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60.「肉じゃがと隠し味」


 【辰守晴人】


「──じゃあ、レイヴンは魔女狩りから弱い魔女を守る、正義の組織ってことですか?」


「ガッハッハ! 物は言いようだな新入りぃ! だが、生憎俺達は魔女協会セラフからも煙たがられてる、目の上のタンコブってやつだ!」


「……どうしてですか? ただ魔女狩りを倒してるだけなのに」


「その魔女狩りが、人間様の組織だからだよ! 魔女協会セラフは人間との共存を謳って設立されたからなぁ、たとえ魔女狩りが相手だろうが魔女が人間を殺すのが認められねぇんだ!」


 昨日牢屋から解放したイースは、今日も俺の牢屋で残りの酒を煽っていた。


 なんでも設備はこっちの方が古いが、慣れ親しんだ牢屋の方が落ち着くらしい。牢屋に慣れ親しむなんて酷い話だけどな。


「なるほど、色んな話を聞けて助かります。やっぱりイースは頼りになりますね!」


「ガッハッハ、おだてても何も出ねぇぞ!?」


 隣ですこぶる機嫌が良さそうなイースが、尻尾で俺の肩を小突いた。非常に痛い。


「……そういえば俺を襲ってきた魔女狩りの女も尻尾が生えてましたけど、魔女ってそういうもんなんですか?」


「ん、そいつは初めっから尻尾が生えてたのか!?」


「いや、戦っている最中にニョキニョキ出てきましたね」


 あの光景は今でも軽いトラウマものだ。背中から生えてきたおぞましい尻尾。イースの尻尾の方がまだ可愛いな。


「じゃあ、そいつは外装骨格って奴だな! 仕組みはよく知らんがアイツら身体を弄ってやがるからな、普通の魔法じゃねえ!!」


「……そうですか、聞けば聞くほど危ない組織ですね」


 俺はイースから様々な情報を仕入れていた。今まで自分が何に巻き込まれているのかすら理解できなっかたが、大まかな事情は把握できたと思う。


 まず、魔女狩りという組織がフーを狙って現れ戦闘になった。その後に、魔女狩りを狩るレイヴンという組織に俺は連れ去られたのだ。


 あの場に居合わせた事で、俺も魔女狩りの一員だと勘違いされた事が原因らしい。


 そして信じがたい話だが、あの場に現れた龍奈はおそらく魔女狩りの人間だ。ただ、あくまでも想像に過ぎないが、龍奈は俺とフーを守ろうとしていたように思う。


 急に家から出るなとか言い出したことや、最後に見せた涙もきっと関係している筈だ。


 俺はもちろんあれで最後にする気なんてさらさら無い。もう一度龍奈に会って、本人から事情を、真実を確かめないといけない。


「──おい新入り、聞こえるか?」


 不意に耳元で囁かれ、驚いて声を上げそうになったが、イースが俺の口を手で塞いだ。


 コツ、コツ、コツ──


 耳を澄ますと、靴が石造りの階段を打つ音が聞こえてきた。つまり、この地下牢に誰かが向かって来ているということだ。


「いいか新入り、俺がこの部屋にいる事は言うなよ。黙ってりゃ何も問題はねぇ」


「は、はい、了解です」


 足音は段々と大きくなり、とうとう円形の広間までやってきた。


「──イース、昼ご飯持ってきてあげたわよ」


「……」


 小窓から様子を窺うと、赤い髪の女の後ろ姿が見えた。


 本来イースがいる筈の牢屋に向かって話しかけているが、今はここにいるのでもちろん返事はない。


「……ちょっと、まだ寝てるの!? もう昼なんだけど、さっさと起きなさいよ!!」


 ちなみにイースは今朝六時から、寝ている俺を大声で呼びつけてこの牢屋に入り浸っている。


「ふん、寝たふりなんていい度胸じゃない! いいわよ、そっちがその気ならこのご飯持って帰っちゃうからね!!」


「んなクソまずい飯いらねぇよタコ」


 イースが隣でボソッと呟いた。ひどい、俺ならこんな奴の牢屋に飯を運んでくるのはごめんだ。


「……なによ、もういいわよ!! ご飯ここに入れとくから、ちゃんと食べなさいよね!!」


 赤髪は扉の横の、小さな引き出しのような所に料理の乗った盆を突っ込んだ。なるほど、あそこから物を受け渡しするのか。


 よく見るとこの部屋にも同じようなものがある。


 と、感心している間に赤髪が今度はこっちにやって来た。イースがもぞもぞと布団に潜り始める。隠れ方雑か。


「──あ、あの、辰守君? でいいのかしら、お昼ご飯を持って来たわ。色々と辛いと思うけど、食べれるなら食べて」


 なんか、思ったよりもまともな人……もとい、魔女だった。目覚めた瞬間からこの地下牢までノンストップでレイヴンの印象は最悪だったけど、この赤髪さんは好印象だ。


「……ありがとうございます。お腹空いてたので助かります」


「っえ、べ、別にお礼なんていいわよ、別に君のために作って来たんじゃないんだからね!」


 俺が返事をすると思っていなかったのか、それとも照れ臭くなったのか、急に支離滅裂なツンデレになった。


「よかったら名前を聞いてもいいですか? 料理を作ってくれた人の名前を知っておきたくて」


「わ、私!? 私はスカーレットよ。スカーレット・ホイスト……べ、別に、名前聞かれて嬉しいわけじゃないんだからね!」


 やばい、この人もしかしたら面白い人かもしれない。それもバカよりの面白い人。


「スカーレットさんですね、ご飯は有り難くいただきます。どうもありがとうございます」


「だからお礼なんて、いいわよ。あと、別に名前にさんも付けなくていいんだからね!」


 スカーレットはそう言うと、足早に階段の方へ去っていった。


「ふう、やっと行きやがったかあのタコ!」


「イース、もしかしてスカーレットが嫌いなんですか?」


「嫌いだな! アイツとは一生分かり合えねぇ!!」


 イースは尻尾をベッドにビタンビタン叩きつけた。埃が舞うからやめなさい。


「少なくとも俺は悪い印象は受けなかったですけどね、なんにせよ空腹だったんで飯は助かります」


 俺は扉の横の受け取り口から、料理の乗った盆を取り出した。


「……んん?」


 間違えた、言い直します。


 俺は扉の横の受け取り口から、暗黒物質の乗ったお盆を取り出した。  

 

「な、なんじゃこれは。炭? いや、それにしては柔らかい……え、怖っ」


「それ食ってもスカーレットに悪い印象が無ぇと言い張るなら、大したもんだぜ」


 言い張るも何も、これ食べたらその場で死ぬだろう。なんだあの人、いい人だと思わせておいて実は拷問官だったのか?


「これって、拷問か何かですか?」


「いや、ただスカーレットが料理下手なだけだな。ちなみにアイツは通常の料理当番から外れてる代わりに、俺達みてぇな奴の獄中飯担当だからな、毎日コレだぞ」


「それやっぱり拷問扱いされてるじゃないですか」


 イースがさっき料理に文句を言っていたのはそういう事だったのか。確かにこれは歓迎できるヴィジュアルではないな。


 さっきまでの空腹が嘘のように引いてしまった。とても料理下手なんて四文字で片付けていい事件じゃないぞコレ。


「まあ、俺も食った事はねぇからどんな味かは知らんが、案外美味いかもしらんぞ?」


「……イース、俺を実験台にしようとしてますね。というか、今までの獄中生活でご飯はどうしてたんですか?」


「こっそり別の奴に持って来させてたな。お前は期待しねぇ方がいいぜ」


 なんという事だ、ここから脱出するまでの間コレを食わないといけないだと? アビスとかいうやつが帰ってくる前に死ぬだろ。


「……イース、今晩から作戦を開始しましょう。酒だけではなく食料も調達する必要があるみたいですから」


「ガッハッハ! いいぜ、俺様が完璧な地図を用意してやるよ!」

 

 本当はもう少し情報を集めて、身体の回復を待ってから作戦に取り掛かりたい所だったが、まさしく背に腹はかえられぬ状況、致し方ないだろう。




* * *

 



──深夜零時、俺はイースから貰った地図を食い入るように見ていた。


 作戦はシンプルで、まずは地下牢から地上に出た後、北へ向かい城に侵入する。


 イースの話によると現在城にいる魔女は四人から六人程度で、夜の九時以降は殆どが自室に入ったまま床に就くらしい。


 俺は魔女が寝静まった隙に食糧庫で食料を調達し、次にイースの酒が隠してあるという場所で酒も手に入れれば任務完了だ。


 大丈夫、楽勝だ。たぶん。


「おう新入りぃ、一応言っとくが見つかった時点で即処刑だからバレんなよ! あと俺様が協力した事をゲロすんのも無しだ!!」


「心配しなくてもイースを売ったりしませんよ」


「どうだか、スカーレットのこと随分と自然に騙してやがったからな! テメェは案外油断のならねぇ奴だ!!」


「さっきのアレは不可抗力ですよ、誰も傷つかないための優しい嘘です」


 昼飯という名の拷問器具を持って来てくれたスカーレット。


 もちろん晩飯という名の拷問器具も持ってきてくれたわけだ。


〜以下回想〜


「辰守君、晩御飯持ってきたわよ。昼ご飯のお皿先に下げてくれる?」


「わざわざありがとうございます」

 

 俺は空になったお皿をお盆に乗せて、スカーレットさんの方へ渡した。


「……え、辰守君、全部食べてくれたの?」


「はい、食べましたけど?」


 もちろん捨てましてけど? というか『え?』ってなんだよ。自分でもヤバいもん作ったという自覚があるのか?


「そ、そうなんだ。私の料理、実はあんまり評判良くないみたいで、口にあったならよかったんだけど」


「確かに個性的な料理でしたけど……もしかして何か隠し味とか使ってるんですか?」


 あんまり評判よくないなんてレベルじゃなかったけどな。むしろ評判になる酷さだろう。


「え、分かる? 実は故郷に伝わるンジャヒュヌルコッペっていうのを使ってるの!」


 なんて!?


「べ、別に特別に教えてあげたわけじゃないんだからね!」


 ツンデレはもういいよ! さっき何て言ったの? ンジャひり……なんて!? 怖っ!! 故郷どこ!? 怖っ!!


「……す、すみません扉越しだと聴き取りづらくて、隠し味もう一回言ってくれますか?」


「もう、誰にも言っちゃダメなんだからね、ンジャヒュヌルコッペよ!」


 んじひゅるるるっぺ? 何それ二回聞いてもわけ分かんないんですけど!? 怖い怖い、俺に何食わせようとしてんだこの人!


「あ、ありがとうございます。よく分かりました」


「ふふん、ちなみに晩御飯は肉じゃがにしてみたの。日本食ってあんまり作ったこと無かったんだけど、結構上手く出来たと思うわ」


 スカーレットはそう言って受け渡し口に料理を入れた。


「……わぁ、美味しそうな、肉じゃがですね」


 一緒だった。昼間トイレに流した暗黒物質と同じ見た目だ。もしかして試されてるのか?


「ほんとう? それ途中までは完璧だったんだけど、隠し味にンジャヒュヌルコッペを入れてからちょっと色が濃くなっちゃったから心配だったの。でも美味しそうならよかったわ!」


 んじゃひゅるるぺっぺを入れるんじゃねえ!! 色が濃くなっちゃったとかのレベルじゃないんだよ!! 黒いの! 真っ黒なの!!


「……ちなみに、スカーレットさんは味見とかしました?」


「もちろんしたわよ! 途中までは美味しかったから、最後はしてないけど」


 最後にもしろや!!


「そうですか、じゃあ晩御飯もありがたくいただきますね。わー、美味しそうだなー」


〜回想終了〜


「さすがの俺様もあの時ばかりはスカーレットが哀れに思えたぜ」


「全部トイレに捨てられてるとは知らずにスキップしながら帰って行きましたからね。俺だって心が痛みましたよ、仮にも食材をトイレに流すなんて」


「スカーレットの方ではないんだな」


「言ってる事は俺の味方っぽいですけど、やってる事は完全に敵ですからね」


 スカーレットさんは、話した感じは一番まともそうだが、拷問器具を毎食持ってくるのはいただけない。


「とにかく、俺は何としてもここで死ぬわけにはいかないんで、絶対に酒と食料持って帰ってきますよ」


「おう、あんま期待しねぇで待ってるぜ!!」


 イースの尻尾による激励を喰らいつつ、俺は地上への階段を登り始めた──

 

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