73.「バブルガムとデート【中編】」
【辰守晴人】
飾り気が無く、あまり生活感を感じさせない内装はどこか高級ホテルを想起させた。
不必要な家具や雑貨は一切無いが、不思議と殺風景には感じられない──洗練された部屋とでも言えばいいのか。
とにかく、部屋の持ち主とはまるで真逆の部屋だった。
「むはぁ、部屋の中ジロジロ見てどーしたんだー?」
「いえ、意外にも綺麗な部屋だなと思いまして」
「むははぁ、私ちゃんは綺麗好きだからな! はい、頭下げてー」
バブルガムに促されて、俺は大人しく頭を下げる。暖かい風が、俺の濡れた髪を解いてゆく。現在お風呂上がりのドライヤータイムなのだ。
「そういえばイースも綺麗好きな印象がありますけど、人は見かけで判断してはいけないという事なんですかね」
「むはぁ、イースは自分のテリトリーが荒れてんのが許せねータイプなんだよ。他人の部屋とか行ったらめちゃくちゃにして帰るからなーアイツ」
「悪い意味で期待を裏切らない人ですね」
バブルガムは基本的に多少皮肉めいた事を言ってもスルーしてくれる。本人が気づいていないのか、それとも気にしていないのか──おそらく前者だろうが。
「むはぁ、ドライ完了! 綺麗になったなーたっつん!」
「どうもありがとうございます」
風呂に着替えにドライヤーまで、至れり尽くせりだ。まるで専属のメイドを持ったご主人様の気分だが、実際にはバブルガムがご主人様で、俺はただのペットという何とも屈辱的な関係が現実である。
「むはぁ、たっつん。そんじゃちょっと私ちゃんとお話ししよっかー」
「あれ、映画見るんじゃなかったんですか?」
「話がすんだらね」
朝から何一つプラン通りに進んでいないが、この流れに乗ればバブルガムに聞きたい事を聞けるかもしれない。
「分かりました。で、なんの話を?」
「むはぁ、たっつんのご主人様の事を詳しく聞きたいんだよねー──あ、ご主人様って言っても私ちゃんじゃなくて金髪ちゃんのことね?」
わかっとるわい。だが、図らずも俺が聞きたかった事と同じ話題だ。
「フーの事、ですか? 前も言いましたけど、俺もアイツのことは殆ど何も知らないんです」
「むはぁ、知ってる事だけでいいからさー、とにかく教えてよ」
バブルガムが今ここでフーの事を聞いてくる理由が分からない。尋問ならブラッシュを同伴させる筈だし、そもそもデートにも関係が無さすぎる。
だがその割には今までで一番真剣な声音だった事に、かなり違和感を感じる。
もしかしてデートは上手い口実で、俺からフーの話を聴くことこそが目的だったのではないか……なんて、流石にそれは穿ち過ぎか?
「……分かりました。何から話せばいいですか?」
だが、バブルガムが何を企んでいるにせよ俺がとれる選択肢は限られている。
フーの事を正直に話すか、嘘をつくか、それとも拒否するかだが、この後俺の話も聞いてもらうには、正直に話をするのが得策だろう。
「むはぁ、まずは金髪ちゃんと出会った経緯を詳しく聞こーかな」
「一ヶ月くらい前、バイト帰りにチンピラに絡まれている女の子を助けたんです。その娘がフーでした」
「チンピラに? なんで金髪ちゃんは自分でどーにかしなかったんだー?」
「初めて会った日のフーは赤ん坊同然で、言葉もろくに話せないような状態でした。それでも数日もすればだいぶ言葉を話せるようになりましたし、日常生活にも大した問題はなかったです」
「むふぅ、話せるようになってから金髪ちゃん何か自分の事言ったりした?」
「いえ、どうやら記憶喪失らしくて……本人も何が何だか理解していないようでした」
俺もフーの素性については、それなりにしつこく探ったつもりだ。けどそれで分かったことなんて殆どなかったと思う。
「むはぁ……記憶喪失、ね。じゃあ金髪ちゃんは記憶が戻ったからたっつんを刺して逃げたって事でいーのかな?」
「それはまだ分かりませんけど、可能性としては……充分ありえると思います」
「……そう思う根拠は?」
「俺を刺したフーは、自分のことを……クズハラマイだと名乗りました。それに異端審問官の連中の事も、何か知っているような事を言っていましたし──」
そうだ、状況証拠から考えるとバブルガムの言った通りなのかもしれない。
フーは元々魔女狩りの関係者で、俺と仲良くしていたのも、理由は分からないが憶喪失だったから。
そして記憶が戻ったフーは、邪魔になった俺を殺そうとした。ただそれだけ。
「むは、クズハラマイだと!? 他には、他には何か言ってなかったのか!?」
さっきとは逆、今度はバブルガムが俺に詰め寄ってきた。
「え、そうですね……その場にいた異端審問官に、島の警備がどうとか言ってた気がします。あと、司教がどうとか、死んだ筈だの何だの……すみません、意識が朦朧としてたせいで断片的にしか思い出せないんですけど」
クズハラマイの名前が出た途端に、バブルガムが血相を変えた。あまりの食いつきに、思わず記憶が曖昧なところまで喋ってしまった。
「むはぁ、島……孕島だな。なるほど、あの金髪がそうだったのか」
だがバブルガムは何か得心がいったような表情でうんうん頷き始めた。俺だけが依然何も分からないままだ。
「むはぁ、たっつんには悪ーけど拉致って正解だったわー。まさしく思わぬ拾い物ってやつだ!」
「あの、バブルガムは何か知ってるんですか? 知ってるなら俺にも教えて下さい!」
「むはぁ、いいよ。拉致ったお詫びに教えたげる。けどさーその前にやる事があるよな?」
詰め寄る俺の顔をバブルガムが両手で挟み込むように掴んで、俺の顔を覗き込んだ。色白な肌に映える赤い瞳が妖艶に挟まっていく。
「……バ、バブルガム?」
脈絡なんて一切ないが、彼女ならきっとお構い無しだろう。
デート中の男女が部屋に二人きりで、シャンプーの香りを漂わせながら見つめ合っている。つまりこれは──キス、の流れなのでは……
「むはぁ、映画観よーよ」
「……え」
* * *
──話し合いの末、映画を観ながらバブルガムが知っている事を教えてくれる事になったのだが、実際のところ映画は飾り気のない部屋に流れるBGMくらいにしかなっていなかった。
「むはぁ、一ヶ月くらい前だなーある情報を仕入れたんだよね」
「情報、ですか?」
「そう、情報屋からの確かなやつなー」
俺は現在ベッドの縁に腰掛け、バブルガムを抱っこしながら映画を観ている。
俺の股の間にちょこんと座ったバブルガムの腰に、先日のスカーレットの安全バーよろしく俺の両手が回されている状態だ。
無論バブルガムのご要望にお応えしたからこうなっているわけで、身体もモニターの方を向いてはいるが映画の内容なんて頭には入ってこない。
「むはぁ、簡単に言うとその情報ってーのは魔女狩りの研究施設の位置情報でさー、鴉の魔女としては知ったからには潰しに行くわけー」
「日本海に浮かぶ小さな島でなー、表向きには民間ロケットの開発施設だかなんだかって事になってたかな。ちなみに島の名前は孕島、島が横たわる妊婦に見えるからだってさ」
映画を眺めながら淡々と話すバブルガム。先程耳にした孕島という言葉は俺の耳によく残っていた。まさか魔女狩りの施設だったとは。
「むはぁ、でもなーいざ私ちゃんがその孕島に着いた時には、既に島全体が焼け野原になってたんだよ」
「私ちゃんが来る前に誰かがドンパチやったみてーでな、島中探したけど瓦礫と灰ばっかで魔女狩りなんて一人もいやしなかった」
何者かに襲撃されていた施設──バブルガムが襲撃者を把握していないと言う事は、少なくとも鴉の魔女の仕業ではないということだろう。
気になる話ではあるが、未だにフーとの関連性が見えてこない。
「──むはぁ、けど、たまたま海岸であるカードを拾ったんだよね。そのカードってのが多分施設にいた構成員の身分証みてーなもんだと思うんだけど、そこに名前と顔写真が載ってあるわけ」
「──まさか」
魔女狩りの島に落ちていたという身分証──咄嗟に俺の頭にある名前が浮かんだ。
「むはぁ、そのまさかだよたっつん──クズハラマイ。カードには確かにそう書いてあったんだ」




