それを、淡い恋とは呼べず。
さんさん。
天からから降り注ぐお天道様。
「今日はぽかぽかとしていてあたたかいですね」
庭に咲く薔薇を手入れしながら、薔薇たちに話しかける。
「今日もみんな綺麗ですね」
色とりどりに咲く薔薇たちに、にっこりと微笑む。
一人暮らしのじいさんだが、薔薇がいるから寂しくない。
少し前まではそうだった、が。
すると。
「おはようございます、和彦さん」
赤い薔薇の垣根の隙間からにこりと、やさしく微笑みながら挨拶する少女。奏美さんだ。
「おはようございます、奏美さん」
にこっと、私も彼女に微笑みかえす。
「今日もみんな綺麗に咲いてますね」
「ああ、毎日私の愛情を沢山込めてるからねーなんて」
「そうですよ、和彦さんの愛情がしっかり注がれてるから、みんなこんなに綺麗に咲いてるんですよ」
そう言って、彼女は艶やかな黒髪を耳に掛けると、薔薇に顔を近づけて、すんすんと薔薇を香った。
「…いい香り」
目を瞑り、赤い薔薇を香る彼女の仕草が美しくて、思わず見とれてしまう。
───はっ、として、私は彼女に言う。
「ああ、奏美さん、薔薇を何本か持っていくかい?そろそろ教室の薔薇たちが眠ってるころだろう?」
『眠る』とは、『枯れる』という意味だ。枯れるという言葉が私はあまり好きではないので、そう表現している。
「また頂いていいんですか?いつもありがとうございます」
「いやいや、君みたいな可愛らしい子に毎日お世話される方が、この子らは喜ぶよ」
「う~ん…それはどうかな~?和彦さんにお世話されてる方が嬉しいんじゃないかな?私が薔薇だったら、眠るまでずっと、和彦さんにやさしく見つめられていたいけどなぁ…」
彼女は目の前に咲く、赤い薔薇の花弁をやさしく撫でるようにして触れながら、そんなことを言った。
「…はは、年寄りをからかうのはいかんよ」
「見つめられていたいって言ったら…どうします?」
─────────ザアアア……
突風が私と彼女の間を通りすぎた。
彼女の長くて艶やかな黒髪が風の方へ強く揺られる。
セーラー服の赤いリボンがばたばたと、彼女の胸元で暴れていた。
彼女の涙に濡れた、大きくて美しいダークブラウンの瞳が、やさしくけれども強く、私の瞳を見つめていた。
目が離せない美しさ…だが。
ぴたりと、風が止まる。
「…見つめたよ。はい、薔薇どうぞ」
「…そういう意味じゃないんだけどなぁ~…和彦さんの鈍感」
先程まで大人びた仕草をしていた彼女は、頬を膨らませ、子供のような反応をした。
「そうだよ、私は昔から鈍いって家内にもよく怒られてましたよ」
「…奥さんのこと……」
「ん?」
「うんん、何でもないです。薔薇ありがとうございます。行ってきます!」
「気をつけていってらっしゃい」
彼女は胸に私が渡した薔薇を抱えながら、学校の方へと駆けていった。ふわりふわりと左右に揺れる美しい黒髪が朝日を浴びて、さらに美しく艶やかに輝いていた。
学生服のスカートがひらりと小さく捲れる…
彼女の姿が消えるまで、私は彼女の背中を見つめていた。
「…私は鈍感だけど、君の真っ直ぐな瞳に気づかないほど、鈍くはないよ」
彼女の私への『想い』が真実のものか偽りのものか、そこまでは分からない…けど。
私は彼女に会うたび、彼女を想うたび、胸が動悸していた。
けど、中学生の彼女と私の年の差は、きっと彼女の祖父と同じくらいなのだろう…いや、それ以上かもしれない。
「………いかんいかん。こんなことだと家内が怒って、でっかい雷を落としかねん」
今日もその、淡い恋とは呼べない想いを喉の奥へと飲み込み、薔薇の世話を続けようとした。
時。
彼女の甘い香りを乗せた風が、私の頬をやさしく撫でた。