プロローグ
お久しぶりです。
- プロローグ -
もう疲れた。
季節は冬。
強い風が髪を振り乱し、体を冷やす。
俺は靴を脱ぎ、持ってきていた手紙を靴で抑える。
高い飛び降り防止のフェンスを乗り越え、フェンスの向こう側に立つ。
俺は今から、ここから飛び降りて自殺する。
ある日、俺は突然いじめにあった。
きっかけは多分ないのだろう。ただ、俺が狙いやすかったから。
それだけで地獄の日々が始まった。
皆の前で晒し者にされたり、殴る蹴るは日常茶飯事で、小遣いも取られたり、いつも罵詈雑言を浴びせられる。
呪いのように言葉が、痛みが身体中を巡って苦しめられる。
両親にはいじめの相談は出来なかった。
心優しい両親にはどうしても心配や迷惑を掛けたくなかった。
でも、段々と隠すことに罪悪感を感じるようになった。
それでも、俺はやめる気にはなれなかった。
冷たい風が頬を痛いほど吹き、まるでやめてしまえと言われているようだと感じた。
きっと、自意識過剰だろう。
両手を広げ、風を受け止めながら俺は一歩、空に踏み出そうとする、その時。
「ねぇ!」
「!?」
突然聞こえた声に慌てて後ろを振り返る。
そこには長い黒髪のポニーテールを風に舞えさせながら、キッと細められた目が俺を見つめている。
セーラ服から見える素肌には絆創膏やガーゼが貼られていて、少女は傷だらけだった。
少女は俺に一歩、近付く。
「死にたいなら、その命。私に預けてよ!」
風にかき消されないように大きな声で告げられたフェンス越しの言葉は驚きの言葉だった。
何を言ってるんだと、思いながら俺は少女に近付く。
「預けて、何になるんだよ」
何が変わるんだ。
今日、この屋上で死なないと俺はあの地獄から逃げさせないんだよ。
「逃げよう!」
俯いていた顔を上げる。
少女の顔を見つめる。少女は微笑みながら、俺に手を伸ばす。
「一緒に、こんな所から逃げようよ」
こんな地獄から一緒に。
そう告げられた言葉に固まる。
逃げるってどうやってだよ。俺達が行ける場所なんて限られてる。
不可能だ。その筈なのに。
俺は目頭が熱くなるのを感じながら、少女に手を伸ばす。
フェンス越しに合わせられた手の温もりを想像し、そして俺は有り得ない言葉を言う。
「いいよ、逃げよう」
これはある日、出会った少年少女の逃避行の話だ。