97.「調査と殲滅」
【轟龍奈】
ボロボロになったハレを置き去りにして、紫雷の魔女からなんとか逃げ延びたのが八日前。
ハレはあの場から逃れる事が出来たのだろうか。怪我も酷かったし、どうか無事でいて欲しい。今の私には祈ることしか出来ないけれど。
「──よお、八日目ぶりだな。お前も呼び出しか? 一人ってことは轟さんはまだ安静なんだな」
「……好き好んで龍奈がこんなとこに来るわけないでしょ、そっちこそあのプッツン女は一緒じゃないわけ?」
振り返るとふわふわ頭が立っていた。この第四カセドラルに偶然いるわけもなし、おそらく私同様あの妖怪ジジイに呼び出されたのだろう。それにしてもあいかわず辛気臭い面ね。まあ、今は私も人の事は言えないだろうけど。
「人の女に随分ないいようだな、否定はしねぇが」
「……病み上がりの龍奈としては、ややこしいのが居ないならなんでもいいわ」
あの女がふわふわ頭と別行動するなんて違和感があるけど、正直今はそんな事気にしている余裕はない。さっさと終わらせてハレの安否だけでも確認しないと。
無機質な廊下にふわふわ頭と私の足音だけが反響する。しばらく歩いて、ようやくエレベーターにたどり着いた。ここから地下へずっと降っていくと、ようやく妖怪ジジイがいる本館だ。
カセドラルは何処もバカ広くて複雑な構造だから、ナビゲーション端末を無くしたら家に帰れない自信がある。それくらい迷路じみた作りをしているのだ。
「お前、バーンズのおっさんにくれぐれも失礼な口聞くなよ」
エレベーターに乗り込むと、ふわふわ頭がボソッと呟いた。
「アンタに言われたく無いわよ、しかも龍奈は普段サービス業に従事してるんだからね。釈迦に鉄砲よ」
「それを言うなら釈迦に説法だろ、人間が神に戦争仕掛けたみたいになってんぞ」
「……うるさいわよ」
こんな奴とのどうでもいいやり取りでさえ、ハレの顔が頭をチラついてしまう。どうしよう、会いたいよ……ハレ。
* * *
【平田正樹】
──ようやくバーンズのおっさんがいる部屋に辿り着いたが、正直拍子抜けだった。
ハング・ネックのクズは常に重武装のボディーガードと女を侍らせていたが、バーンズのおっさんの私室には若い女が一人だけだった。若い女と言ってもおそらく魔女なんだろうが。
「二人共よく来てくれたね。急な呼び出しにも関わらず迅速な対応、実に優秀だ」
「は、恐縮です。本日はどのような御要件でしょうか」
横目で轟龍奈を見ると、軽く会釈しただけですこぶる態度が悪い。組織のNo.2に向かってこの態度はまずいだろう。
「実は君たち二人に別々の仕事を用意していてね、まず平田君の方から話そうか」
バーンズの話ももちろん気になるが、おっさんの後ろにいる女がさっきから気がかりだ。お菓子を空中に投げては口でキャッチ、と言う行為を延々繰り返していて気が散ってしまう。行動に加えて髪も桃色と派手なもんだから余計に視界にちらつくのだ。
「ちょっとアンタ、さっきから行儀悪いのよ。普通に食べなさいよね!」
「……おまッ、ばか!」
マジでこいつは何を考えてるんだ。あれは見るからにバーンズのお気に入りの魔女だ。その魔女に向かって喧嘩を売るような事を……釈迦に鉄砲ってか? 洒落にならんぞ。
「ハッハッハ、言われているよヒメ。お行儀よく食べたらどうだい?」
意外にも、バーンズは寛容だった。長らくハング・ネックの下にいたせいか、こういうことに過敏になり過ぎているのかもしれない。
「──ヒメがお行儀よくお食事とかできるわけねーのだ。そーいうの、ヒメの耳に念仏ってやつなのだ」
バーンズの後ろにいた女はケラケラと笑いながら、再びお菓子を空中へ放り投げた。
「悪いね轟龍奈君、あの通り強情っぱりでね、見逃してやってくれ」
「……かわったわよ」
「分かりましただろ」
俺は冷や冷やしながら轟龍奈の頭をはたいた。いくらなんでも無礼が過ぎる。死にたいのかこいつ。
「別に構わんよ、私は優秀なものには寛容だからね。そして私の私室に招かれている君たちはこの組織の中でもとびきり優秀だ」
「は、自分にはもったいないお言葉です」
さっさと話を終わらせて帰りたい。心臓に悪過ぎるぞこの空間。
「話を戻すけど、平田君にはヴィヴィアン・ハーツとその組織の調査、及び殲滅を頼みたい」
「ヴィヴィアン・ハーツ……あの島を襲撃した魔女を、ですか」
あの幼女は姉狐が調べ上げた情報から名前は分かっていたが、名前以外は化け物みたいな魔女だということしか分かっていない。
「正確には、ヴィヴィアンの目的を調査して、ヴィヴィアン以外の魔女を殲滅だね。彼女不死身だから」
「……それは、どういう」
あの幼女、確かに恐ろしいほどの回復魔法を使ったが、それでも不死身なんて事があり得るのか?
「あの女は四大魔女の一人、不殺卿ヴィヴィアン・ハーツなのだ。鴉創始者の一人にして魔女協会の初代盟主……ヒメでも多分殺せない化け物なのだ」
ヒメとかいう魔女がサラッととんでもない事を口にした。我ながらそんな化け物相手によく生き残ったもんだ。
「と言う事でね、ヴィヴィアンは殺せないから仕方ないとして、その部下達を殺してもらいたい。孕島を嗅ぎ回っていた以上、あの組織は近い未来私の邪魔になるだろうからね」
私の邪魔になる……妙に含みのある言い方だ。枢機卿が何か企んでいるのなんて今に始まった事では無いが、近々何か起こす気なのか?
それに殲滅なんて簡単に言ってくれるが、あの連中はそこら辺の魔女とは段違いに強い。本当に報告書を読んだのかこのおっさん。
「心配しなくてもヒメが力を貸してやるのだ。ヴィヴィアンは殺せねーけど、それ以外のザコなら問題ねーのだ」
ポーカーフェイスにはかなりの自信があったのだが、このヒメとかいう魔女は心を読んだかのようにそう言った。
「猊下、彼女はいったい何者なんですか?」
「私の良き友人だよ、血を分けた、ね」
『血を分けた』つまり、こいつがバーンズを眷属にした魔女だと? あり得ない。
それが本当なら俺や轟龍奈に合わせるわけが無いし、わざわざ危険な任務に同行させるなんてもっての他だ。この魔女が死んだら眷属であるバーンズも死ぬんだからな。
「お前様、ヒメのこと疑ってるのだ? ヒメは本当にバーンズのご主人様なのだぞ?」
再び心を見透かされた。ふざけた喋り方だが底知れないものを感じる。
「まあ、そこら辺は君が気にすることでは無いよ。とにかく任務に励んでくれ。必要なものがあったら後でまとめて申請しておくといい」
「は、承知いたしました。謹んでお受けします」
バーンズの奴、いつからこんな事を企んでいやがったんだ。こころが今日研究室に呼び出されているのも、おそらくこれと関係しているんだろうが……嫌な予感だ。
「──次に、轟龍奈君。君には彼女を頼みたい」
バーンズが手元のパソコンのキーを押すと、部屋の壁に設置されたモニターに映像が映し出された。
モニターには、医療用ベッドに横たわる少女……いや、十一番実験体が映っていた──




