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1、レティシア・アルベリーニ侯爵令嬢、婚約破棄される

 絵画で埋め尽くされた高い天井から色とりどりのガラスがきらめくシャンデリアが下がり、四方の壁には金の額縁で飾られた名画がいくつも並ぶ。(ぜい)を凝らした広間に(つど)うのは着飾った男女。木管フルートの優雅な旋律に合わせてゆったりとステップを踏む。


 曲が終わると周囲の貴族令嬢から賞賛の声が上がった。


「レティシア様のステップ、今日も完璧!」


「姿勢も足取りも全て美しいわ!」


「私たちみんなの憧れですわね!」


 私――レティシア・アルベリーニはほほ笑みを浮かべ、彼女たちに礼を言う。


「ちっ、いい気になりやがって」


 口汚くののしるのは、あろうことか私の婚約者であるクリストフォロ王太子殿下だ。その横にはパジェス子爵家のピア嬢がべったり。


「また始まったわ。殿下の嫉妬」


「しっ、聞こえますわよ!」


「それにしても自分の婚約者が優秀で喜ばない殿方なんて、いらっしゃるのねぇ」


 周囲から聞こえる令嬢や奥方たちのつぶやき。


 私だって数年前は同じことを思って驚いていた。王太子妃としてふさわしい教養を身につけるため努力してきたのに、それが王太子の自尊心を損なうなんて――


 だが今夜はそれ以上の驚愕が待っていたのだ。


「レティシア、今日という今日は言わせてもらう!」


 王太子が場違いな大声を出す。


「僕はこの場でお前との婚約を破棄する!」


 さすがの私も目を見開いた。


 こんなときどんな対応が正解か、この十年間王妃教育にばかり励んできた私には分からない。むしろ流行の婚約破棄小説を貸し借りしている侍女たちの方が詳しいだろう。


 勉強ばかりしていないで、流行りの物語の一つでも読んでおくべきだったわね。どれもこれも似たような長いタイトルで、そんなの興味ないわと古典や叙事詩ばかり読んでいたのよ。


 だけど次は、王太子が令嬢の罪状を述べるシーンだってことくらい分かるわ。でも私は悪役令嬢ではない。ただひたすら勉強してきた侯爵令嬢に、婚約破棄される理由なんてあるかしら?


「いいか、レティシア。君が王妃になると国が迷惑するのだ!」


 ずいっと一歩踏み出して、ふわっとしたことを言い出す王太子。いやその、王国を擬人化されましても……


 うしろから聞こえるささやき声が解説して下さる。


「殿下のプライドが迷惑されるのよ」


「あんな優秀な方と結婚しては、ご自分が窮屈なんでございましょ」


「抜けていらっしゃるから優秀な妃をあてがわれたんでしょうにねえ」


 自分の婚約者が下位貴族に「抜けている」などと言われるのは情けないものがある。おっしゃる通りだから反論もできないのがまた痛い。


「僕はここにいるピア・パジェスと婚約することを宣言する!」


「そうよっ! 殿下はアタクシと婚約しますのっ! ホホホホホ~」


 服について取れない猫の毛みたいにびっとりと密着したピア嬢が高笑いを披露する。


「あらまあ、高らかな笑い声がからっぽな頭によく響くこと」


「殿下にお似合いですわねえ」


 これはもはや口さがない貴族連中の見世物になっていると思われる。


「僕の愛するピア、あの女に僕たちの愛を見せつけてやれ!」


 十年以上、婚約者として過ごした私を「あの女」呼ばわり。


「…………」


 なぜか言葉に詰まるピア。


「ピア嬢、どうなされました?」


 私が気遣って声をかけると、


「助けてぇ。あの女がいじめるのぉ」


 王太子の腕にしがみついた。子爵令嬢にまで「あの女」呼ばわりされる私。


「僕は真実の愛を見つけたんだ!」


「そうよ! 殿下は真実の愛を見つけたのっ!」


「それがこのピア嬢だ!」


「アタクシよぉ!」


 なるほど。殿下のお言葉を繰り返すことしかできないから、さっきは発言を求められて固まってしまったのね。


「彼女といると人生が楽しいのだ!」


 王太子は全肯定して下さる女性がお好みらしい。


「殿下はアタクシといらっしゃれば人生楽しめるのよ!」


 一個も新しい情報がない発言は控えてほしいものね……


「いいか、レティシア。ピアはお前と違って若くて愛嬌があって素直でかわいいし、僕の言うことに反対しないのさ!」


 最後の一文が最も重要なのだろう。


「そうよ! 私はレティシア様と違って若くて……えっと――」


 あ、一瞬前の記憶がもう飛んだのね。


 がっかりしているのは私だけではなかった。


「え? あれが次の王太子妃?」


「そして次の王妃だと?」


「終わったな、我がタルタニア王国」


 殿下の残念な振る舞いに、そこかしこから漏れる盛大なため息。


「ジャンカルロ殿下はまだお小さいし」


 そう、王位継承権第二位のジャンカルロ殿下はまだ三歳だ。疫病が流行って子供が育たない時期が長かったため、クリストフォロ王太子のご兄弟は年の離れたエヴリーヌ王女とジャンカルロ王子しかいらっしゃらない。十年前、山脈の向こうにあるグランヴァルト帝国が薬を援助してくれて、長く続いた流行り病は収まったのだが。


 タルタニア国王が苦しくてもグランヴァルト帝国に助けを求めなかったのは、帝国が小国であるタルタニアを配下に収めようと画策しているから。何を口実に属国化されるか分かったものではないと警戒していたのだ。




 結局、王太子の婚約破棄は認められ、彼はお望み通りピア嬢と婚約した。




 王太子に婚約破棄された令嬢に婚約を申し入れる貴族などいないだろうから、私は当分独り身だろう。


「もしかしたら一生独身かも知れないわね。修道院にでも入って勉強を続けようかしら」


 私は勉強が好きでしていたところがある。王妃になる必要がなくなっても、自分の楽しみのために本を読みたい。


「いやいやお前の知識は我が侯爵領経営に生かしてほしいよ」


 うしろから声をかけたのは長兄のイレネオ兄様。


「お前も知っている通り、父上は宰相の仕事で王宮に通い詰め、ニコラウスは騎士団長として王都を飛び回っている。二人とも侯爵領運営を手伝う暇なんかないだろ?」


 ニコラウス兄様は我がアルベリーニ侯爵家の次男。


「サンドロはまだ小さいですしね」


 と私も答える。三男のサンドロはまだ六歳。私のすぐあとに生まれた妹や弟たちは疫病で命を落としてしまったのだ。


「そうだよ。しかも俺の婚約者は君のように政治の話が分かる令嬢じゃないからね」


 兄とそんな話をしていたのも束の間、なんと私を妻にと所望する強者(つわもの)が現れた。

読んでいただきありがとうございます!


二話では主人公のレティシアさんを「妻にと所望した強者」が登場しますので、ブックマークしていただけると嬉しいです。


ページ下の☆☆☆☆☆から評価もお聞かせいただけると嬉しいです!



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