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82.「スノウとデート【後編】」


 【辰守晴人】


──バブルガム同様、マリアの私室には風呂が付いていた。やはり角部屋は優遇されているらしい。 


「……あがったわよ、さっさと入ってさっさと出てよね」


「……はいはい、お優しくて涙が出そうだぜ」


 真冬の泉でずぶ濡れになった俺達は、風呂に入るためにマリアの私室に来ていた。


 さすがにこの気温でずぶ濡れだと、デートなんて続行不可能だからな。


「ていうか、タツモリ。服はどうする気なのよ」


 湿った髪にバスローブ姿という、何とも色気のある格好のマリアはお決まりのジトっとした目で俺を見据えた。


 きっと俺相手に恥ずかしがるとか、そういう感情はないのだろう。たまに養豚場の豚を見るような目で俺を見ている気がするし。


「……どうする気って、どうにかしてくれるんじゃないのか?」 

 

『私の部屋にシャワーがあるから、さっさと行くわよ』


──と言うから俺はここまで付いてきたのだ。


 まさかシャワーした後にまたこの濡れた服を着ろなんて殺生な事を言うつもりなのか。


「はあ? なんで私がタツモリの世話を焼かなきゃならないのよ……」


「俺、たしかマリアを助けるためにこんなずぶ濡れになった筈なんだけどなー」


「……ッ! 分かったわよ、適当に見繕っとくわよ」


 マリアについて一つ分かった事だが、一応筋は通す奴なのだ。借りを作ったままにしておきたくないタイプとも言えるが──




* * *




 風呂から出ると浴室の前に、畳んだ服と靴が置いてあった。


 黒を基調とし、所々に赤いアクセントが入った独特な服──数日前、スカーレットの部屋の掃除で散々見たレイヴンの制服だ。


 恐る恐る広げて見てみると、幸いスカートではなかったのでひとまず安心した。


 しかし、男用もあるなんて意外だ。使い道とかあるのか? 俺は今から使うけども。


 マリアの目がいいのか、それとも偶然なのか、用意された制服はサイズがピッタリだった。


 鏡を見てみると、服が違うだけで自分が妙に大人びて見えるから不思議なものである。


 ブライダルフェアの時にタキシードを着たけど、あの時もそうだったしな。服って偉大だ。


──髪を乾かして脱衣所から出ると、マリアもレイヴンの制服に着替えていた。俺が脱衣所から出てきたことには気づいている筈だが、無反応で窓の外を眺めている。


「シャワーさんきゅーな。服も」


 俺は窓辺の椅子に腰掛けるマリアに近づいてそう言ったが、依然としてこちらを向く様子はない。

   

 冬の薄い日差しがマリアの黒い髪をキラキラと照らしているのを、俺は何となく見ていた。


「──さっき、その服を取りに行く時にラテとヘザーに会ったの」


「……?」

  

 マリアが脈絡も無く急にそんな事を言うもんだから、俺はどう返していいか分からず言葉に詰まった。


「……ちょっと話したんだけどね、初デートに泉の前でご飯食べたり、泉に向かって二礼二拍手一礼したり、三回回ってニャーって鳴くなんて、聞いた事もないってさ」


「……ま、マリア、これはだな──」


 今風呂から上がったばかりだというのに、俺の全身は汗でびっしょりだった。


 まさかバレるとは……しかもこんなに早く。


 正直今すぐ逃げ出したいくらい怖いし気まずいが、今のところ彼女はまだ理性的だ。素直に謝ったら穏便に済ませてくれるかもしれない。


 恐る恐るマリアの顔を見ようと彼女の横に回り込む。


 すると、椅子に腰掛けるマリアが手にナイフを持っている事に気がついた──瞬間。


「死ねぇ人間ッ!!」


「……ひっ、ちょ……ぎゃあああああ!?」


 猛烈な勢いで襲いかかってきたナイフを、すんでのところで躱す。


 しかし、ナイフは躱したが胸ぐらをガッチリ掴まれ、そのまま投げ飛ばされた。窓に。


「……んんんんんッ!?」


 俺は窓を突き破って外に放り出された。ちなみにマリアの部屋は三階である。


「……ッ痛っ、あぅ! おぅふッ!?」


 地面に投げ出され、ごろごろとバウンドしながら林に突っ込んだ。


 咄嗟に魔力始動してなかったら確実に死んでいた。イースのスパルタ教育に感謝だ。


「……いてぇ、やり過ぎだろアイツ」


 よろよろと起き上がり、三階の窓を見上げると、ちょうどマリアが窓枠に乗り出してきた。


「……人間が、ゴキブリ並みのしぶとさね『ハイロジョーカー』」


「おい、なに魔剣出してんだ! 落ち着けマリア!」


 俺の制止も虚しく、マリアは巨大な鎌のような魔剣を担いで窓から飛び出してきた。


「気安く私の名前を呼ぶなぁ!!」


「ぎゃあああああ!!」


 俺は全速力で逃げた。


 途中林の中でバンブルビーを見かけ、助けを求めた。


──しかし、俺がスノウに追われている様が面白いのか、腹を抱えてひとしきり笑った後、満足したのかどこかへ消えていった。



 

* * *




 怒り狂ったマリアに追いかけ回された俺は、結局十分程で捕まり半殺しにされた。


 ちなみにマリアが半殺しで満足したわけではなく、全殺し(・・・)する過程でラテとヘザーが止めに入ったのだ。


 回復魔法が使えなかったら何ヶ月入院する事になったやら──


 とにかく、マリアとのデートは強制終了となり、俺は牢屋に引き戻された。


「──どうかな、これで全員との楽しいデートが終わったわけだけど……全員オトせた?」


「……そんなわけないでしょう。危うく命を落とすところでしたよ」


 牢屋に戻ってしばらくすると、バンブルビーがやってきた。


 相変わらず飄々とした人だ。


「ハッハッハ、スノウ相手に死ななかったんだからたいしたもんだよ。その制服はスノウから?」


「はい、色々あってずぶ濡れになったもんですから、借りてます」


 レイヴンの制服はさすがというか、生地が強かった。マリアには相当ボコボコにされたが、服は破れたりほつれたりしていなかった。多少汚れた程度だ。


「いいね、なかなか似合ってるよ。これは誰と結婚するか見ものだなぁ」


 バンブルビーはベッドに腰掛ける俺の前に椅子を持ってきて、向かい合うように座った。


「……今更ですけど、本当に結婚とかするんですか? こんな成り行きみたいな形で……スカーレットやイース達が一体何を考えているのか、正直俺には分かりません」


 本当に今更すぎる話だ。


 結婚した奴が俺の今後の処遇を決められるという話で、こんな事になっているわけだが……やれカカシにしたいだのペットにしたいだの、果ては殺したいからなんて理由で結婚を決めてしまっていいのだろうか。


 形だけなのは分かっているけど、それでも人生において結婚って一大イベントじゃないのか?


「──タイミングが良かったんだよ。俺達は何百年も前から魔女狩りを滅ぼすために戦ってきたけど、二十年前から一気に殲滅率が上がってね、早ければあと数年で本懐を遂げる事ができるかもしれないんだ」


 バンブルビーは隻腕の右手で、椅子の肘置きに頬杖をついて話し始めた。


 見た目はイースやスカーレットと変わらぬ少女だが、大人びた雰囲気に思わず見惚れてしまう。


「……終わりが見えたら皆その先を考えるものだよ。魔女協会セラフに流れたり、気ままに旅をしてみたり、パートナーを見つけたり……とかね」


 パートナー、つまりは……恋人や伴侶──確かにそう言われると納得のいく話ではあるかもしれない。


「……でも、だからって別に俺みたいな奴じゃなくても──」


「辰守君が思っている以上に、君みたいな存在は得難いのさ、とってもね。まず眷属になれる人間はそういないし、眷属を作ることは魔女協会セラフを敵に回すのと同義だ。血分け(・・・)は禁則事項だからね」


「魔女も皆が皆女好きってわけでもないし、かと言って人間の男はすぐに死んでしまう。だから君みたいなのを見つけると、どうしてもチャンスだと思ってしまうのさ。君、可愛い顔してるしね」


「……じゃあ、デートした人達はそれなりに本気ってことですか?」


「多少の思惑はあれどその筈だよ、スノウは……まあ、ある種本気だね」


「……俺、どうしたらいいんでしょうか」


 いい加減な気持ちで結婚なんて……そう思っていたが、いざ皆がそれなりに本気で考えているのだと知ったら、それはそれで悩みどころだ。


 少なからず彼女達に惹かれている部分は認めざるを得ないし、結婚しないと処刑される。


 けど、まだ付き合ってもいないのに結婚とか……相手は魔女だし、フーの安否もわからないのにこんな事……。


 色々な考えが頭の中で渦を巻いていた。



「迷った時、行き詰まった時、いつだって答えは自分の中にあるものさ。幸い、明日はそれを引き出してくれる魔女がいるから安心しなよ」


 ブラッシュは特殊な魔法を扱う。彼女の命令や質問には恐ろしいほどの強制力が働くのだ。


 つまり、俺の意思に関わらず『本音』を引き出せるということ──


「……それが、逆に不安なんですけど」


「ハッハッハ、『全員と結婚したいです』とか言ったら笑えるよね」


「……笑えません」


 自分自身がなにを考えているか、それが分からないのがこんなにも空恐ろしいとは──




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