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84.「ジョーカーと四大魔女」


 【レイチェル・ポーカー】


 昨夜モールで買ったばかりの大型キャリーケースから、少し悩んだ末に学校の制服を取り出した。


 洗面所とか色々勝手に使わせてもらっているけど、家主が起きる気配はない。本当に朝には弱いみたいだ。


 制服に着替えた私は、手元のカードを見つめた。おそらくレイヴンに所属する魔女全員が持っているトランプ……その内の一枚、ジョーカーのカード。


 わたしの記憶の限りでは、このカードに魔力を込めればレイヴンの本拠地へと転移できる筈だ。


 レイヴンには、わたしのことを知っている魔女が少なからずはいるだろう。何故わたしに記憶がないのか、紛い物の記憶を植え込んだ者は誰か、目的は? 


 このカードを使えば、その足掛かりが掴めるかもしれない。それどころか、いきなり本命・・に辿り着くかも──


「……行ってくるね、ヒカリ(・・・)学校遅刻しちゃダメだよ」


 ソファの上で毛布にくるまり、可愛らしい寝息をたてる少女に、小さく声を掛けた。


 わたしの事を好きだと言っていた少女──


 彼女はどう思うだろうか、目覚めてわたしが姿を消していたら。


 わたしがもう、完全に別のわたしになったと知ったら──



 手元のカードに魔力を込めると、カードがまばゆく煌めいた──





* * *




「──ここが……レイヴンの本拠地?」


 ジョーカーの光に包まれたわたしは、確かにヒカリの部屋から転移した。


──しかし、わたしの眼前に広がっているのは、やけに見覚えのある光景だった。


 壁も、天井も、床も、何もかもが清廉な白に支配された空間。


 わたし(櫻子)の記憶では確かここは……


「──え、櫻子さん?」


「……お久しぶりです、ローズさん」


 正方形の部屋に一つだけある扉から、ローズが出てきた。


 つまり、間違いなくここは魔女協会セラフの本部。以前マゼンタに光るカード(・・・・・)で連れてこられた場所だ。


「ど、どういうこと、どうして櫻子さんがここにいるのかしら?」


 ローズは未だに状況が飲み込めないのか、かなり困惑した様子だ。


「実は、わたしもよく分からないんです」


 わたしはジョーカーのカードをヒラヒラとローズに見せた。


「……!? そのカード……少し、話を聞く必要があるみたいね」


 カードを見て一瞬目を丸くしたローズは、しかし直ぐに平静を取り戻してそう言った。


「そのカードをどこで?」


「最近、魔女狩りに襲撃されたんですけど……」


「……な、なんですって!?」


「あ、でも偶々(たまたま)近くにいたバブルガムさんが魔女狩りを追い払ってくれたのでそれ程の被害はなかったんですけどね」


「そ、そうなの……この短期間になんだか凄いことになっていたのね」


 ローズは以前会った時はかなり落ち着いた、鷹揚おうようとした雰囲気だったけど、今日はこの状況に困惑しているせいか、少し印象が違う。


「このカードなんですけど、その時に落ちていたのを拾ったんです。さっき何となく触ってたら急に光り出して……気がついたらここに」


「そう、事情は分かったわ。櫻子さんもビックリしたでしょう、すぐに家に帰れるように手配するわ」


 もちろんローズにわたしがレイチェルだと打ち明ける気は無い。というか、今のところ誰にも打ち明けるつもりは無い。


 ローズはレイヴンの元メンバー、トランプのことも当然知っているだろう。


 余計な詮索をされない為にも、ジョーカーのカードは拾ったことにしておいた方がいい。


「あの、こんな事を言うのは厚かましいんですけど……もしよかったら少しお話しとか……出来ないですか?」


──そして、レイヴンの本拠地に転移しなかったのは少々誤算だったけど、魔女協会セラフにもかつてレイヴンに所属していた魔女は沢山いるわけである。


 わたし(レイチェル)の事を知るという目的には差し支えないだろう──むしろ、遅かれ早かれここには訪れていたかもしれない。


「あら……あらあら、勿論構わないわ。前にあんな事があったから、てっきり魔女協会うちにいい印象はないと思っていたんだけど、よかった、嫌われてはいないみたいで」


 ローズは少し驚いたような顔をした後、いたずらっぽい顔で微笑んだ。


「そんな、嫌うだなんて滅相も無いですよ」


「ありがとう、早速秘蔵の紅茶とクッキーでおもてなししたいところだけど……あともう少しだけ待ってくれる?」


「ええ、構いませんけど……ここでですか?」


「そうよ、実は私がこの部屋に来たのは仕事をサボりに来たからじゃないの」


「……?」


 ローズは勿論ジョークで言っているわけだけど、確かにこんな何も無い部屋に、どうしてローズがやって来たのかは甚だ疑問だ。


──と、その時……部屋の中央が光ったと思えば、急に二人の女性が現れた。つまり、転移してきたのだ。


「──到着っと……って、ローズと……馬場櫻子?」


「さ、櫻子さん!? どうしてここに?」


 転移してきたのは、いつかのわたしを拉致したマゼンタと、同僚のエミリアだった。


「どうも、おはようございます」


 合点がいった。おそらくスパイとしてVCUに派遣されているエミリアが、定期報告か何かをするタイミングに、偶々たまたまわたしが鉢合わせしたのだろう。だとしたら凄いタイミングだ。


「さて、じゃあ皆んなで紅茶でも飲みましょうか」




* * *




──以前連れてこられた時と同じように、長い階段を登り、大きなシャンデリアが見下ろすエントランスを抜け、そしてローズさんの秘蔵の紅茶がある部屋へ。


 前と違うところは、ヒカリやカルタ達が居ない事と、逆にエミリアが居ること。


 そして、わたし(櫻子)がいなくて、わたし(レイチェル)がいることだ。


「──なるほどね、ヴィヴィアンがついてるから万が一魔女狩りが手を出してきても大丈夫だと思っていたけど……そう、寝てたの」


「はい、私達が魔女狩りと戦っている間ずっと寝ていましたね」


「……ある意味では、期待を裏切らないわよね」


 エミリアによる温泉合宿事件の報告がひとまず終わった。

 

 改めて思うがヴィヴィアンは本当に何をしているんだか……ローズとマゼンタも流石に呆れ顔だ。


「結局ヴィヴィアンが何を企んでいるかは、今のところまだ分からないということね。引き続き監視をお願いするわね、エミリア」


「はい、お任せ下さい──それで、その……どうして櫻子さんがここに?」


 エミリアは報告中もチラチラわたしの方を気にしていた。まあそりゃ気になるよね。むしろ何で先に説明してあげなかったんだ。


「聞くまでもない、どうせヴィヴィアンに嫌気がさして魔女協会うちに鞍替えしにきたんでしょ?」


「そうなんですか!?」


「こら、適当言っちゃダメよマゼンタ。櫻子さんはただ私とお茶しながらお話ししに来ただけよ」


 少しニュアンスが違う気がするけど、まあ概ね合っているから別にそれでいいか。


「そうなんですか櫻子さん?」


「うん、まあね」


 エミリアは腑に落ちない顔をしているけど、ありがたい事にこれ以上追求する気は無さそうだ。


「じゃあ、報告も終わったことだし……櫻子さん、なんのお話がしたいのかしら?」


「そうですね、実はわたし四大魔女について知りたいんです」


「あらあら、貴女っていつも予想の上をいく話をしてくれるのね……あ、勿論悪い意味じゃないわよ?」


 そういえば前にもこんな事を言われた気がする。わたし(櫻子)が、だけど。


「四大魔女ね、何でまたそんな事聞きたいの?」


 マゼンタは壁にもたれ掛かりながらいぶかるような目でわたしをめつけた。


「ヴィヴィアンに言われたんです、四大魔女にわたしと同じ魔法を使う魔女がいたって。それで少し気になっていたんですけど、なかなか話を聞ける機会が無くて──」


 ヴィヴィアンが言っていたクロバネを使える魔女というのは無論わたしの事だ。まさか本人だとは思いも寄らないだろが。


「四大魔女と同じ魔法って、いったいどの魔法のことを言っているの?」


「……これです」


 わたしは椅子から立ち上がって、クロバネを発動した。気味が悪いほど真っ白な部屋に、うっとりするほどの漆黒の翼がはためく。


「……ッな、クロバネ、ですって!?」


「……あらあら、数十年ぶりに見たわね」


「この魔法……私、苦手です」


 マゼンタ、ローズ、エミリア、三者三様のリアクションだ。


「……そう、じゃあ櫻子さんはレイチェル・ポーカーについて聞きたいのね」


「はい、もう亡くなったと聞いていますけど、ローズさんなら何か知っているかと思って」


 実は亡くなってませんけどね。


「分かったわ、前にも言ったけど私がレイヴンに入ったのは組織が分裂する数年前なの──だからレイチェルの事はそこまでよく知らないけど、それでもいいかしら?」


「ええ、知っていることだけで結構ですよ」



 これが、わたしの記憶を辿る旅の第一歩だ──








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