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65.「骨折と黄金比率」


 【辰守晴人】


──身体に流れる魔力の波、それを手のひらに集めて生命力を分け与える。回復魔法を使う時はそんなイメージだ。


「相変わらずたいしたもんだなぁ、折れてた骨がもうくっつきやがったぜ!」


「……すみません、やり過ぎました」


「バカが、手加減しやがったらテメェの骨を折ってるとこだったぜ!」


 俺の魔力を測るためイースに拳を振るったわけだが、なんと拳を受け止めたイースの手が負傷してしまった。


 手と指の骨を数箇所骨折、血もダラダラ出て大騒ぎだった。騒いでたのは俺だけだったけど。

 

「で、手も治ったんだしよ、さっさとお前の主人が何者か教えやがれ!」


「前も軽く話したと思いますけど、正直よく分かってないんですよ。フーが何者で、何処からきたのか……ただ魔女だったって事しか」


「胡散臭ぇ話だな、そいつ魔女狩りと一緒に消えたんだろ、テメェを刺してよ」


「……はい、何であんな事したのか」


 今でも鮮明に思い出せる。胸を貫かれる激痛、命が身体から霧散していく死の気配。


 間違いなくフーは俺を殺す気で刺した。ほんの少し前とは別人のようになって。


「そいつの素性はともかく、かなりやり手の魔女だぞ」  


「どうして分かるんですか?」


「俺様の手を、眷属のお前がへし折ったんだぞ!? さっきも言ったが眷属は良くても血を分けた魔女の半分程度の力しか出せねぇ!」


「フーは俺の倍以上強いって事ですか?」


「そうだ、その魔女は少なくとも半分以下の力で俺様の手をへし折るような奴ってことだ! とんでもねぇ奴だぞ!!」


 イースの話では血を分けた魔女から眷属が発揮できる力はよくて(・・・)五割、大抵は三割前後。


 もし俺が三割の力しか発揮できていないのだとしたら、フーはその三倍以上の力を持っているということになるのだ。


「イースはそんな魔女に心当たりはありますか?」


「自慢だが、俺様は世界でも十本の指に入るほど強え! その俺様より強いやつなんてかなり限られてくるぜ!」


 自慢じゃないが、とは言わないのがさすがイースである。


「まあせいぜい四大魔女か、レイヴンの元幹部クラスの数人だろうな!」


「……四大魔女ってなんですか? なんか凄そうですね」


「ざっくり言うと最強の魔女四人だ、その内の一人がテメェの死神だぜ!」


 ざっくりし過ぎな気もするが、なるほど理解した。つまりレイヴンの現盟主アビスは、四大魔女に名を連ねる正真正銘の『最強』


 そして、フーの実力はその『最強』クラスと遜色ないと。


「まさかフーがそこまで凄い魔女だったなんて、もしかしたら四大魔女だったんですかね?」


「それはねえな、四大魔女の内、一人は死んで、一人は魔女協会セラフの元盟主。アビスはうちのボスだし、残す一人も行方不明だが人相が一致しねぇ」


「人相が一致しないってどうして分かるんですか?」


「バブルガムが実際に見たんだろ? アイツは例の四大魔女の顔を知ってるからなぁ、同一人物ならすぐ気付いたはずだ」


 なるほど、少なくともフーは四大魔女では無いということか。理由は分からないがなんとなく安心したな。


「じゃあレイヴンの元幹部の線はありますか?」


「そっちは正直分かんねぇな、元幹部で今もレイヴンにいんのはバンブルビーだけだからよ。あと、ウィスタリア・クレイジーエイトって奴も元幹部らしいが、今はどっかで温泉旅館を経営してるって噂だ」


 少なくともその二人ではないことは分かったが、結局フーが何者なのかは分からないままだ。


 というか、温泉旅館を経営してる魔女って、たぶんあの女将さんのことだよな。今かなりいかつい名前が聞こえた気がするけど。


「まあ、今はいくら考えても仕方がないって事ですね。本題に戻りましょうか」


「本題だと!? なんだそれ!!」


「魔剣ですよイース、忘れないで下さい」   


 話が脱線したが、そもそも俺に魔剣を作れるポテンシャルがあるかどうか、というのが本題だったわけである。


 そして、フーが何者であっても最強クラスの魔女だという事は判明した。であれば、無論眷属の俺もその恩恵を受けている筈なのだ。


「おお、魔剣だったか! テメェはそこら辺の魔女よりも強えから、魔剣を作れる魔力量は備わってる筈だぜ!」


「それを聞いて安心しました。早速魔剣の作り方を教えて下さい!」


「焦んじゃねぇよ新入りぃ、魔剣を作るには段階を踏まねぇとダメだ。まずは魔力の結晶を作るとこからだぜ」


 イース師匠曰く、魔剣を作る段階としては、まず魔力の結晶化が出来るようになる事、結晶の形状を任意に操作出来るようになる事、結晶の密度の凝縮化が出来るようになる事の、三段階を踏まなければならないらしい。


 無論一日で全てのステップをクリアする事は不可能なので、午前中はイースと実戦形式の組手をし、午後に魔剣作成の修行をする事になった。




* * *




 魔力の結晶化は想像以上に難易度が高かった。気力と体力と魔力を総動員するため疲労の蓄積がハンパではない。


「──辰守君、晩御飯持ってきたわよ」


「ありがとうございます。どうぞ」


 ちょうど腹ペコのところでスカーレットがやってきた。朝、昼と一緒に食べたから、きっと晩ご飯も一緒に食べるだろう。


「晩御飯はなんとお鍋にしてみたの、ちゃちゃっと作っちゃうね」


「あれ、ここで作るんですか、珍しいですね」


 スカーレットは鍋と食材一式を持って部屋に入ってきた。いつもは既に出来上がったものを持ってきてくれるけど、何かあったのか──


 というか、換気扇とか無いけどここで調理して大丈夫だろうか。


「ちょっと厨房が使いづらくなっちゃってね、当分ここで作る事になるかな。騒がしくなるけどごめんね?」


「そんな、俺はスカーレットにご飯作って貰ってる身なんですから気にしないで下さい。というか、せっかくだから今日は俺が作りますよ」


 食材も調理器具も揃っているなら大概のものは作れる。それに俺は鍋には一家言あるのだ。


 スカーレットに恩返しの意味を込めて、とびきり美味しい鍋を作ろうじゃないか。


「辰守君、料理できるの?」


「これでも家では家事を一通りこなしてましたし、バイト先も飲食店なんで料理はお手の物ですよ」


「へえ、じゃあお言葉に甘えて作ってもらおうかな。隣で見学してもいい?」


「勿論です。けど、んじゃひるるぺっぺは入れちゃダメですよ」


「もう、だから捨てたってば!」


──久しぶりに包丁を握って料理をした。スカーレットと二人で他愛のない会話をしながら、着々と鍋の用意が進んでいく。


 そういえば、初めてフーと会った日も鍋を作ったんだよな。家にあったあり合わせを突っ込んだ酷い鍋だったけど、フーは美味そうに食べてたっけ。


 あんなに美味そうに鍋を食ってたのが、嘘だなんて到底思えないよな──


「辰守君、お鍋吹いてきたよ?」


「え、ああホントですね。ちょっとボーッとしてました。火止めますね」


 視線を感じて顔を上げると、スカーレットが怪訝な顔で俺を見ていた。


「……?」


「辰守君、私に出来る事があったら何でも言ってね?」


「え、どうしたんですか急に」


「……辰守君、さっき凄く哀しそうな目をしてたから」


 どうやらフーのことを思い出している時の俺は、相当酷い顔をしているらしい。スカーレットに余計な心配をかけてしまった。


 それにしてもほんとにスカーレットは如才無い人だな。自分だって悩みの一つや二つはあるだろうに。


「ちょっと疲れてるだけですよ。スカーレットには既に至れり尽くせりしてもらってますから、これ以上はバチが当たります」


「そんな、私なんて全然大したこと出来てないわよ……」


「私なんて、とか言わないで下さい。俺は本当にスカーレットに感謝してるんですから」


「……感謝だなんて、そんな…………」


 スカーレットが顔を伏せるのを見て、俺はふと思い至った。きっとスカーレットは昨晩スノウに言われた事に悩まされているのだ。


 飯を作ったり服を差し入れしたりと手を焼いている反面、きたるべき時には自分の手で俺を処刑しなければいけない。


 きっとそのジレンマにスカーレットは悩まされているのだ。


「スカーレット、じゃあ一つだけお願いしてもいいですか?」


「……うん、何でも言って?」


「バンダナ、外してもらってもいいですか?」


「……え、何で、何でそんな事言うの?」


 スカーレットはバンダナを巻いていた。角と尻尾にコンプレックスがあるのは知っていたが、俺の前ではもう隠す必要は無かった筈だ。


 原因は昨晩のアレだろう。スノウに酷い事を言われていたから、きっと凄く傷ついたに違いない。


 俺はスカーレットの傷を少しでも和らげてやりたい。スノウの中傷なんて気にならないくらい、スカーレットを元気にしてやりたいのだ。


「何でって、スカーレットの可愛い角が隠れて見えないからですよ」


「……ごめん、私の角、やっぱり不快になる人とかいるかもだから、見せないようにしようと思っててーー」


「誰かにそう言われたんですか?」


「……」


 スカーレットは顔を伏せて、何も答えなかった。


「──確かに見た目の違いで酷い事を言う奴は少なからずいます。けど、スカーレットの個性を好きだと思っている人がいる事も、ちゃんと心に留めておいて欲しいんです」


「……辰守君」


「それに、こんな事スカーレットに言うのもなんですけど、俺はここでむざむざ殺される気なんてこれっぽっちもありません。絶対に脱走してやります。だから閉じ込められてる事とかに負い目を感じる必要はありませんよ。なんなら、脱走のついでにスカーレットに酷い事を言った奴もとっちめてやりますから、その時は見逃して下さいね」


 まあそのためにはまず魔力の結晶化が出来る様にならないとダメなんだがな。そこは特訓あるのみだ。


「……もう、馬鹿ね。ほんとに私に言っちゃダメだよ、そんなこと」


「ようやくちゃんと笑ってくれましたね、バンダナも外してくれる気になりましたか?」


「うん、もう付けないわ」


 スカーレットはバンダナを外して、俺の手に握らせた。


「じゃあ、鍋食べましょうか」


「そうね、すっごくいい匂い。もうお腹ぺこぺこだわ!」


 いつものはつらつとした笑顔だ。元気になってくれたようでよかった。


「──やだ、このお出汁すごく美味しい!」


「俺秘伝の黄金比率があるんですよ。スカーレットにだけ後で特別に教えてあげます」


「ほんと、やった!」


 レイヴンに拉致監禁された事自体は不幸としか言いようがないが、こういう出会いは素直に得難いものだと思う。


 どんな物事にも多面性があって、考え方や行動一つでプラスになったりマイナスになったりするものである。ようは常に前向きな姿勢でいようという話だ。


「──スカーレットに悪口言ったのって、スノウとか言う奴じゃないですか?」


「え、なんで分かったの!?」


「アイツやな奴ですよね、初対面で人の顔面蹴り上げてくるんですよ?」


「やだ、そんな事されたの!?」


──地下室で二人、グツグツと湯気を立てる鍋をつつきながら他愛もない話をして笑いあった。こうして今日も夜は更けていく。


 一時はどうなるかと思った地下牢(ここ)での生活も、慣れれば案外悪くない。


 久しぶりに食べた鍋は、人生で一番美味かった。




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