70.「スカーレットとデート【前編】」
【辰守晴人】
「──や、やっぱりだめよ、晴人君、こんなところ」
「スカーレット、落ち着いて。俺に任せて下さい」
「け、けど──やっぱりだめ、は、恥ずかしいし!」
「……スカーレット、恥ずかしがっていても何も始まりませんから」
「そ、そうよね、ごめん、けど、誰にも見せた事無いから──あんまりじろじろ見ないでよね!」
「まあ、心掛けるようにはしますけど、約束はしかねますね。見ない事には出来ないこともありますから」
「わ、分かったわよ。じゃあ、いいわ──きて?」
──何故俺がスカーレットと二人きりでこんな事をしているのかを説明する為には、話を昨日まで遡る必要がある。
* * *
「え、デート……ですか?」
「そう、それも希望者全員とね」
──夜もすっかり更けた頃、 処刑か結婚かの決断を先延ばしにしたまま地下牢に戻った俺をバンブルビーが訪ねてきた。
案の定、厄介な話をお土産にしてだ。
「あの、話の趣旨からして理解できないんですけど」
「ほんと? 昼間話した通りだよ。皆それぞれ思惑はあれど、君と結婚したいらしくてね。公平に一人一日づつ君とデートする事になったんだよ」
「そこに俺の意思は?」
「まあ関係ないね。全員とデートが終わり次第、ブラッシュを横に付けて君に結婚相手を選んでもらう」
ブラッシュがいるということは、初日の尋問同様ウソは付けないという事。
つまり何が何でもその日には誰かを選んで結婚しなければならないという事だ。拒否権は無いのか。
「ちなみになんですけど、俺とデートしたい者好きはどなたですか?」
話を聞く限りでは複数人いるんだろうけど、出来るだけ少なめで頼みたい。
「まずはスカーレット、次にバブルガムで、その次がライラック、イースときて、最後はスノウだ。いやーモテる男は辛いね」
「それ結局全員じゃないですか! しかも結婚した後俺のことを殺す宣言してる人までいるんですけど!?」
「そうだね。ちなみに今言った順番通りで明日から早速始めてもらうから」
そうだね!? ダメだ、もう完全に動き始めている感じだ。俺の意思が一切介在しない計画が。
「あの、俺にも一応心に決めた人がいるんですけど」
「そうなんだ。けど男の子なら一人で満足してちゃダメだよ。全員オトす気で行って来なさい」
バカ言わないでくれ。俺にはフーしかいない。フーしかいないけど、もし運命の人が複数人いてもいいというなら、俺も男なわけで、デートくらいならいいんじゃないかと思わなくもないわけで……もちろん相手は選ぶけどな。
* * *
「おはよう辰守君。待った?」
「おはようございますスカーレット。全然待ってないですよ。まだ待ち合わせの一時間前ですからね」
分厚い牢屋の扉をノックしたのは、初日のデート相手、スカーレットだ。
彼女は最近料理をまともに作れるようになって、欠点らしい欠点はもはや部屋が汚いくらいしか思いつかない。
おそらくこれからデートする魔女の中では一番まともな人だ。
それにしても、デートの待ち合わせ場所が地下牢とはなんとも味気ないものだ。
当日俺とデートする魔女が地下牢の鍵を開けてくれないと出られないから、致し方ない事だが。
「中入ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
鍵の開いた扉から現れたのは、制服姿のスカーレットだった。
「へへ、どうかなこれ。似合う?」
「控えめに言ってめちゃくちゃ可愛いっす」
制服と言っても、鴉の制服ではない。あんな黒と赤しかカラーバリエーションのない殺伐とした服ではなく、普通の学校の制服だ。
紺色のブレザーに、髪色に合った赤いチェックのスカート。角と尻尾を除けば完全に見た目は女子高生だが、角と尻尾が生えているからこその可愛さもある。
「でもなんで制服なんですか?」
「辰守君って今高校生でしょ? 見た目だけでも合わせようって皆で決めたの。制服デートってやつだね!」
俺の意思とは無関係に始まった謎のデート大会だが、一応は俺の事も考えてはくれているみたいだ。誰が言い出したのかは知らないがグッドである。
「あの、男の俺からこんなことを聞くのもどうかと思うんですけど──今日のデートプランはどうなってるんですか?」
「そんなに気を遣わないでよ。辰守君ずっと牢屋にいたんだから、プランを考えるのもこっちの役目よ。ちなみに私はノープラン!」
「最後の方人格乗っ取られました?」
スカーレットは基本的に凄く良い人だ。気配りも出来て言葉遣いもイースとは違って丁寧、本当に如才無い人なのだ。
ただ、照れた時など特にそうだが、たまに物凄くポンコツになる時がある。
「うう、ごめんなさい」
「本当にノープランなんですか?」
「実はこの制服を選ぶ、っていうか、探すのに朝までかかっちゃって、そうなの。ごめんなさい」
なるほど、この可愛らしい制服は今回仕立てた訳ではなく元からあの部屋にあった物なのか。そうか、あの部屋にあった物なのかぁ──
「あー、スカーレット? もし特にやりたい事が無いなら、俺から提案してもいいですか?」
「え、辰守君がデートのプランを立ててくれるの?」
「僭越ながら。というか、そもそも男がリードするもんじゃないんですか?」
「かっこいい事言うじゃない。じゃあ辰守君にお任せします」
現時点で俺の最有力花嫁候補はぶっちぎりでスカーレットだ。スカーレットは俺を家に帰すと言ってくれている唯一の魔女だし、他の魔女は圧倒的に酷すぎる。
ただイースは何を考えているのかさっぱり読めないんだよな。
とにかく、ブラッシュを伴った来るべき審判の日に、俺はスカーレットを選ぶつもりだ。その時に──
『死にたくないから消去法でスカーレットと結婚する』
──なんて口走らないように、心の底からスカーレットに対する好感度を上げていかなければならない。
「ねえ、デートなんだしさ。その……晴人君って呼んでも良いかな? べ、別にイースが名前で呼んでるの聞いて、羨ましくなったわけとかじゃないけどね!?」
「別にいいですよ。普段からそう呼んでもらっても」
まあ、わざわざそんな事考えなくてもスカーレットは充分可愛いわけだが。
──しかし、念には念を。やはりスカーレットとはやる事をやっておかなければなるまい。
* * *
「わ、私の部屋に来たいって、どうして?」
「スカーレット、僕の口からそれを言わせるつもりですか?」
「……ッ! そ、それは、でも私から言うことでも無くないかしら!? いや、でも私の方が年上だし──」
地下牢を抜けたところで、俺はスカーレットの部屋に行きたい事を伝えた。
「年とかは別に関係ないと思いますけど?」
「そ、そう? でも私から誘うのってなんか、はしたないっていうか──そもそも初デートでいきなりって、最近はそういうものなの?」
「……どうやら、何か食い違っている気がしてきましたね」
スカーレットはさっきから顔を真っ赤にして、尻尾をブンブン振り回している。妙に会話もちぐはぐだし、おそらく俺の言いたい事は伝わっていない。
「え、食い違ってるって、何が?」
「俺がスカーレットの部屋に行きたい理由、なんだと思ってますか?」
「そ、そんなダイレクトに……」
「もしかして照れてます?」
「照れてないわよ!? べ、別に初デートでセッ……」
「全然違います」
危ない。急に何を言い出そうとしたんだこの人は。
「え、違うの?」
「俺はただスカーレットの部屋でネズミ退治をしようと思っただけです。前にネズミがよく出るって言ってましたよね?」
まあ、俺が本当にしたいのはネズミ退治というか掃除なわけだが。結果的にネズミも居なくなるだろうし嘘ではない。
「……ネズミ、ネズミね! やだ、私ったらてっきりセッ……」
「スカーレットさん!?」
さっきまで照れてたくせに、勘違いだと分かった途端に気を抜きすぎじゃないか。
「けどデートなのにネズミ退治ってどうなの?」
「俺の地元では極々一般的ですよ? 初デートといえば水族館かネズミ退治ですからね」
そんな地元は嫌だ。
「ふ、ふーん。べ、別に勉強になったとか思ってないんだからね!」
──そして現在。
「──や、やっぱりだめよ、晴人君、こんなところ」
スカーレットは頬を赤く染めて瞳を潤ませている。これから始まる事に、不安で胸が一杯なのかもしれない。
「スカーレット、落ち着いて。俺に任せて下さい」
「け、けど──やっぱりだめ、は、恥ずかしいし!」
「……スカーレット、恥ずかしがっていても何も始まりませんから」
なんとかスカーレットを部屋の前までは連れてきた。あとは中に入って掃除するだけだ。
それさえ終われば晴れてスカーレットの欠点は全て無くなり、ブラッシュの前でも堂々とスカーレットを結婚相手に指名出来るだろう。
「そ、そうよね、ごめん、けど、誰にも見せた事無いから──あんまりじろじろ見ないでよね!」
本人はそのつもりらしいけど、イースはクローゼットに穴を開けて部屋に酒を隠しているし、俺はその酒を取りに何度もこの部屋に入ってるんだよな。
「まあ、心掛けるようにはしますけど、約束はしかねますね。見ない事には出来ないこともありますから」
「わ、分かったわよ。じゃあ、いいわ──きて?」
そしてようやく、地獄の門が開かれた──




