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63.「バンダナとスパルタ」


 【辰守晴人】


「──ここ……どこ?」


「スカーレット、気がついたんですね!」


 暗黒に染まった栗きんとんを食べたスカーレット。意識が戻らないこと約一時間だったが、ようやく目が覚めたようだ。


 毒素はトイレで全部吐かせた筈だが、体調の方はどうだろうか。


「……あれ、辰守君? わ、私何でベッドに?」


「覚えてませんか? さっきスカーレットが持ってきたお節、アレを一口食べたら急に気を失ったんですよ」


「──ッ!! 栗きんとん……」


 どうやら思い出せたようだが、すごく神妙な顔で栗きんとん、って呟くのちょっと面白いな。


「ご、ごめんね辰守君。たぶんンジャヒュヌルコッペが腐ってたんだと思う。酷い味だったわ」


「んじゃひるるぺっぺって腐るんですか?」


「ンジャヒュヌルコッペね、私もよくは知らないんだけど、本来あんな酷い味じゃない筈だからきっとそうね。思い返すと色もちょっと変だったし」


 いやはや、本当に恐ろしい話だ。作った本人でさえ一口で昏倒するような激毒、もし俺が食べていたらと思うとゾッとする。


 んじゃひるるぺっぺについては謎が多いけど、これ以上詮索するのはやめておこう。触らぬ神に祟り無しだ。


「スカーレット、んじゃひるるぺっぺは暫く封印しましょう。危うく命を落とすところでしたよ」


「そ、そうね。随分迷惑かけちゃったみたいだし、残りのンジャヒュヌルコッペも捨てて……」


 封印宣言をするまさに一歩手前で、スカーレットが急に固まってしまった。そればかりか、みるみるうちに顔が青ざめていく。


「スカーレット、大丈夫ですか? まだ吐きそうなんですか?」


「……わ、わた、わたしの、バンダナ」


 スカーレットは俺の背後にあるチェストの、その上に畳んで置かれたバンダナを見つめていた。


「ああ、さっき介抱しようとした時にズレ落ちてしまって……」


「……うそ、嫌だッ!?」


 スカーレットは急に頭の角を手で押さえたかと思うと、布団の中に潜り込んでしまった。


「ど、どうしたんですか急に?」


「……ご、ごめんなさい、ちゃんと隠してるつもりだったんだけど……気持ち悪いでしょ、頭から変なの生えてて」


 どうやらスカーレットは自分の角を隠すためにバンダナを巻いていたらしい。コンプレックスでもあるのだろうか。


「いや、別に気持ち悪いとは思いませんけど」


「……う、嘘よ。それに私……も、もしかして、尻尾も、見た?」


「はい、なんなら今も布団からはみ出してますけど」


「……ッ!」


 物凄い勢いで尻尾が布団の中に引っ込んだ。


「あの、本当に俺全然気にしてませんよ?」 


「……そんな筈ない、こんな、怪物みたいな女、気持ち悪いに決まってるわ」


 確かに初めてイースを見た時はかなり驚いたけど、正直もう慣れてしまった。


 それに気持ち悪いというなら、俺を襲ってきたメンヘラ女の方がよっぽど不気味だった。あれに比べればイースやスカーレットなんて可愛いものだ。


「確かにちょっと驚いたのは認めますけど、俺は可愛いと思いますよ。角も猫耳みたいなもんじゃないですか」


「……ほんとに?」


「ほんとです、スカーレットは気持ち悪くないですよ!」


 部屋は掃除したほうがいいけどな。

 

「……」


 スカーレットはもぞもぞと布団から出てきて、ぎこちなくベッドに腰掛けた。   


「み、見苦しいとこ見せちゃったね、ごめん」


「そんな、謝ることなんて無いですよ。ここで親切にしてくれるのはスカーレットだけですから、俺すごく感謝してます」


 それにもっと見苦しい汚部屋おべやを見てるしな。あれに比べたら布団に隠れていじけるくらい可愛いもんだ。


「やだ、感謝だなんてそんな……べ、別に素直に嬉しいわけじゃないんだからね!」


「それむしろ素直ですよね」 


 スカーレットはきっと嘘とかつけないタイプの人だろうな。もしくは嘘ついてもバレバレの人だ。




* * *


 


「よぉし、じゃあどっからでもかかって来い! ギッタンギッタンにしてやるぜぇ!!」


「いや、そこまでしなくていいですよ? 稽古ですからねこれ」


 朝飯で盛大にやらかしたスカーレットが次に来るのは、正午から午後一時の間。


 それまでの時間はイースに修行をつけてもらう事になった。


 魔法についての知識的な部分はおおかたイースから教わったので、あとは習うより慣れろだ。


「ここ数日身体ぁ動かして無かったからなぁ、色々溜まってんだ! 舐めた攻撃しやがったらただじゃおかねぇからな!」    


「分かりました、行きますよ」


 俺は神経を研ぎ澄まして、身体中に魔力を流した。これが魔力始動というやつらしい。


 筋繊維一本一本が鋼のように引き締まっていく感覚で、重たい荷物を下ろした瞬間のように身体がフッと軽くなる。


「おせぇよボケ!!」


「……アガッ!?」


 いきなりイースに殴り飛ばされた。視界が二転三転し、気が付いたら俺は地面を舐めている。


「魔力始動に時間かけすぎだ。死にてぇのか?」


「……つ、集中しないとまだ出来ないんですよ!」


 数メートルは吹っ飛ばされたが、一応手加減はしてくれたようで思ったよりダメージは少ない。


 それにしても、俺の魔力始動は長くとも二、三秒では出来ている筈だ。これで遅すぎるならどうしろというのだ。


「殺し合いってのはお行儀のいいスポーツじゃねぇんだ、敵とばったり会った瞬間始まってもおかしくはねぇ! 反射で魔力始動出来ねぇと話にならん!!」


「……言いたいことは分かりましたけど、どうやって訓練すれば?」


「できるようになるまで殴る!!」

 

「……あばっ!?」


 再び一瞬で間合いを詰めてきたイースに殴り飛ばされた。何の意外性もなくスパルタ始動だ。


 粗暴な反面、几帳面だったりすることもあるし、もしかしたらと理性的な指導を期待したが──何のことはない、蛮族の教えだった。


「立てオラァ!」


「ぎゃあああ!!」


──約二時間このやり取りを続けて、俺は魔力始動をマスターした。


 スカーレットに貰った下ろし立ての服は、あっという間にボロボロになってしまったけど──


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