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兄上には渡さない

「何度でも言うよ。ラナベル コナー公爵令嬢。 ずっと・・・幼い頃からずっとお慕いしていました・・。 どうかわたしと結婚してはくださいませんか?」


僕はこの日、ずっと伝えたかった思いをようやく想い人に伝えることができた。


何年も彼女一人を想いつづけた。

最初にあの茶会で会ったあの瞬間に眼を奪われ、そして言葉を交わした瞬間から心を奪われた。

ころころと元気に笑う彼女は本当にかわいくて。

溌剌と自分の意見を言う彼女は本当に聡明で。

失礼なことだとは思うけれど、他の令嬢と話していても彼女の事ばかりが気になった。


茶会が終わってすぐに母上に彼女を婚約者にしてもらうように頼んだのに。

僕が彼女の婚約者になることはなかった。ウィルフレイ兄上も彼女を望んだからだ。


側妃の子でしかも第三王子の僕よりも、正妃の子で第一王子である兄上の希望の方が優先される。


そんなこと今までも何度もあったのに。

今回ばかりはどうしても納得ができなかった。


婚約はまだ正式な物ではなくて、相性次第では結び直されることもある、と母上に聞いて。

僕は己を高めるために、ひたすら努力をした。

ラナベルに選んでもらえるように、何度も内緒で会いに行ったりもした。


なのに、何も覆せないまま正式にラナベルは兄上の婚約者になった。


もう並大抵の事ではこの婚約をなかったことにはできない。

その事実は僕をどん底へと突き落とした。


兄上の側で楽しそうに笑うラナベルを何度も見かけた。

そしてそんなラナベルを、これ以上ないほどに大切にする兄上の姿も。

どこから見ていても幸せそうな二人。

もう僕の入り込む余地などないと、そう思った。


けれど・・・・。


いつからだろう。

あれほどラナベルを溺愛していた兄上の態度が激変した。


あれは、そう、ラナベルが死の病から奇跡的に回復した後くらいからだったか・・・。

兄上は、ラナベルを冷遇するようになった。

言葉を交わさず、視線を向けず、婚約者としての役割をほとんど放棄していた。

接触は、どうしても避けられない行事だけ。

それだって最初の入場が済んだらほったらかしで、兄上がラナベルとダンスを踊ることはなかった。

いつだってラナベルは、壁際で寂しそうにぽつんと一人で立っていた。


・・・・どうして・・・・。


ラナベルはあんなにも頑張っているのに・・・。


・・・・どうして、兄上・・・。


僕がどれ程の思いでラナベルへの気持ちを抑え込んでいると・・・。


どうして兄上は、ラナベルを大切にしないのですか?

兄上はラナベルが必要ではないのですか?

大切にできないのなら。

哀しませることしかできないのなら、僕に譲ってください。

誰よりも大切にします。

なによりも優先します。

絶対に泣かせたり、哀しませたりしない。

だから!

大切にできないのなら、僕にラナベルをください!!


・・・・・・そう訴えたのは、ラナベルのデビュタントが終わった日。


綺麗に着飾ったラナベルに微笑みどころか、視線も向けず。

ダンスも踊らずいつものようにほったらかしで。

人生でたった一度の大事な日だった。

何ヶ月も前からその日のために準備したんだろうに。

女性にとって、いつまでも記憶に鮮明に残るそんな大事な日に、兄上はラナベルを一人にした。

婚約者である兄上が踊っていないのに、他の男がダンスに誘うわけにもいかず。

誰にも誘われず、一人壁際に立っていた彼女は。

他の誰かが婚約者と楽しそうに踊っているのを一人で見つめていた彼女は。

いったいどれほど辛い思いをしていたことだろう。


・・・・僕だったらそんな思いを彼女にさせたりしないのに・・・。


同じ王子といえども序列はある。

そうしてその序列の最後尾にいるのが僕だった。

序列最下位の僕が、兄に婚約者を譲れという。

それがどれ程の無礼かよくわかっていた。

それでも自分を抑えきれなかった。

それくらいラナベルが好きだった。


そうして・・・・。

僕は兄上の怒りをかい、隣国のバハムへと強制的に留学させられた。



バハムに放り出されてから2年。

ラナベルのことを考えない日はなかった。

いつかラナベルを迎えに行くんだと誓い、人脈を広げ、あらゆる分野の知識を溜め込んだ。

友人と連絡を取り合い、兄上の動向に気をつける。

そして先日、掴んだのは耳を疑うような情報だった。


『どうやらウィルフレイ殿下は、卒業パーティでコナー公爵令嬢に婚約破棄を言い渡すつもりらしい』


その他にもたくさんの噂を聞いた。

どれも信じがたい内容ばかりで。

あの聡明な兄上が?

子爵令嬢に入れ込んでいる?

まさか・・・。

そう思ったが、いても立ってもいられず、馬を何時間も駆って国に戻ってきた。


そうしてその判断は正解だった。

まさか、こんな大衆の面前でラナベルに婚約破棄を言い渡すなんて。

それもあんな頭のおかしい子爵令嬢の言い分を信じて。


もう兄上は変わってしまわれた。


僕がなにか言うたびにルーカス兄上は「兄上の気持ちも知らないで、ですぎた真似をするな」と怒っていたけれど。

ウィルフレイ兄上の気持ちなど到底理解できない。

たとえどんな理由があったって、ここまでラナベルを蔑ろにしていいわけがないのだから。





なのに・・・・っ!


「・・・・・・・っ! ・・・・ラナ!!」


なのになぜ今更になってラナベルの腕を掴むのです!?

その手を先に放したのは兄上のはずだ。

もういらないのでしょう?

婚約を自ら破棄したのでしょう?

なのになぜ?


「・・・・・・っ! ・・・この、アバズレが!!」


泣きそうな顔でラナベルの腕を掴んだ兄上が、言い放った言葉。

耳を疑うような、ひどい侮辱の言葉。

とっさにラナベルの表情を確認する。

ぐしゃりと歪む、血の気を失った白い顔。

大きく見開かれた瞳には涙がみるみるせりあがってきて・・・。


ああ、やめてください、兄上・・・・。


「そんな派手な化粧をし、似合いもしないドレスを来て。お前はここに男を漁りにきているのか!」


もうこれ以上僕の大事なラナベルを傷つけないでください。


「お前のような奴が、一時とはいえこの俺の婚約者だったなど・・・」

「兄上、もうやめてください!!」

「ラナベルお前は俺の人生で唯一の汚点だ」


ツーッと音もなく、ラナベルの右目から涙が滑り落ちて行くのが嫌にゆっくりと見えた。

それを見た瞬間、腹のそこから激しい怒りを感じた。

今まで感じたことがないほどの怒りに、目の前が赤く染まる。


「手を・・・放してください、兄上。兄上はもう必要ないのでしょう?」

「そうだな。・・・俺は必要ない」


冷たく響く兄上の声。

兄上。

あなたのような人にラナベルは渡せない。

ラナベルは僕が必ず幸せにする。


















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