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78.「イースとデート【中編】」


 【辰守晴人】


「────おう、それなりに形になってんじゃねぇか」


 部屋で魔剣の修行に勤しんでいると、いつの間にか扉の前にイースがいた。


「……イースも制服似合ってますよ」


「……」

 

 イースは何を考えているか読めない表情で、片手に持った酒をプラプラさせた。


「……それ、寒くないんですか?」


「冗談で言ってんのか? 蒼炎の魔女だぞ、俺様は」


「なるほど」


 イースは一目で夏用だと分かる丈の短いセーラー服を着ていた。


 制服の丈が短いのか、それとも胸に服の布が引っ張られてそう感じるのか、おへそがチラチラと見えてセクシーだ。


 ちなみに炎の魔法を使うからといって、この季節にこの服装でも平気だなんて道理は無いと思うが、取り敢えず納得しておいた。


「……それ、あとは魔力結晶の凝縮だけだろ。見てやってもいいぞ」


 それ、とは俺の手に握られている剣のことだろう。魔剣の修行は誰かに教えてもらわないと進まないし、願ってもない申し出ではあるが────


「はあ、ありがたいんですけど今日ってデートするんじゃないんですか?」


 そう、今日はイースとデートする日の筈なのだ。


 さっきまでかなり拗ねていたけど、部屋に来たということはそのつもりになったのだと思ったのだが。


「地下牢から出れねぇのに、他にやる事あんのかよ」


「確かに、よく考えると今日はここから動けないんですね……」


 連日のデートですっかり麻痺していたが、そもそも俺もイースも地下牢に囚われの身。


 今まではデート相手の魔女が同伴していたからこそ地下牢の外へ出ることが許されていたわけだ。


 今日のデート相手のイースがここから出られない以上、俺ももちろん出られないというわけで……


「……悪かったな、他の女共みてぇにあっちこっち連れ回してやれなくてよ」


「……いや、別にそういう意味で言ったわけじゃ」


「どうだかな、随分他の奴らと楽しそうにしてたようだが」


「な、誰がそんなことを……」


 イースが外の情報を知る手段は限られている。ご飯を持って来てくれるスカーレットから話を聞くか、今まで無かった事だが地下牢に訪れた誰かに聞くかだ。


 なんにせよ、こんな事言い出すということはやっぱりまだ拗ねてるんじゃないか。


 イースは何故か勝手に俺と婚約している気になっている。だから俺が他の魔女とデートするなんて気分がいいものではないかもしれない。


 しかし、イースは無駄にポジティブだし自信家だ。


『晴人は俺様に惚れてるから他の奴らなんて目じゃねぇぜ、ガッハッハ!!」


 とか思っていても不思議ではないのだが、いったい何故────


 

「お前、バブルガムとヤっただろ」


「……はい?」


 今なんて言った? バブルガムと、なに?


「ッとぼけんじゃねぇよ! オレ様というものがありながら、あのチビデコとヤっただろテメェ!!」


 久方ぶりにイースの怒鳴り声を聞いた。あまりの声量と内容に、耳と脳が麻痺しそうになる。


「……い、いやいやいや! 何言ってんですかイース!? 俺がバブルガムとそんなことするわけないじゃないですか!」


 俺は先日のバブルガムとのデートを思い返した。


 確かにバブルガムは、それはもうえっちだった。あんな事やこんな事を、されたりさせられたりしたが……断じて一線は越えていない。


 誰だ、そんな根も葉も無い噂をたてた奴は!

 

 いや、デートはしたわけだから根はあるかもしらんが……!


「何ぃ!? じゃあバブルガムが俺様に嘘ついたってのか!?」


「バブルガムがイースに嘘ついたってことでしょうねぇ!!」


 バブルガムかよ!! 


「……ヤってねぇのか?」


「ヤってません!!」


 つまりなにか……イースは俺がバブルガムと一線を越えたと思っていたから、あんなにも拗ねていたということか。


「バブルガムの野郎、ぶっ殺してやる」


「まあまあ、誤解は解けたんですからそんな物騒なこと言わないで下さい」


「ったく、お前もお前だぞ晴人! やましいことがぇなら先に言っとけよな!」


 イースは機嫌を直したのか、ようやく部屋に入ってきて俺の肩に腕を回してきた。


 相変わらず立派なお胸をお持ちだ。


「……そ、そんなこと言われても」


 デートが終わる度にイースの牢屋に向かってその日のデート内容を叫べとでも言うのか。無茶だ。


 そもそもスカーレットとはキスをしてしまったし、バブルガムとは結構際どい事もした。ライラックに至ってはSMプレイまでしたのだ。


 そんなこと言えるはずがないだろう。


「なんだ? もしかしてやましいことがあんのか!?」


「……な、ないと言えば、嘘になるかもしれません、はい」


 ここでイースに嘘をつくのは容易いが、明後日にはバレる嘘だ。


 この場をやり過ごしてもそこでイースに殺されるわけにはいかない。ここは正直に、かつ、オブラートに包んでそれとなく事実を伝えた方がいいかもしれない。


「……素直に申し出るとは見上げた奴だぜ、聞かせてもらおうじゃねぇか」


 肩に回されたイースの手が、俺の腕をぎりぎりと握りしめた。け、血管が破裂する!


「……す、スカーレットと、その、キスをしました……」


「……ほう、舌は入れたのか?」


 なんだその質問!


「い、入れてませんよ! ほんと、ちょっと唇が触れただけですから、ちゅって……」


 なんで俺がこんな事を言わなきゃならないのか、彼女もいないのに浮気の弁明をしているみたいで、情けないやら悲しいやらわけが分からない。


「ふん、じゃあ俺様の勝ちだな! 問題無ぇ!」


「どういう事ですか……」


 キスに勝ちとか負けとかあるのか? もしかして、風呂上がりに無理やり水を飲ませてきたアレのことを引き合いに出しているのだろうか。


 確かにかなり濃厚なキスだと言えなくも無いが、シチュエーション的にはスカーレットがぶっちぎりで勝ちなんだが……


「で、他は?」


「ほ、他ですか? バブルガムとは、その、キス以上の事を……」


「……あんの泥棒デコがぁ、俺様の晴人に手ぇ出すたぁいい度胸だなぁ!!」


 さっきまで余裕の表情だったイースが、わなわなと怒りに震え始めた。


 口から青い炎が漏れて、打ちつけた尻尾で石畳にヒビが入っている。


「ま、魔法で無理矢理ですからね!? 俺は抵抗したんですけど……」


「……今からやるぞ!」


「……何をですか?」


「バブルガムとやった事を俺様達もするんだよ!! それでイーヴンだ!」


「え、聞いてました? だからアレは無理矢理……」


「つべこべ言ってんじゃねぇ! 俺様が無理矢理してやりゃあ問題無ぇだろうが!!」


「え、ちょ、待って下さい、痛たたたッ!?」



 

* * *




 

────地下牢には当然窓なんてものは無い。ホールにも小さな灯りが壁伝いにいくつか設置されているだけで、薄暗いのが常だ。


 俺の部屋は現在灯りを落としているから、壊れた扉の隙間から差し込む僅かな光だけが、なんとか暗闇を食い止めているのだった。


「……ッ、おい、ほんとに……バブルガムとこんな事、したのか?」


「……不本意ながらですけど。イース、やっぱりこんな事やめておいた方が……」


「ば、バカか、怖気付いてんじゃねぇぞ! いいから続けろ!」


────バブルガムは電気を操る魔法が使えるようだった。


 なんでも、魔力を電気信号に変換して他人を操る事が出来るらしく、俺の身体を勝手に動かして、いやらしい事をさせられたりしたのだ。


 事が終わってから、『むはぁ、魔力始動してたら全然効かないんだけどなー』なんて言っていたが、本当に後の祭りだった。


 とにかく、イースの要望通りにバブルガムとの情事を再現しようとすると、俺がイースにあんな事やこんな事をしなければいけないのだ。


「はぁ、じゃあ、続けますけど急に殴ったりしないで下さいよ?」


「誰がそんなこと……ッあ、待て、そこは……」


「……バブルガムも、嫌だとか待てとか言いながら、俺の身体勝手に動かしてましたね」


「バカ、ほんとに、そこは……弱い、からぁッ……」


 ふむ、事前に大まかな内容は伝えておいたが、イースも中々の演技派だな。普段からは考えられない艶やかさだ。


 ただ、やっている事自体は物凄くいやらしい事の筈なのだが、いつイースが逆上して殴りかかってくるか内心冷や冷やである。


 そのせいだろうか、えっちな事をしている気は全く無く、どちらかと言えば爆弾処理でもしている気分だ。


「さあ、次は後ろからですよ、身体動かしますね」


「……な、こ、こんな格好、あのデコなんて事を……ッあぁ、ま、まって、晴人、たんま、たんまぁぁ!」


 それにしてもアレだな。バブルガムも多少は嫌がる演技とかしたりしていたが、イースのは少し過剰だな。口調まで少し崩れてしまっていて、ちょっと可愛い……かもしれない。



────二時間ほどでバブルガムのデート再現が終わったわけだが、汗だくになったイースがどうしてもと言うので、結局ライラックとのデートも再現することになった。


 大人しく魔剣の修行をつけてもらった方がよかったかもしれない────








  

 



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