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71.「スカーレットとデート【後編】」


 【辰守晴人】


──以前この部屋に忍び込んだ時は、深夜ということもあり薄暗く、ただただ『散らかった部屋』だという印象しか無かった。


 しかし、うららかな朝日が差し込む今──改めて見ると『散らかった女の子の部屋』だと思った。


 散らかっていることには変わりはないが、『女の子の』というところが重要だ。


 汚かったとしても、女の子の部屋で遊んだというのと、オッサンの部屋で遊んだというのでは大きな差があるだろう。


 まあ、そもそも汚いオッサンの部屋で遊ぶ事があるかどうかは別の問題だが。


「スカーレット、これは?」


「えっと、それは春用の制服だからあっちに」


「じゃあこの服は?」


「それも春用だからあっちね」


「これは?」


「それは……ッ!? し、下着は触らなくていいから!!」


 スカーレットの部屋を埋めているのは殆どが衣類だ。大半はレイヴンの制服で、種類がやたらと多い。


 スカーレットいわく、五年に一度制服のデザインが一新されるらしい。


 それも外行き用と部屋着用が春、夏、秋、冬用のそれぞれ格四パターン、計八種類も増えるらしいので積み重なると莫大な量になる。


 スカーレットが仮に百年(レイヴン)にいたとして、単純計算でデザインの更新が二十回。掛けることの八で、最低でも百六十着は制服の種類がある事になるわけだからな。


「それにしても、この制服って古いデザインのやつは捨てたりしちゃダメなんですか?」


「ダメってこともないんだけど、全部ブラッシュが作ってくれた物だから忍びなくて」


 ブラッシュというと、俺に尋問したうえに何故かぶっ殺す派にいたあいつだ。


「手づくりってことですか、凄いですね」


「それに最新の制服を着るって決まりもないから、その日の気分で選んだりもするのよね」


 確かに言われてみればレイヴンの魔女が着ている服はみんなバラバラだが、妙に統一感があった。

 

 色合いは基本的に黒を基調としていて、赤いアクセントが入ったものが多い。


「まあ夏服は捨てちゃってもいいかもね」


「どうしてですか?」


「ブラッシュ、夏にかこつけてやたらと夏服を露出の高いデザインにするのよ。だから誰も着ないのよね」


 スカーレットの手元にある服は、構造はよく分からないうえに布の面積も少ない。服の生地も薄い気がする。


「なるほど、妙に納得です」


「ちなみに今着てるこれもブラッシュが作ったのよ。伝説の九十五年式って言ってね、この年のデザインが全部学生服だったの」


「へえ、伝説になる程受けたって事ですか?」


「逆逆、誰も着なかったのよ。流石に恥ずかしいじゃない、普段は年齢なんて気にしないけど──学生服って名前からしてちょっとね……」  


 確かに、どれだけ若く見えて可愛くても、大人が学生服を着ているというのは妙に痛いような気がする──いや、しかし背徳的な感じもしてむしろありでは?


「なるほど、じゃあようやく作った服が日の目に当たって、ブラッシュも喜んでたんじゃないですか?」


 ブラッシュの事はよく知らないが、おそらく相当な女好きとみた。同性が好きなのは人の勝手だが、制服を学生服にしたりと職権濫用が過ぎるな。


「そういえばブラッシュ、鼻血出しながら泣いてたわね」


「近寄り難い喜びかたですね……」


 どんだけ学生服着せたかったんだよ。




* * *




 昼の一時を回った頃、ようやくスカーレットの汚部屋おべやはまともなお部屋に生まれ変わった。


 大量の制服は纏めて洗って保管する事になったが、一度に全てという訳にもいかないので、取り敢えずは空き部屋に仮仕舞いする事にした。


 レイヴン城には六十以上の部屋があるらしく、その殆どが今は使われていない空き部屋なんだとか。一つくらい倉庫にしてもどうって事無いだろう。


「ふう、何とか終わりましたね」


「私の部屋の床って、こんな色してたのね」


 足の踏み場が一切無かった部屋が、今では以前の倍ほど広く見える。かなりの強敵だったが、その分達成感も一入ひとしおだ。


「今後は余計な服とか、もう読まない雑誌は捨てるか倉庫に仕舞うかしてくださいね。お菓子も一度開けたやつは食べきってから次のものを食べるように」


「はぁい、善処します」


 部屋に散乱していたお菓子は、殆どが食べかけの状態で放置されていた。おそらくネズミはこれが目当てでやってきていたのだろう。


 今後綺麗にしていればネズミも寄り付かなくなるはずだ。とりあえずこれで目的は達成──腹も減ってきたけど、とにかく今は少し休憩したい。


「スカーレット、昼食の前に少し休憩しましょうか」


「そうね。かなりハイペースだったし、私も流石に疲れたわ」


 ベッドに腰掛けたスカーレットに隣に座るように促され、俺は少し間隔を空けて彼女の隣に腰を下ろした。制服、ほんと似合ってんだよなぁ──


「……今日は、ありがとうね」


「え、いえ、大したことしてないですよ」


 スカーレットがおもむろに尻尾を俺の腰に回して、自分の方に引き寄せた。肩と肩が触れ合う。なんかデジャヴ──いや、あれはイースか。


 スカーレットがどんな気持ちでこんな事をしたのか気になって、表情を窺おうとした時に、頭の角が目に留まった。


 正確には角に付いているリボンのような装飾品、髪飾りならぬ角飾りとでも言えばいいのか。


「……これ、可愛いですね」


「え、ああコレね。なんかいざ角を隠すのやめるって決めたら吹っ切れちゃってね。寧ろ可愛くして目立つようにしたの」


 スカーレットは自分の角や尻尾にコンプレックスを抱いていたようで、以前はバンダナで角を隠していたのだ。


 それが今ではここまで前向きに付き合っているのだから、本当に凄い人だと思う。

   

「バンダナよりもよっぽど似合ってますよ。腰に巻きついてる尻尾もジェットコースターの安全バーみたいな安心感がありますし」


「ふふ、前半はドキッとしたけど後半の全然ダメね。人格乗っ取られたの?」


「これは一本取られましたね」


 いたずらっぽく笑うスカーレットは本当に綺麗だった──ただ、その笑顔がフーと重なって胸の奥がキリキリする。


「……ねえ、晴人君さ、たまに凄く辛そうな顔してるの、気づいてる?」


「……え、俺が、ですか」


 知らなかった。きっとフーの事を考えている時だろうけど、そんな酷い顔になっていたのだろうか。


「うん、今日だってそう。何度も辛そうにしてたよ。それさ、例のフーちゃんっていうの事考えてるんでしょ?」


「……すみません、俺、スカーレットとのデート中に」


 確かに何をしていても、いつもどこかでフーの事を考えている自分がいる。その自覚はあったけど、まさか顔に出てたなんて──


「あ、違うの、怒ってるんじゃないのよ? ただ、私じゃ助けにならないかなって思って」


「……助け、ですか?」


 予想外の言葉だった。てっきり怒られる流れかと。


「私ね、見た目の事ですごく長い間悩んで、ずっと逃げてたの。自業自得でこうなっちゃったから、誰かのせいにも出来ないし、本当にどうしようもなかったの」


「……」


「けどね、晴人君が可愛いって言ってくれたじゃない? これは私の個性だって。たったそれだけなのに、自分でもびっくりするくらい心が軽くなっちゃって、だから改めて言わせて。本当にありがとう」


「スカーレット」


 スカーレットが身体を俺の方に向けて、頭を下げた。俺も向き直ろうとしたけど、安全バーがあるから身体は動かせなかった。


「だから今度は私が晴人君の心を軽くしてあげたいの。私──晴人君の事、好きだから」


 そう言ってスカーレットは俺にキスをした。ついばむような、唇と唇が一瞬触れるだけの優しいキスだった。


「……え、あの」


「ご、ご飯食べよっか……」


 突然の事に動揺したが、スカーレットは俺の十倍は動揺して顔を真っ赤にしていた。


『全員オトす気で行ってきなさい』


 バンブルビーはああ言っていたが、非常に困った事になった。


 はい。俺の方が落とされました。






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