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64.「シチューと魔剣」


 【辰守晴人】


「──どうかな、昼ご飯はシチューを作ってみたんだけど」


「……このシチュー、白いですね」


「何か変? クリームシチューって普通白いんじゃないの?」


 イースとの地獄の特訓の後、スカーレットが昼食を持ってきてくれた。それも、暗黒化していない普通のシチューを。


「そうですよね、普通は黒くないんですよね」


「……もしかして、ンジャヒュヌルコッペのこと気にしてるの? もう入れてないってば」


 スカーレットは少しいじけたように頬を膨らませて見せた。もちろん本気でいじけているわけでないだろう。


「全部捨てたって言ってましたもんね、それより昼も地下牢なんかに居ていいんですか?」


「辰守君、それって暗に私が暇人だって言いたいの?」


「いや、そんなつもりじゃないですけど」


 ぶっちゃけそんなつもりで言った。実際スカーレット以外に地下牢を訪れる魔女なんて一人もいなかった。


 獄中飯当番というのを差し引いても、わざわざ一緒に飯を食べる理由なんて、暇だからとしか考えられない。


「まあ、実際今の時期って、私達戦闘班は大概暇なんだけどね」


「戦闘班、ですか?」


「あ、そっか、辰守君はうちのこと何も知らないもんね。レイヴンの魔女は戦闘班と防衛班に分かれててね、アビスが情報収集に出てる期間、戦闘班は基本的に城で待機なのよ」


「そうなんですか、じゃあ防衛班っていうのは?」


「防衛班は普段、拠点となる城に常駐して文字通り襲撃に備える部隊よ。戦闘班が城にいる間は、外で資金調達したりもするわ」


「なるほど、だから喫茶店で働いてたんですね」


 俺とフーが訪れた喫茶店にいた魔女達。スカーレットさんの話からすると、彼女達が防衛班の面子ということだ。


「ちなみに辰守君を魔女狩りだと勘違いして連れてきたのは、バブルガム。彼女は戦闘班なんだけど、色々あってお店を手伝ってたの」


 バブルガム──あの小柄で『むはぁ』って言う私ちゃんのことか。あんなちっこいのに戦闘班とは意外だ。


「戦闘班と言うからには、やっぱり皆強いんですか?」


「……自慢みたいに聞こえるかもしれないけど、戦闘班は普通の魔女とは格が違うわね」


 まだ知り合って間もないが、スカーレットの性格は少々謙虚な気質があるように思える。その彼女をしてここまで言わしめるということは、(レイヴン)の戦闘班の面々は本当に化け物揃いの実力なんだろう。


「ちなみになんですけど、誰が一番強いんですか?」やっぱりイースとかだろうか。


「難しい質問ね、魔法の相性とかもあるから。けど、総合的な評価でいくと一番強いのはバンブルビーかバブルガムかしらね」


「え、イースじゃないんですか?」


 二重の意味で意外だった。あのちっこいバブルガムとかいう魔女と、隻腕の飄々(ひょうひょう)としたお姉さんのバンブルビーが最強候補に挙がったこと……そして逆に、あの凶暴魔神のイースの名前は挙がらなかったことが。


「あれ、辰守君……何でイースの事知ってるの?」


「……え?」まずい、思わず口が滑った。


「……え?」スカーレットはキョトンとした顔をしている。

 

 くそ、今朝もこんな事あった気がする。デジャヴだ。なんとかして誤魔化せねば!


「……なんで知ってるかって……あ、たまに牢屋の向こうから話しかけてくるんですよ! すごい大きな声ですよねあの人〜はは……」


「なるほどね。アイツ、私が声掛けてもいっつも無視するくせに、辰守君にちょっかいかけてるなんて……」


 危なかった。イースとの関係は知られるわけにはいかない。色々と良くしてくれるスカーレットでも、さすがに師弟関係を結んだなんて知ったら放ってはおかないだろう。


「スカーレットとイースって、仲悪いんですか?」


「良くはないわね。昔色々とあって殺し合いまでした仲だし」


 基本的にニコニコしているスカーレットだが、イースの話をしている時は表情が硬い。よっぽど不仲なんだな。


「……殺し合いですか。随分と穏やかではないですけど、よく同じ組織に入りましたね」


「殺し合いの仲裁に入ったのがアビスでね、まあ仲裁って言っても二人ともアビスに半殺しにされただけなんだけど……とにかく、その後半ば強制的にレイヴンに入れられたのよ。もう何百年経つのかしら──」


 あのイースと互角に張り合うスカーレット。その二人の殺し合いを収めるなんて、どうやらアビスという奴はとんでもない魔女のようだ。


 それにしても、スカーレットさん齢幾つなの?





* * *




「おう新入りぃ、今晩こそちゃんと酒を持って来いよ! 次はねぇからなぁ!!」


「心配ご無用です。食料庫に寄らなくてもよくなった分、沢山持って帰れますよ」


 深夜零時。昨晩に続き、今夜も俺は地下牢から鴉城へと、酒を回収しに潜入する。


 幸いスカーレットがまともな飯を作れるようになったため、もう食糧庫で缶詰を漁る必要は無くなったのだ。


「おう、実は酒以外にも取ってきて欲しいもんがあるんだがよぉ!!」


「なんですか? 可能な物なら何でも構いませんけど」


「俺様の部屋にある魔剣だ! 大太刀『夢花火ゆめはなび』と小太刀『縦鯨たてくじら』二本とも取ってこい!!」


 イースの部屋にある剣というと、壁に掛けてあったアレのことか。別にアレくらいならたいした荷物にはならないと思うけど、それにしても──


「……イース。魔剣、ってなんですか?」


「ガッハッハ! それを教えてやるって言ってんだぁ、さっさっと行ってこい!!」


 イースはほんとに説明せつめい不精ぶしょうだ。この二日でもうだいぶ慣れたけど。




* * *




──昨晩と同じ要領で城に侵入した俺は、イースの部屋がある四階へ向かっていた。


 階段を登り切り、廊下に出たところで問題は起きた。


「──そこで何をしているの?」


 静寂が支配する廊下を切り裂くような、冷徹な声だった。この声の主はすぐに分かる。レイヴンで俺が付き合いたくない女ランキング堂々一位の…………。


「す、スノウ……まだ起きてたの?」


 そう、俺の顔面を蹴り上げてくれた女、スノウだ。


「私が起きていたら何か問題でも? それよりも質問に答えなさい」


 厨房の入り口と中に、スノウとスカーレットがいるのだ。俺は息を殺して静かに様子を窺った。     


「私は、明日のお料理の準備をしてるだけだけど」


「……あの人間の?」


「ええ、まあそうだけど、というか彼は眷属……」


「人間も眷属も大差ないわ。魔女には及ばない劣等種よ」


 俺のために連日料理を作ってくれるスカーレットとは違い、スノウは完全に人間を見下しているようだ。知れば知るほど嫌なやつである。


「スカーレット。あの人間には必要以上に関わらないで。あんな奴週に一度、豚の餌でも食わせてやれば充分でしょ」


「そ、それは流石にやり過ぎよ」


 そうだもっと言ってやれスカーレット! まあ、あの暗黒物質と豚の餌なら迷わず豚の餌を食うけどな。

 

「……もしかして餌やりで情でも移ったの? 怖い顔しちゃって」


「……んな、べ、別にこれっぽっちも情なんて移ってないんだからね!?」


 俺としては嬉しい本意を知れたわけだが、正直これはよくない展開じゃないだろうか。嫌な予感がしてきた。


「……そう、じゃああの人間を処刑する時はアンタに任せるわ。得意の氷漬けにでもしてあげたら?」


「な、なんてことを……だいたい、本当に彼は殺さなきゃいけないの? 何も悪いことしてないじゃない!」


「運が悪かった。それだけよ。それに、これ以上人間の肩を持つならアビス様に報告する事になるわよ」


「……」


 スカーレットの必死の訴えも虚しく、やはり俺の処刑は覆らないようだ。そのうえ悪くすればスカーレットの手に掛かって死ぬ事になるかもしれない。最悪だ。


「──あと何のつもりか知らないけど、その頭と尻尾、視界に入ると気持ち悪いからちゃんと隠しといてくれる? 紅茶を淹れにきたのに飲む気も失せちゃったわよ」

 

 スノウはそのまま廊下を歩き去っていった。階段の隅で隠れていた俺には気が付かなかったようだ。


 それにしても、女相手にここまではらわたが煮え繰り返ったのは初めてだ。正直今すぐにでも追いかけて行ってぶん殴ってやりたいくらいだ。


 でも、きっとそんな事をしたら俺の命はここまでだ。


 弱いと何も出来ない、大切な人を守ることも、恩人への義理を果たすことも、何も出来ない。


 今はまだ歯を食いしばって耐えるしかない。絶対に強くなってやると、俺は階段の隅で決意を新たにした。


     



* * *



 

──イースの愛刀、『夢花火ゆめはなび』と『縦鯨たてくじら』は大変に重い代物しろものだった。 


 通常の状態では、とても二本も持って酒を運ぶことなど出来ず、魔力始動してなんとか地下牢まで帰った。


「おっせぇぞ新入りぃ! ちゃんと酒は持ってきたか!?」


「さ、酒はちゃんと持ってきましたけど、何ですかこの刀、めちゃくちゃ重たいんですけど」


「ああ!? 魔剣なんてどれもこんなもんだぞ!!」


 イースは俺から二本の刀をひったくるように取り上げると、軽々と鞘から抜いて広場の床に突き立てた。


「そもそも、魔剣がなんなのかもまだ教えてもらってないんですけど」


「……っぷはぁ、魔剣ってのは魔力を凝縮して作った武器の総称だ。見た目が槍でも鎌でも、取り敢えず魔力で作った武器は全部魔剣と呼ぶ」


 魔力で作った武器ということは、今地面に突き刺さっているあの刀も、イースが作った物ということだろうか。


 今ひとつ剣を作るというイメージが湧かない。何もないところから生み出すのか、それとも元からある武器に何かしらの魔法を掛けるのか?


「魔女は人間とは違うからなぁ、普通の武器を振り回しても簡単に壊れちまう。だが自分の魔力で練り上げた魔剣なら話は別だ。耐久性はもちろん、魔力が通ってるから魔法を打ち出す事も出来る。一端いっぱしの魔女なら扱えて当然のスキルだ」


「……じゃあ、俺にも魔剣が使えるんですか?」


「当然だ。だが作れるかは話が別だぜ。魔剣を作るのには相当な魔力量が必要だからなぁ、眷属には難しい場合もある」


「……と言いますと?」


 酒を呑んでいるからなのか、今のイースは随分と理性的だ。話も分かりやすいし、質問にも答えてくれる。


「眷属の能力は、主人の魔女の能力に依存する。だいたい元になった魔女の半分も魔力があればいい方だ。大概三割前後だがな」


「なるほど、俺の魔力量によっては魔剣を作ることが難しいってことですね。魔力を測る方法とかあるんですか?」


「魔力始動した状態で俺様と腕相撲でもすりゃあだいたい分かるぜ、魔力の総量に比例して肉体能力も上がるからなぁ、強けりゃ強いほど魔力の量も多いってこった!」


 なるほど、一見何も考えてなさそうだが案外理にかなった方法かもしれない。早速やろうじゃないか腕相撲。


「だが、生憎あいにく腕相撲する机も場所もねぇから今回は俺様を思いっきり殴ってみろ」


「えぇ、部屋に机あったじゃないですか」


「バカが、木製の机でやったら壊れちまうだろうが! いいからさっさと打ってこい!」

  

 これ以上口答えすると殴られそうなので、大人しく言う通りにするとしよう。


 俺はイースの構える手を、スノウの顔面だと思っておもいっきり殴った。踏み込みで石造りの地面が抉れるほど、本気でだ。


「……ッ!?」

 

 地下牢に物凄い音が響いたが、イースはしっかりと俺の拳を受け止めていた。さすが師匠である。


「あの、どうでした?」


「……おい、お前を眷属にしたとかいう魔女……一体何者(なにもん)だ?」


 イースが俺の拳から手を離すと、開いた掌から真っ赤な血が滴っていた──


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