がる。
そうなると意識障害、視力障害、聴力障害、嚥下障害、呼吸障害に、体温調節障害。
ありとあらゆる生命機能に障害をおこし、発病からおおよそ3週間から1ヶ月ほどで・・・・】
やめろ!!
───・・・【多機能不全をおこし、死に至る】
読んでくださりありがとうございました。