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リストランテに着くと特段ラインの格好はとやかく言われることなく自然と個室まで移動できた
既に注文済みだったようで先に着いて一息つくとすぐにコース料理が始まる
一品目が出された時チラチラと目が合うラインになんだかベスお兄様を思い出した
ベスお兄様はとにかくマナーの授業が嫌いでよく抜け出していたのもありとにかく授業が進まなかった
そのうちルーファお兄様に抜かされ、、遂には私にまで追い付かれる始末だった
マナーの先生に私と一緒に授業を受けさせられいよいよ諦めて逃げなくなったが授業中私の動きをチラチラみたり、、
会食の場などでリストランテやパーティに参加するときも不安なのかチラリと周囲の手元を盗み見ていた
今でも苦手意識が拭えないようで、格式ばった席は極力避けているし、好きなものも手でつまんで食べれるという理由でサンドイッチだ
ラインの落ち着かない雰囲気がなんだか不安げで昔のベスお兄様を彷彿とさせた
常に給仕の人がいては周囲も気になるだろうと思いコースを無視して早めに料理を全て持って来てくれるようにお願いして、ドリンクも呼び鈴で呼ぶからと人払いをした
急に個室に3人にしたせいかルカ様は目をパチパチとしている
本来コース料理を一気にお願いするのはマナー違反だが特に咎められるほどのことでもない
「ごめんなさい、その、、あまり人に見られていては色々とお話ししにくくて」
そうルカ様に返答すると納得したように頷かれる
実際にそれもあったし丁度いい
「これで落ち着いて食べられるわね」
ラインにニコリと笑いかけると少し困ったような顔でラインは頷いた
「ジャケットはもう脱いで大丈夫だ」
そうルカ様に促されジャケットを脱いだラインは相当窮屈だったのかようやく解放されたように腕を動かした
「そのまま差し上げようと思っていたが、不要そうだな」
「お気遣い痛み入ります」
よそよそしいラインの口調はなんだか聞き慣れない
何か話題をと思うがどちらに声をかけたほうがいいのか、、
そもそも2人の共通の話題が思いつかない
2人が会話するのもなんだか変だ、、つまり私が黙った時点でこの場には沈黙が訪れる
どうしようかと焦るほど話題は頭に浮かばなくなる
今日の劇の話はもうルカ様と大方してしまったし、、どうしたらいいのだろうか
一気に運ばれた料理を黙々と食べている2人にどうしたものかと思いながらも私も料理を口に運ぶ
ろくに味もわからないほどの重い空気を破ったのは意外にもラインだった
「失礼を承知でお伺いしたいのですが、なぜ10年も婚約していて一度もリーチェに好きだと伝えなかったのですか?」
思いがけない質問に私は飲んでいた飲み物を吹き出しそうになってしまった
「それはお父様が止めたからで」
劇中にもその描写はあったはずなのにと焦ったがラインは首を振る
「婚約を公爵代理から望んだということを伝えるなと言われただけで好意を寄せるなとも思いを伝えるなとも言われていないようにも聞こえたけど?」
ルカ様は相変わらずの無表情で感情が読めない
ラインの反論に何もいえず口を開けたり閉じたりするしか出来ない
「リーチェは、月に一度必ず落ち込んで帰ってくる日がありました
婚約者とのお茶会の日、、前日に何度もお茶会のシミュレーションに付き合っていたからよく知っています
・・・俺はずっと、政略結婚でしかなくてリーチェは婚約者に愛されていないんだと思って、、こんなにリーチェに思ってもらえてるのに、、なんて贅沢なやつなんだって、、そいつが羨ましくてしょうがなかったんですよ」
ラインの言葉に私は慌てて言葉を遮ろうとしたがラインに視線で諌められる
ルカ様が失礼をとやかくするタイプではないことは知っているが、だとしてもハラハラする
「いつもリーチェが色々話しかけてるの、適当にあしらってたんだろ?
なのになんで急に大切にするそぶり見せるんだ?
俺の横槍のせいで急に手放すのが惜しくなってるなら辞めてもらいたいんだけど?」
あまりに挑発的な口ぶりに思わず立ち上がる
「ライン、せっかく食事の席を用意してくださったのに失礼でしょ!」
少し声を荒げたつもりだったがラインは何食わぬ顔だ
「別に仲良くしようなんてはなから思ってない
仮にずっと好きで婚約してたとして、10年間も向かいに座ってる婚約者の表情すら見ずに保身ばかりしてたやつにリーチェ渡せるわけねーだろ」
「渡すも渡さないも、選択するのは彼女だ」
明らかに火花を散らしている2人に私はどうすることも出来なかった
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ーーー
あれからより一層重くなった空気の中帰宅し、玄関で大荷物を持ったベスお兄様と鉢合わせた
「お!リーチェ、良かった行く前に会えて」
「お兄様?」
ベスお兄様は私をぎゅっと抱きしめてそのまま話し始める
「お前のせいじゃあないから気に病まないでくれな
あんな台本書いちまったし念のためしばらく他国を旅しながら過ごそうと思ってな
居場所がバレちゃ意味ねーからあんまり手紙書けないかもだけどさ、たまに連絡はするから」
私の背中をぽんぽんと叩き励ますように言葉を続ける
「リーチェも、俺みたいに自分勝手に好きなように生きろ!
どんな選択したって良いんだ」
「うん、、ありがとうっ」
なんだか今生の別のようで涙が溢れてしまった
慰めるように背中をさすってくれるお兄様にますます涙が溢れる
「都の宿はそのまま使えるようにしておいてあるからさ、なんかあったらリーチェが好きに使って良いから、女将さんにも言っといてある
それじゃあ、、元気でな」
足早に出てしまったベスお兄様だったが私に釣られてから少しだけ目元が赤くなっているように見えた