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95.「エリスと新人」


 【レイチェル・ポーカー】


 エミリアの家を出た後、悶々とした気持ちのまま結局ずるずるとここまで来てしまった。


 合鍵を上着のポケットから取り出して一瞬躊躇したものの、結局わたしはドアに鍵を差し込んだ。


「──おかえり櫻子、思ったより遅かったな」


 玄関に入ってすぐ、ヒカリに遭遇した。お風呂から上がって髪を乾かしていたところなのか、下着姿で洗面所から出てきた。


「……ただいま。ごめんね、連絡しようと思ってたんだけど、つい時間を忘れちゃって……」


「いや、別に謝るこたねぇけど……エミリアの相談ってなんだったんだ?」


 ヒカリには今日、『エミリアがわたしと二人きりで相談したいことがあるらしい』と言って家を出た。気になるのは当然だろうけど、どうしようか……本当のことはもちろん話せないし……だめだ、思考がうまく纏まらない。


「うん、悪いんだけど……エミリアとわたしだけの秘密なんだ。ごめんね?」


「秘密ね、そういうことなら別にいーや。外冷えただろ? 今ならまだあったかいから風呂入っちまえよ」


「うん、そうする」


 やっぱり、とてもこのヒカリがわたしの身に起きている問題に関わっているだなんて思えない。思いたくない……が本音かもしれないけど。


 なんにせよ、こんな状態で考えてもろくな事にはならない。お風呂で身体を温めて、今日はもう寝よう。そしたらまた記憶の追憶がある。そこで何か新しい手がかりがあるかもしれないし……ヒカリのことは、きっとエミリアとわたしの穿ち過ぎだ。





* * *






「──おはようレイチェル。朝早くから悪いね」


「別に、もうとっくに起きてる時間だし。この時間に寝てるのなんてヴィヴィアンとバブルガムくらいじゃない?」


「ふふ、末の妹がしっかりもので私は安心だなぁ」


「あの二人がだらしないだけでしょ」


 玉座の間、アイビスはいつものように穏やかな様子で仰々しい椅子に腰掛けていた。ずっと座っていたら肩が凝りそうな椅子だ。


「今日レイチェルを呼んだのはね、もうすぐエリスが新しい家族を連れて帰ってくるから、その子達のおもてなしを頼みたいんだ」


「エリス……って、あのエリス・シードラ? 噂は聞いてるけど、まだ一度も会ったことないなぁ」


「エリスはここ数年各地を飛び回って仲間集めをしてくれてたからね、黒の同盟時代からの仲間だから、レイチェルの大お姉様だよ」


 エリス・シードラと言えば大層腕が立つと有名だ。なんでもスペインで悪名を轟かせていた『十三夜会ダース』という魔女組織を単騎で壊滅させたとか……。


「そのエリスが連れてくる新しい妹達をわたしが? なんでわたしなの?」


「適任だからね。今城に残ってるメンバー知ってる? バンブルビーにホアン、ガーネットときて……ヴィヴィアンとバブルガムは、言うまでもないよね」


 たしかに、個性溢れる仲間の中でも、取り分け尖ったメンバーだ。納得した。


「……あれ、ジューダスは?」


「ジューダスは仕事。西の方でまた『七罪原プレアデス』の魔女が暴れてるらしくてね、今回は怠惰の魔女だってさ」


七罪原プレアデスね……最近よく聞くけど、アイビスなら十把一絡じっぱひとからげにやっつけれちゃうんじゃないの?」


「そう出来たらいいんだけどね、メンバーの中に貴族とか外様とざまの魔女が混じってるから下手に手を出せないの。七人殺して済むならそうするけど、後々の事を考えるとね……ここはジューダスの手腕を信じようよ」


 サラッと殺すとか言うあたり、最強の名は伊達ではない。アイビスほどの魔女がもし魔女至高主義だったならヨーロッパと言わず世界の情勢が大きく変わっていただろう。

 

「だね、物騒な話はジューダスに任せて、わたしはようやく出来る後輩のおもてなしに尽力させてもらいますよー」


 わたしがレイヴンに入ってから五年。ようやく末の妹(・・・)から卒業する日が来たのだ──




* * *




──エリス・シードラは、わたしが思い描いていた人物像と真逆をいく魔女だった。


「初めまして、レイチェル・ポーカーです。長らくのお勤めご苦労様でした」


 五人の魔女を引き連れて現れたエリスは、ブロンドの髪に青い瞳、背丈はわたしとそう変わらず、顔や身体に無数の傷があったりもしなかった。ごく普通の魔女だった。


「……」


「あの、聞こえてる? エリスさん?」


「……」


 エリスは返事の代わりに僅かに口角を上げて慎ましく微笑んだ。なるほど、おまけに無口ときたか。


「……で、後ろの五人が新メンバーって事でいいのかな?」


 無口なエリスの背後に控える五人の魔女は、わたしとエリスのやり取りを黙って見ていた。大人しいというか、出迎えに来たわたしを品定めするような目つきだ。


「いかにも、今日からここで世話になる。よろしく頼む」


 五人の内の一人、赤髪の魔女が一歩前に出てお辞儀をした。なんか妙に取っ付きにくそうな人だ。


「じゃあ名前だけ最初に聞いておこうかな。貴女からどうぞ」


 取っ付きにくそうな赤髪を手で指した。


「トーラス・ベルムーだ」


 本当に名前だけ言って終了した。別にいいんだけど、なんか張り合いないな……別にいんだけどね?


「あーしはぁ、ルクラブ・モリッツだピョン♪」


「……は?」


 急にトチ狂った奴が出てきたから、ついクロバネを発動しそうになった。危ない危ない。


「は? ってなになにぃ? レイチェル先輩イライラって感じぃ? まあこれからよろしくピョン♪」


 茶髪の魔女がくねくね動きながらそう言った。なんだろう、うん……あんまり仲良くはなれないタイプだと思う。


「ルクラブだっけ、こちらこそよろしくだけど……次ピョンって言ったら殴るからね」


「わ、分かったピョ……みょん!」


 みょんってなに。


「もういい? リア・サングリアよ。レイヴンに入るとは言ったけど、自分より弱い魔女に従う気はないから、よろしく」


 黒髪を細かく編み込んだ魔女はそう言って、わたしに挑発的な目を向けた。数秒間視線がぶつかって空気が張り詰める。エリス以外の魔女が、わたしとリアから一歩離れた。


「そう、よろしくね。じゃあ次」


 しかし、わたしがそう言うと張り詰めていた剣呑な空気は瞬く間に霧散した。こんな事で一々めくじらを立てていてはレイヴンでやっていけない。


「……ち、つまらないわね」


 リアは不服そうにそっぽを向いた。


「私はエルジュ・ベラーノだ。よろしく頼むよ、レイチェル」


 リアと同じく黒髪のエルジュは、しかし態度は正反対のようで和やかに握手を求めてきた。


「うん、よろしくねエルジュ」


 握手を返すと、横から別の手が差し出された。


「私はリビラ・オルホです。えあるレイヴンの一員になれた事、光栄に思います。どうぞ、これからよろしくお願いします」

 

「どうもご丁寧に、けどそんなにかしこまらなくていいよ。リアは砕けすぎかもだけどね」


 若葉色の髪をしたリビラとも握手を交わす。そばでリアが「ふん、」と不満そうな顔をしていたけど、すぐに素直になるだろう……でなきゃウィスタリアあたりにお灸を据えられる事になる。鎖で。


「──むふぁぁあ、なんだなんだー? 朝からぞろぞろ集まって何してんだー?……って、エリスじゃーん!?」


「うわ、うるさいのが来ちゃった」


 五人の自己紹介がようやく終わり、いざ城を案内しようというところでバブルガムが現れた。しかもたぶん寝起き。もう昼だよバカ。

 

「むははぁ! 久しぶりだなーエリス! ちゃんと私ちゃんのこと覚えてるか!?」


「……」


 ハイテンションで身体に抱きついたバブルガムにも、エリスはやはりだんまりで微笑を返しただけだった。この人、こんな調子でよく五人も魔女を連れてこれたものだ。


「バブルガム、今新人の相手をしてるんだから邪魔しないでよね」


「むはぁ、レイチェルおめー何度も言うけど私ちゃんの方が先輩なんだからな! もっと敬って媚びへつらえー!」


「やだよ、ていうかわたしの方が歳上なんだから、バブルガムこそ態度を改めた方がいいんじゃない? 最年少さん」


 わたしはぷりぷりと怒るバブルガムの頭をぽんぽんと撫でた。まだ十四歳とはいえ、いささか背が低すぎる。端的に言うとチビだ。


「むふぅ、頭をぽんぽんすんなー! 背が伸びなくなるだろー!」

  

 バブルガムが凄い勢いで手を振り払った。


「伸びなくなる魔法を掛けてるんだよ」


「むふぁ!? うわーんエリスぅ!! この性悪女が虐めるよー! おんぶしてぇぇ!!」


「……」


 エリスは寄りすがるバブルガムにそっと腰を落として、背中へいざなった。無口だけどいい人だな。


「ちょうどいいや、そのままエリスをアイビスのとこに連れてってあげてよ。わたしは皆んなに城の案内するからさ」


「むっはぁ! 私ちゃんに命令すんなバーカ! 行こーエリス、レイチェルの非道をアイビスに言いつけてやるんだ!」


 なんだかんだ言ってバブルガムはエリスにおぶられたまま城の奥へ消えて行った。これでうるさいのと静かすぎるのが居なくなった。


「……よし、じゃあ気を取り直してレイヴン城を案内するよ!」


 




 


 


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