69.「処刑と結婚」
【辰守晴人】
城への道中、イースはいつになくおとなしく、黙ってバンブルビーに追従した。
顔の傷はもう治っているが露骨に元気が無く、なんだか親にこっぴどく叱られた後の子供みたいだった。
「やあやあ、待たせたね皆。本日の主役を連れて来たよ」
エントランスに着くなり、バンブルビーが俺を広間の中央へ誘った。
イースの酒を調達するために何度か通った場所だが、真っ暗な夜に比べると全く違う場所のようだった。
数人の魔女が俺を取り囲むように並んでいるのも、そう思える理由の一つかもしれないが。
「……バンブルビー、何故その人間は手枷をしていないのですか?」
「必要ないからだよ?」
「……」
明らかに機嫌が悪く、ゴミを見るような目で俺を睨んでいたスノウは、意外にもそれ以上は何も言わなかった。
俺を取り囲む魔女は──イースやスカーレット、バンブルビーを合わせて全員で九人。殆どは見たことのある顔ぶれだ。
「さて、進行はだれが? 誰もやらないなら俺がしてもいいけど」
「むはぁ、進行は私ちゃんがするに決まってんじゃーん!」
名乗りを挙げたのは俺を拉致した実行犯のバブルガムだ。見た目はチビっこいが、スカーレット曰く戦闘班最強クラスの魔女らしい。実際にバンブルビーの強さを目の当たりにした後だと妙に強そうに見えるから不思議だ。
「始める前にいいかしら。どうしてイースまでここにいるの? 地下で謹慎中のはずでしょ」
俺の右斜め向かいにいた茶髪の魔女がイースを睨んだ。凄く可愛い顔してるけど、怒るとかなり怖そうだ。
「むはぁ、細かいことはいいんじゃんラティ。で、なんでイースがいんの?」
「イースも辰守君の処遇については言いたいことがあるみたいでね。俺が連れて来たんだよ」
「そう、分かったわ。中断してごめんなさい」
バンブルビーは地下牢での事を言うつもりは無いらしい。イースの事を可愛がっているのか、庇っているのか──何にせよ俺にとってもありがたい状況だ。
「むはぁ、じゃあ今来たたっつんにも分かるようにチャチャっと説明するねー。今たっつんを殺す派と殺さねー派で分かれてんだけどさ、たっつん抜きで進められる話じゃなくなってきたから呼んだわけ、以上!」
「説明どうも、ありがとうございます」
たっつんてもしかして俺のこと? フレドリーなのはいいけどお前のせいで死にかけてるんだからな!
「むはぁ、じゃあ早速殺す派の意見から聴いてみようかな!? スノウ!!」
進行に名乗りを挙げるだけあってテンポがいい。しかし、自分の命がかかっているとなると複雑な気分だ。
「素性の知れない人間を城に置くのも、返すのも危険です。アビス様がお帰りになり次第処刑するのがよいでしょう」
スノウは相変わらず怖い顔で俺を睨んでいる。言ってる事も前と同じだし、嫌な奴だ。
「むはぁ、反対意見ある奴いるー?」
「いいかな?」
手を挙げたのは緑の髪の魔女だ。凛とした佇まいから、既にイースとは正反対のオーラが漂っている。
「むはぁ、発言を許可しまーす」
「僕が思うに彼は至って無害、かつ、憐れな一般人だよ。たまたま魔女に眷属にされ、たまたまバブルガムに連れてこられてしまっただけだ。そんな彼を殺すなんてあまりにあまり──人道に反している」
「むふぅ、スノウは?」
「その人間が憐れかどうかなんてどうでもいいのよヘザー、それにそいつが無害だという根拠はなに? 一緒に居たっていう魔女は魔女狩りの連中と一緒に消えたんでしょう? こいつを逃せば、いずれそいつらがこの人間から城のことを聞き出すかもしれないわ」
悔しいが、スノウの言っていることは筋が通っている。組織のためを思うならばそれが最善だと、なんとなく俺も思ってしまう。プレゼン上手いなスノウ。
「むふぅ、話長ーなー。ヘザー」
バブルガムは露骨にめんどくさそうになった。こいつは当てにならんが、ヘザー頑張ってくれ!
「ふふ、スノウ──君には負ける」
潔い!! もっと粘れよ!!
「むはぁ、他に反論ある奴ー」
「はいはい私も! あのねスノウ、彼すごくいい子そうよね、目を見れば分かるでしょ? それなのに殺すなんて可哀想よ! まだ十代なんだし人生これからなんだから!」
ヘザーの隣にいた茶髪が反論したが、なんかふわふわした事言ってるな。中身ゼロだ。
「むはぁ、スノウ」
そしてバブルガムはおそらく、既に進行に飽きている。
「その人間が十代とかどうでもいいのよラテ。目を見ても何も分からないし。それにそいつが無害だという根拠はなに? 一緒に居たっていう魔女は魔女狩りの連中と一緒に消えたんでしょう? こいつを逃せば、いずれそいつらがこの人間から城のことを聞き出すかもしれないわ」
「うわ同じ事二回言った、怖。もういいわ、ごめんなさい」
瞬殺。しかもヘザーを論破した時のコピペでやられた。反対派が弱過ぎやしないか!?
「むはぁ、今んとこぶっ殺す派が優勢だなー他にぶっ殺す派の奴いるー?」
「私よ」
手を挙げたのは喫茶店にいた青髪、俺に尋問したブラッシュとか言う奴だ。俺に何の恨みがあるんだこいつ。
「この子無駄にかわいい顔してるからきっと女の子にモテるわ」
「……お前はなんの話してんの?」
ほんとだよ。急に真顔でなにを言い出すんだ。あと無駄とか言うな。
「それでこの子が誰かと付き合ったりすると、この世から私のものになるはずだった女の子が一人消えるかもしれない──由々しき事態。だから殺しましょう」
「むはぁ、このバカはおいといて、殺さない派の奴誰かー」
ブラッシュのプレゼンは無かったことにされたみたいだ。俺も今から無かったことにする。記憶するだけ脳細胞の無駄遣いだからな。
「──黙って聞いてりゃあ生かすだの殺すだの、勝手に何言ってやがんだぁ!?」
背後でイースが吠えた。あまりの声量に心臓が止まるかと思ったわ。
「むはぁ、お前も何言ってやがんだ? 酔ってんの?」
「素面だよボケ! いいかテメェらよく聞け!! この晴人は! 俺様が嫁にするともう決めてんだ!!」
やりやがったこのバカ。なんてややこしい事を──
「むはぁ!? イースお前ざっけんなよ、そいつは私ちゃんのペットにする予定なんだよー!!」
「バブルガムこそ何を言ってるんですか!? 処刑です処刑!!」
「あ、あの、私は、カカシに、したいの」
「ライラックはさりげなく何怖い事言ってるの! 辰守君は家に返してあげるべきよ!」
「私のイースが寝取られたわ。殺しましょう」
「いつから俺様がテメェのもんになったんだ! ブラッシュ、テメェ焼き殺すぞ!!」
もうダメだ、収集がつかない。侃侃諤諤に各々の主張が飛び交っているが、まともな事を言っているのがスカーレットしかいない。
「よしよし、少し落ち着こうか。いやぁ面白いことになってきたね」
バンブルビーが指を打ち鳴らすと、騒いでいた魔女達がぴたりと大人しくなった。凄いなバンブルビー。
「俺が皆の意見をまとめた限り、検討するに値する案は二つだ」
「むはぁ、当然私ちゃんの案だな!!」
「バブルガムのは論外だよ」
「むはっ!?」
バブルガム、流れるように進行役を奪われたな。
「あ、あの、その二つっていうのは、な、なんなの?」
「一つ目はスノウの処刑案」
「……当然ですね」
心臓がどきりとした。どこかでバンブルビーは俺の味方になってくれるんじゃないかと思っていたからだ。
「二つ目は、イースの結婚案だ」
「……当然だなぁ」
エントランスの空気が凍りついた。イース以外の魔女が、おそらく全員驚愕の視線をバンブルビーに向けている。
「じょ、冗談ですよねバンブルビー。その人間とイースが結婚だなんて──」
「俺は冗談が嫌いだよ」
「な、ならどうしてそんな事を!?」
スノウは怒りとも悲しみとも言えないような表情でバンブルビーに詰め寄った。
「現実的な話として、ボスがこの場に居れば間違いなく辰守君は処刑だよ」
「……ではなぜ」
「……ボスがこの場に居たとしても、処刑を断念する案が出たからだよ」
バンブルビーが何を言いたいのか、俺には心当たりがあった。
「『同胞の親族はたとえ人間であっても同胞として扱うべし』これ、鴉で昔から決まってるルールなんだよね」
そうだ、確かにイースはあの時言っていたのだ。
『俺様の嫁にしてやるよ。流石のアビスも俺様の嫁を処刑する訳にはいかなくなるし、取り敢えずぶっ殺される心配はねぇな!』
「……っな、そんな」
「初耳かな? 鴉創設時から決まってるルールだよ。まあ今ではルールを全部把握してるのも、俺とボスとバブルガムの古株三人くらいだろうけどね」
もしかしてイースもこの事を知っていたのではないだろうか。だとすれば急にあんな事を言い出したのも説明がつく。
「そんなルールあったのかよ、初耳だぜ」
初耳なのかよ!! 俺を助ける為に言ってくれてるのかと思ったわ恥ずかしい!!
「むはぁ、初耳だなー」
お前は多分忘れてるだけだろ。
「おっと失礼、二人だけになったみたいだ。けどこれでもう分かってくれたかな? イースが本当に辰守君と結婚するなら処刑は出来ない」
「で、でも家に返してあげるのは……」
「言ったろスカーレット。ボスは絶対に彼を殺すよ。俺だってイースが結婚なんて言い出すまでは別の意見だったんだ」
──結婚。
処刑と脱走の他に、新たに追加された選択肢が結婚とは、我ながら意味不明な展開だ。
「さて、どうする辰守君。君がイースと結婚すると言うなら晴れて俺達の仲間入り、処刑は免れるけど」
「い、いや、急にそんな事言われても……」
困る。非常に困るのだ。処刑か脱走か結婚か、処刑は当然無しとして、脱走か結婚か。
ただ、脱走と言ってもまだノープランだし、失敗すれば結局処刑なのだ。
つまり、実質処刑か結婚かを迫られているわけだが──
「おい晴人、さっさと腹決めやがれ! また余計な事言い出す奴が出てくるぞ!」
「むはぁ! てかさ、私ちゃんがたっつんと結婚して、その後ペットにすればよくねー!?」
「ほら見ろ言わんこっちゃねぇ!!」
ああしまった、またもやややこしい事に!!
「わ、わたしも、結婚して、カカシにするの」
「そ、そんなのがありなら、不本意ながら私が結婚した後処刑します!!」
「そ、そんな保険金殺人みたいのダメよ! アンタ達にさせるくらいなら、わ、私が結婚するわよ。そ、それならその後に実家にご挨拶に伺ってもいいんでしょ!?」
「……スカーレットなんかおかしくない? 実は元から狙ってたの?」
「僕も今同じ事考えてたよラテ」
「おやおやなんて事だ辰守君。君モテモテだよ」
「なんか楽しんでません?」
結局この話は一時保留となり、俺は再び地下牢へ収監されることとなった。
結婚、俺の人生において最も重大な決断になるだろうとは思っていたが、これほどまで重い話になるとは思っても見なかった。
まさか誰かと結婚しなければ死ぬだなんて──




