プロローグ
【むかぁしむかし、王国の西にある森には少しだけ性格のひん曲がった魔女が住んでいました。
魔女の名前はデネブ。
研究熱心なその魔女は、大きな対価と引き換えになんでも一つだけ願いを叶えてくれました。
そうして魔女は言います。
『わたしの望む答えを見つけろ』と。
幾人もの人間が魔女の元を訪れ願いを叶えてもらいましたが、誰も彼女の望む正しい『答え』を
差し出すことは出来ませんでした。
そうして『答え』を見つけられなかった人間は魔女の怒りをかい、
酷く残虐な方法でみんな殺されてしまいました】
それは誰もが一度は読んだことがある有名な絵本の中の一節。
約束は守ろうね、とか、人の力を当てにしてはいけないよ、とか。
子供に道徳心を持たせるための、作り話。
・・・と、誰もが思うだろうが、ところがどっこい、なんとその話はまぎれもない真実だ。
むかぁしむかしから西の森には何百年も生きる『魔女』が確かに住んでいるし、彼女に気に入られれば大抵の望みは叶えてもらえる。絵本にあるように、大きな対価が必要になってくるが・・・。
なんでそんなことを知っているかって・・・?
それはわたし、ラナベル コナーが転生者で、この世界はわたしが前世で夢中になって遊んだ乙女ゲーム、【魔女は真実の愛をお求め】、通称【魔女愛】の世界だからだ。
センスのかけらもない題名からもわかるように、魔女デネブの求めている『答え』はずばり『真実の愛』だ。
ゲームの解説によれば、何百年も生きて暇を持て余していた彼女は、巷で流行っていた『真実の愛』をテーマにした物語を読み、結果見事にどはまりした。
何百年も生きていて、今更気になるところは愛なのかと思わないでもないけど、彼女いわく「通常絶対に出せない力を出せるもの、それが愛」らしい。
その原理がなんなのか、どこからその力が沸いて来るのか、それを説き明かしたい、と。
うん、まあ確かに納得できる部分はある。
そしてデネブは『真実の愛』を探しはじめた。
が、自分で『真実の愛』を見つけるには当然相手がいる。時間もいる。おそらく駆け引きもいる。
正直面倒臭い。
では誰かが『真実の愛』見つけるまでの過程を観察しよう。
そうして始まったのが、完全に他人任せとなった『真実の愛』探し。
つまり、見所がありそうな人間の願いを対価・・・というより制約付で叶えてやり、真実の愛を探させるというもの。
制約は人によって違うが、最終的に『魔女』の望む『真実の愛』を見つければ、その制約も解けるという内容だった。
───・・・そして今わたしの前にもそんな『魔女』と制約を交わしたんであろう人間がいる。
コツコツと静かな足音を響かせてわたしに近づいてくる絶世の美男子。
美しい銀色の髪に、サファイアブルーの光り輝く瞳、鼻筋のすっと通った高い鼻に、少し小さめの唇。
長い手足に、服の上からでもわかるほど鍛えられた、たくましくしなやかな体。
文句のつけようもないほど完璧な容姿をもつあの人は、この国カルシオンの第一王子であるウィルフレイ カルシオン。
わたしの婚約者であり、そして【魔女愛】のパッケージのど真ん中に描かれている人・・・つまりメインヒーローだ。
王子殿下はこれでもかというほど鋭い目でわたしを睨みつけながら、こちらに向かって歩いて来る。
婚約者に向けるにはあまりに冷たい目と、何かを決意したような険しい表情だ。
右側に弟である第二王子、ルーカス カルシオンを。
後ろには側近であるレイリーとライナスを引き連れている。
そしてもう一人。
我が婚約者様の左腕に執拗に絡み付いているのは、ピンクゴールドの髪をした小柄な女性。
名前はアイシャ ベルン。
ベルン子爵家のご令嬢だ。
見目麗しく外見も内面も完璧な、第一王子にしてメインヒーローのウィルフレイ殿下。
そんなその完璧王子の婚約者である、きつめの顔立ちで公爵令嬢のわたし。
王子の腕に絡み付く、お約束のピンク頭で、庇護欲をそそる外見の子爵令嬢。
子爵令嬢を取り巻く、これまた美形ぞろいの男性達。
そして場所はこれまたお決まりの卒業式後のパーティ会場。
・・・・お察しいただけただろうか?
今わたしに向かって歩いて来る美男子集団は全てヒロインさまの攻略対象者さま。
あそこで勝ち誇った笑みを浮かべているピンク頭がこの物語のヒロインさま。
そしてわたしはコナー公爵家の長女、ラナベル コナー。
【魔女愛】における悪役令嬢の立ち位置であり、ピンク頭を虐めたとして断罪され婚約破棄を言い渡されるお先真っ暗なご令嬢なのだ。
「ラナベル コナー公爵令嬢」
距離にして大人十人分程離れた位置で立ち止まった、超が付くほどの美形集団。
(・・・少し離れすぎではないだろうか?)
その中でも飛び抜けて美しい我が婚約者さまは、氷のような冷たい声でわたしの名を呼んだ。
・・・わたしだって馬鹿じゃない。
あの軽蔑しきった表情と、突き刺すような声で名前を呼ばれたら例えわたしが転生者じゃなくても、今から何が起こるのかは大体想像がつく。
いやそれ以前に、婚約者であるはずのわたしではなく、ピンク頭をエスコートしている時点で、推して知るべし、だ。
しかもわたしは今回、エスコートどころか、ドレスすら贈ってもらえていない。
・・・今までは、嫌そうな顔をしながらも婚約者として最低限の勤めは果たしてくれていたのに。
「・・・・・はい、ウィルフレイ殿下」
貴族として。
婚約者として。
王族であるウィルフレイ殿下に、腰を折り最上級の礼をしながらも心は絶望に染まっていく。
ああ、やっぱり始まってしまうのね・・・・。
ゲームでは、この卒業パーティでラナベルはヒロインを虐めたとして断罪されていた。
でもわたしはゲームのような虐めなど一つもしていない。
当たり前だ。
断罪されるとわかっているのに、誰がそんな愚かな真似などするものか。
一部の隙も与えないように、常に真面目に、醜い嫉妬に身を落としたりせず厳しく己を律し、高みをめざしてきた。
国母として、また何事においても優秀な成績をおさめるウィルフレイ殿下の妃として恥ずかしくないように、毎日毎日努力し続けた。
やましいことなど何一つない。
けれど・・・・。
「ラナベル コナー公爵令嬢。 今この時を以て、お前との婚約は破棄させてもらう」
静まり返った会場に響くのは刃物のような鋭さを持った冷たい声。
ずっとずっと努力を続けてきた。
遊びたいのも我慢して、全ての時間を費やしてきたのに・・・。
・・・・・それでもやはりわたしは断罪されるのだ。
今までの努力は全て無駄に終わり、ありもしない罪を語られ責められる。
あのゲームと同じように。
ああ、これがゲームの強制力、なのかな・・・。
あまりの絶望に心を染めながらも、わたしは今まで共に過ごしてきた殿下との思い出を思い返していた。
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