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87.「サボタージュとクアトロトロトロチーズ」


 【レイチェル・ポーカー】


「──まじかよ、閉まってんのかよ」


「……閉まってるっていうか、なんか休業してるみたいだね」


 学校を華麗にサボタージュしたわたしとヒカリは、事務所に行く前に昼ごはんを食べようという事で旧都まで足を運んでいた。


 少々見た目はアレだが、料理の味はわたし(櫻子)の折り紙付きの中華料理屋『三龍軒』が、ここにあるからである。


──が、いざ辿り着いてみると見事に店のシャッターが降りていた。それどころか、シャッターに張り紙がしてあり『命を賭けて休業中』なんて書いてあるのだ。


「休業って……なんつータイミングだよ、ついてねぇなー」


「ヒカリちゃん、持ってないねぇ」


「アタシのせいかよ」


──そういえば、休業中ということは彼もそうなのだろうか。辰守晴人、わたし(櫻子)の友達……ほぼ毎日この三龍軒でアルバイトしていた筈だけど。


「……わたしも話してみたいな」


「んぁ? なんか言ったか?」


「え? あぁ、わたしアレ食べたいなーって。ほら、前にデートした時に食べたやつ……ハンバーガー?」 


 ヒカリに晴人の事を言うとめんどくさそうなので適当にはぐらかす。


 ていうかハンバーガーも普通に食べてみたいし。記憶を失う前のわたしは食べたことあるのだろうか?


「おぉ、ハンバーガーな……あれ、今デートって言ったのか!?」


「言った言った、冗談だよー」


「……ッさ、櫻子が魔性の女になっちまった」


「知らなかったの? 魔性の女を略して魔女なんだよ?」


 わたしは大袈裟にショックを受けたようなリアクションをとるヒカリの鼻頭を、人差し指で突っついた。ビックリした顔で寄り目になるのが、とても愛くるしい。


「……うぅ、大魔女様じゃねぇかぁ……!」


 プイッと横を向いて顔を隠したけど、耳が真っ赤だから照れてるのがバレバレだ。


「さて、ヒカリをからかうのも楽しいけど、お腹も空いたしさっさと行こっか。ハンバーガー」


 そして昼ご飯が済んだら本日の本命、ヴィヴィアン・ハーツに話を聞きに行くのだ。既にアポはとってある。


 




* * *   


 



「……らしく(・・・)なってきたな、馬場櫻子」


「そう言う八熊さんは相変わらずフルネーム呼びですか」


 事務所の窓から颯爽と登場したわたしに、それほど驚いた様子もなく八熊はタバコの灰を灰皿に落とした。


 相変わらずの死神顔……昼間からこの顔を拝んでいるとなんだか気が滅入ってきそうだ。


「櫻子よ! ようやく来おったか、此方こなたのクアトロトロトロチーズバーガーちゃんとテイクアウトして来たかの?」


「もちろん買ってきましたよ、トマト増し増しで」


「ふっ、此方こなたの修行の成果が着実に表れておるようじゃなっ!」


「なんの修行だよ」


 黒と白、ツートンカラーの尖った髪色が目を引く幼女。ヴィヴィアンも相変わらずの調子だ。


 ローズと違ってレイヴンには創設時から所属していたわけだし、わたしとはかなり付き合いが長かった筈だけど、今ひとつ彼女と接していても懐かしさみたいなものを感じない。


 もしかして見た目のせいなのだろうか……温泉でバブルガムもちらっと言っていたけど、どうやらヴィヴィアンは本来幼女の姿ではないらしいし。いや、当たり前だけど。


「ふむふむ、確かにトマト増し増しじゃな! よし、ではそこに掛けるがよい」


 ブツの確認を済ませたヴィヴィアンが、わたし達をソファに促した。


「電話でも言いましたけど、今日は社長に魔女の色んな話をお聞きしたいんです」


「ふむ、此方こなたは普段、多くを語らぬミステリアスな巨乳美女で通っとるわけじゃが……まあ、今回はトマト増し増しに免じて要望に応えてやろう」


「どこで通ってんだよ」


 ソファで呆れたように腕を組むヒカリは、組んだ腕におっぱいがどっしり乗っかっている。ヴィヴィアンよ、こういうのが巨乳というのだよ。


「じゃあ早速ですけど、四大魔女について教えてもらってもいいですか?」


 ローズからもざっくりとは聞いたが、本人から聞けばまた違った話が聞けるだろう。自分語り大好きだしね、ヴィヴィアン。


「四大魔女……つまり此方こなたの話じゃな!?」


「そうですけど、他の三人についても話してもらえるとありがたいですね」


「よかろう、誰の話から聞きたいんじゃ? というか四大魔女の名前全部知っとるのか?」


「はい、エミリアから教えてもらいましたから。最初はアイビスの話を聞きたいです」


 魔女協会セラフに行ったことは前の分も含めて言わない方がいいだろう。エミリアには悪いけど勝手に名前を使わせてもらう。



「ふむ、アイビスか……あ奴と初めて会ったのは今から五、六世紀前じゃったか──まだレイヴン結成前、『黒の同盟』を率いておった時代じゃ」


 黒の同盟、確かアイビスが作った黒の魔女だけで構成された義勇軍だったか……ようはレイヴンの前身みたいなものだ。


「当時、此方こなたはまだ百五十そこそこの若輩でのう、少々ヘマをして一族を皆殺しにされ、魔女狩りに囚われておった」


 いきなりとんでもない話が始まった!


「そこにアイビスが現れ、此方こなたを助け出したわけじゃ。その時、既に仲間になるよう誘われておったんじゃが……此方こなたには先にやる事があったゆえ、それが終わったらということになったのじゃ」


「ちなみに、やる事ってなんだったんですか?」


「故郷へのお礼参りじゃ。元々此方(こなた)の一族は極東の小さな島国を根城として人間と共生しておったんじゃが、裏切りがあってのう……フランスくんだりまで出向いたところで魔女狩りにやられたというわけじゃ」


「……前に国を滅ぼしたって言ってたの、本当だったんですね」


 まさか自分の故郷を滅ぼしたとは、しかもその生き残りの子孫が八熊なんだよね。


 つまり、ヴィヴィアンにとって八熊は、一族を死に追いやった裏切り者の子孫で、八熊にとってヴィヴィアンは祖先の国を滅ぼした仇ということになる。


 思った以上に複雑な関係なんですけど。


「復讐を終えた此方こなたは、アイビスとの約束のことなどすっかり忘れて日々自殺に明け暮れておったわけじゃが、五十年程経った頃にヨーロッパで黒死病とかいう致死率ハンパない病気が流行っとると聞いての、行った事があるということで再びフランスに出向いた訳じゃ」


 さっきからとんでもなく重い話をしている筈なのに、本人があっけらかんとし過ぎているせいか緊迫感が伝わってこない。


「しかし、いざ辿り着いてみるとそこはフランスではなくスペインじゃった。まあ此方こなたのおっちょこちょいが出てしまったわけじゃな!」


「あ、そういうのいいんで、続きを」


「……こほん、その頃のヨーロッパは色々と荒れておってのう、魔女が最も多かった時代じゃから、魔女狩りに殺される魔女もごろごろおったし、反対に人間を虐げる魔女もわんさかおったわ」


「その頃スペインを仕切っておった魔女組織『十三夜会ダース』の団員を『黒の同盟』のアイビスが殺したという噂を聞いたのは、まさに運命じゃったのかもしれん」


「アイビスの事を思い出した此方こなたは、自殺と観光がてらに会いに行く事にしたのじゃ。道中様々な出会いと別れ、ロマンティックが止まらない話もわんさかあるんじゃが……今回は割愛じゃの」

  

 ヴィヴィアンが自分語りを始めそうな雰囲気を察して、わたしは視線で釘を刺した。伝わったようで何よりだ。


「紆余曲折を経て、数年でアイビスに再開した此方こなたは、約束通りあ奴の仲間になる事にした。レイヴンの結成じゃ」


「アイビスはその思想故に敵が多い奴でのう、魔女狩りはもちろんのこと他の魔女との衝突もしょっちゅうじゃった。その度に力技でねじ伏せるんじゃがな」


 ソファに小さな身体を沈めるヴィヴィアンが、クスクス笑いながらバーガーからトマトを抜き取って食べた。お行儀が悪い。


「アイビスの思想というのは?」


「当時の魔女は大まかに二つの主義に分かれておった。人間から隠れ潜み、静かに暮らしたい『魔女隠匿(いんとく)主義』と人間に魔女の力を知らしめ、支配しようと考える『魔女至高主義』じゃ」


「……アイビスは?」


「──どちらでもない、アイビスは人間と魔女が平等に暮らせると信じる『共生主義』じゃった。当時こんな事を言っておる魔女はアイビスくらいのものでのう……当然、隠匿主義も至高主義も敵に回す事になるわけじゃ」


 誰よりも理想的な平和を求めたアイビスが、結果的に殆どの魔女を敵に回す事になったわけか。皮肉な話だな。


 それでも、望んだ形かどうかは分からないけれど、五百年経った現在いま魔女と人間の共生は成されているのだ。


 未だにレイヴンの盟主として影に生きる彼女は、一体今どんな事を考えているのだろうか──


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