74.「バブルガムとデート【後編】」
【辰守晴人】
──点と点が、線になった。
一月前に出会った記憶の無いフーは、自身をクズハラマイだと名乗った。そしてバブルガムも一月前に襲撃後の孕島でクズハラマイの身分証を発見している。
つまり、フーの正体はやはりクズハラマイで、何者かによって島を襲撃された際に記憶を失い、何らかの方法で本土へ流れ着いた。
これならば辻褄が合う。合ってしまうのだ。
「じゃ、じゃあ!……フーはやっぱり魔女狩りの──」
俺は思わずベッドの縁から立ち上がった。必然、俺に抱かれていたバブルガムもベッドから押し出される。
「むはぁ、話は最後まで聞けよなーたっつん。名前は確かに一致してるけどさ、おもしれー事に顔が一致してねーんだよ」
「……な、どういうことですか!?」
ここにきて、新たな点が現れた。俺は藁にもすがる思いでバブルガムに詰め寄った。
「むふぅ、そのまんまだよ。そもそもクズハラマイって、名前の時点でジャパニーズじゃん?」
「確かに」
なんということだ、一周回ってそんな単純な事全然気にかけていなかった。確かにフーは見るからに外国人だ。クズハラマイなんて名前は違和感でしかない。
「むはぁ、カードの女は髪も綺麗な黒色だったよ。顔にソバカスもあったし、金髪ちゃんとは完全に別人──二人は同一人物じゃねーな」
「だったらなんで、フーは自分の事をクズハラマイだなんて言い出したんですか!?」
フーはクズハラマイではない──つまり、取り敢えずだがフーはまだ黒では無い。まだ信じられる余地が残されているということだ。
「むはぁ、それなんだけど……たっつんは魔女狩りについての話は誰かから聞いてんのかな?」
「……はい、大体の事情は」
自分を襲った連中と攫った連中、魔女狩りと鴉のことは大まかにだがイースに教えてもらっている。
「むはぁ、実はわたしちゃん前々から不思議に思ってた事があってさー、異端審問官がどうやって人形をあんなに従順に従わせてんのか──」
「確かに俺も不思議だとは思いますけど……その話って今関係あるんですか?」
「──むはぁ、記憶の改竄だよ」
「……え?」
「──おそらく魔女狩りには記憶を入れ替えたり改竄したりできる魔女がついてる。そいつが、人形の記憶を都合のいーように弄って操ってるとしたら、全部辻褄が合うと思わねー?」
「じゃあ、フーの記憶が無かったのも……その魔女の仕業って事ですか?」
「むはぁ、おそらく。そんでもってクズハラマイの記憶を金髪ちゃんに事前に仕込んでたとしたら──」
原理はよく分からないが、バブルガムの説を信じるならば、フーは魔女狩りに記憶を消されていた。そして何かのきっかけでクズハラマイの記憶が発現し、俺を刺したという事になる。
「……バブルガムはそんな芸当ができる魔女に心当たりがあるんですか?」
「むはぁ、心当たりも何も、昔いたんだよ。鴉にさ」
「いたって、どういう──」
「むはぁ、魔女なら誰でも知ってる有名人だよ。最強にして最凶、四大魔女が一人──裏切りの魔女ジューダス・メモリー……かつて同胞を十二人殺して行方をくらませたクソ野郎だよ」
「四大魔女……」
「むはぁ、たっつんに言っても分かんねーか。四大魔女ってのはかつて鴉でロードの名を冠してた最強の魔女のことだ」
バブルガムはこう言っているが、俺は既にイースから聞いて四大魔女の事は知っている。ややこしくなるから黙っておくが。
「『裂断卿ジューダス・メモリー』『不殺卿ヴィヴィアン・ハーツ』『熾天卿レイチェル・ポーカー』最後は『自在卿アイビス・オールドメイド』我らがボスだよ」
「……アイビス? 鴉の盟主の名はアビスじゃなかったんですか?」
「むはぁ、今はそう名乗ってるけどね、本当の名前はアイビスだよ。なんか気になる事でもあったの?」
ズバリあったのだ。あれはいつだったか──そう、確かフーを学校に連れて行った時に聞いたのだ。
「その、フーが記憶を失う以前に、『アイビス』という言葉を聞いた気がすると言ってたんです。これってどういう事なんでしょうか?」
「むはぁ、金髪ちゃんがアイビスの名前を?」
バブルガムはしばらく俯いて考え込んだ。フーの記憶にあるアイビスという単語と、鴉の盟主の本名が一致している。これが単なる偶然とはどうしても思えなかった。
「むはぁ、よし!」
「バブルガム、何かわかったんですか?」
俯いていたバブルガムが、手のひらをポンと叩いて顔を上げた。
「むはぁ、たっつん。私ちゃんと結婚しよう」
「……はい?」
唐突なプロポーズに間抜けな声が出た。
「この件は大ごとにせずに処理してーし、一枚噛んでるたっつんは常に目の届くとこに置いときたい。だから私ちゃんと結婚しよ?」
「いや、いやいやいや! そんな突拍子も無い、何も結婚しなくても協力は出来ますよ!」
結婚に対する価値観が違うとかのレベルを逸している。まあそもそも俺をペットにするために結婚したいとか言ってたし、今に始まった事ではないけど。
「むはぁ、無理だよ。たっつんは誰かと結婚しねーと確実に処刑だし、私ちゃん以外と結婚したら金髪ちゃんと再会出来る可能性が殆ど無くなっちゃうんだよー?」
「そんな事は……」
「むはぁ、たっつんさー金髪ちゃんの事好きなんでしょ? 他の誰と結婚しても絶対に金髪ちゃんには関わらせて貰えない筈だよ? イースは束縛激しそーだし、スカーレットはたっつんを危険な目には遭わせたくないだろーからな。ライラックとスノウは……言うまでも無ーな」
確かに、イースはあの性格だからフーの救出の手助けは期待できそうにない。それどころか下手をしたらイースにぶっ飛ばされる事も十分あり得る。束縛というか即爆される。
スカーレットも……きっとバブルガムの言う通りになるだろう。底抜けに良い人だから、俺なんかの身を案じて是が非でも止めてきそうだ。
けど、それにしたって──
「……逆に聞きますけど、バブルガムはこんな事で結婚なんて決めていいんですか?」
「むはぁ、私ちゃんにとってはこんな事じゃねーからな。それに、初めて会った時も言ったけどたっつんの事は嫌いじゃねーし。主に顔が」
バブルガムのこの件への執着は、少し話しただけでも並々ならぬものを感じた。きっと何か理由があるのだろう、俺と結婚してでも固執する何かが。
「……百歩譲って、お互いの利害関係のみを考慮して結婚をするにしても、ブラッシュの前でそんな事言ったら流石に止められるんじゃ無いですか?」
ブラッシュの前では嘘はつけない。必然、全員の前で事情を暴露する事になると思うのだが。
「むはぁ、問題無ーよ。今からたっんが私ちゃんにぞっこんになればいいだけじゃん」
「問題だらけなんですけど」
確かにブラッシュの前で『心底バブルガムに惚れました』と言えば誰もそれ以上追求してこないだろう。
無論、言えればだが。
「むははぁ、たっつんさー童貞でしょー?」
「……ッな! 急に何の話ですか!?」
言いながらもバブルガムがにじり寄ってくる。見た目は自分よりも小さな少女なのに、まるで獲物を追い詰める肉食獣のような迫力だ。
「むはぁ、五百年の経験上から言わせてもらうと、初めての相手を好きにならねーわけがねーと、私ちゃん思うんだよなぁ」
──一体全体何を言ってるんだこの女は、初めての相手って、そりゃもしかして初めての相手の事を言ってるのか? というか、既に服を脱ぎ始めて……
「……え、ちょ、待ってくださいバブルガム、何を考えてるんですか!?」
「むはぁ、もち午後のスペシャルデートプランの事だけど──ああ、制服着たまんまの方が良かった?」
「いやそういうことじゃなくてッ!!」
「むふぅ、そういうことじゃねーの?」
──そういことじゃないけど! だがしかし……正直、制服着たままの方が好みです。




