エヴェレストの雪
地球上でもっとも高い山。
標高八千メートル以上。別名、世界の頂上、エヴェレスト。
エヴェレストの山頂付近に、生前の姿をとどめたままの虎の死体があるらしいという、古より伝わる伝承があった。
如何に登ったか、どうして登ったか知る由もなく、確かなことは己の足で一歩一歩確実に登り、エヴェレストに史上初めて歴史を刻んだことだけだった。
虎は何を思いエヴェレストに登ったのか。
虎は何を思い引き返さなかったのか。
虎とて気が付いていたはずだ。これ以上進めば命がないことを――だが虎は引き返さなかった。
飲まず食わず一心に山頂を目指した。
足は冷え感覚がなかっただろう。
雪が舞い、橙色と黒の模様は白に浸食されてもなお、孤独な闘いを続けた虎。
時に立ち止まり。
時に気を失い。
時にめげそうになりながら最期まで諦めなかった。
頂上が見えていた。
もう少し進んだ先に、頂上があるのだと知っていた。
最期の命尽きる瞬間まで、虎の足は山頂を向いていた。
エヴェレストの山頂付近に、一頭の虎の死体があるらしい――。