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56「バーンズとハング」


 【レイチェル・ポーカー】


「──むはぁ、櫻子ちん情報提供ありがとなー! おかげで一人だけど異端審問官を生捕りにできたぞー」


「いえ、わたし達もバブルガムさんのおかげで助かりましたから、お互い様ですよ」

 魔女狩りによる温泉街襲撃事件は何とか収束した。


 皆の無事が確認できた後、わたし達は無理矢理ヴィヴィアンを叩き起こしてバブルガムさんの加勢に行くように頼んだ。


 しばらくしてバブルガムさんと一緒に帰ってきたヴィヴィアンから、魔女狩りは全員撤退したと教えられたのだ。


「むはぁ、でもおめー等やるなー異端審問官共、私ちゃんと戦う前から割とボロボロだったし、かなり善戦したんだろ?」


「まあな、つーかそのボロボロの異端審問官にほとんど逃げられてんじゃねーか」


「むふぅ、アイツら元から逃げる準備してたんだよー本気で逃げに徹っされると流石の私ちゃんでも全員は殺れねーし、寧ろ一人捕まえただけでも褒めてほしいねー」


 バブルガムさんは小さな体で自慢げに胸を張った。レイヴンの制服を着ているせいか、偉そうなポーズが妙に様になっている。


「ふぁあ、此方こなたまだ眠い故、もう帰って寝ていいかの?」


「社長まだ寝るの〜? 今回何の役にも立って無いんだけど〜」


「全くです。仮にも組織の長なら、もう少し自覚を持って貰わないと困ります」


 レイヴンのバブルガムさんですら、なんだかんだで皆と打ち解けて来ていると言うのに、ヴィヴィアンの株は下落する一方だ。


「取り敢えず、社長にワニを池まで運んで貰いますの。池の檻はその間に修理しますわ」


「いやいや、ワニって何じゃ……何故此方がそのような事を!?」


 カノンちゃんのワニは、駆け付けた深夜さんに任せて一旦保留している。


 十メートルはある穴に降りて、何百キロもの巨体を引き上げるのは容易な事ではない。容易な事ではないが、まあヴィヴィアンなら可能だろう。


 本人のやる気は別にしておいてだけど。


「……社長。社長は合宿と称して温泉旅行に来た挙句、わたし達が魔女狩りに襲撃されている間ずっと昼寝していたと、この後八熊さんに報告しておきますね」


「なな、櫻子お主、いつからそんな反抗的に……ま、まあワニの一匹や二匹運んでやろうではないか。此方こなた寛大じゃからな!」



──こうして波乱の温泉合宿は幕を閉じた。


 しかし、わたしの身に降りかかった大きな謎は、未だ謎のままだ。


 わたしは何故自身を馬場櫻子だと思い込んでいたのか、そもそも本当に自分はレイチェル・ポーカーなのか。


 考え出したらキリが無いけど、取り敢えず本当にわたしが馬場櫻子ではないのかどうか確かめる方法を、わたしは思いついていた。


「なあ櫻子、事務所寄った後皆で晩メシ食いに行こうぜ! 魔女狩り追っ払った祝勝会に、パーっと焼肉でも……」


「……ごめんヒカリちゃん、わたし今日はやめとく」


「はあ? 何でだよ。お前もしかして、どっか怪我とかしてんのか!?」


「ううん、そういう訳じゃないんだけど……なんか、早く家に帰ってお母さんに会いたくて──」




* * *


 

 【平田正樹】



──命辛々とはよく言ったもので、俺たちは一人も欠けずに任務を達成こそしたものの、メンバーの大半が意識不明の状態で治療施設に入っていた。


 十一番実験体イレブンが魔法を使えた事や、眷属を作っていた事は確かに大きなイレギュラーだった。


 だが、一番のイレギュラーはアイツだ。悪名高いレイヴンの魔女──


 紫雷しらいの魔女、バブルガム・クロンダイクといえば魔女狩りなら誰でも知っている。レイヴンの中でも実力は指折り。出会ったら即逃げろが鉄則の化け物だ。


 そんな奴が奇襲を仕掛けてきたにも関わらず、俺達が誰一人命を落とさなかったのは、不本意ながら安藤兄妹のおかげだと認めざるを得ない。


 俺からの応援要請に遅れて気づいた安藤兄妹が、絶妙なタイミングで助太刀に来たことで何とか全員逃げ切れたのだ。


 『ゲーセンにいたから端末の通知に気が付かなかった』とか、遅れた理由はクソだったが、俺も任務中にこころのわがままに付き合ってブライダルフェアに参加していたし、そこは勘弁しといてやろう。本当に助かったしな。


 そんなこんなで命辛々任務を果たした俺は、世界に幾つか点在する魔女狩りの拠点の一つ、第四カセドラルに葛原くずはらを自称する十一番実験体イレヴンを護送しに来ていた。


「ご苦労だったね平田君。任務中、レイヴンの襲撃を受けたと聞いたがよく無事に戻ってきた。異端審問官第九席の面目躍如といったところかな」


「は、枢機卿直々のお言葉、身に余ります」


 俺の目の前にいるのはバーンズ・ステーク卿、魔女狩りのナンバーツーに位置するオッサンだ。


 本来ならここ、極東の第四カセドラルはもう一人の枢機卿ハング・ネック卿が仕切っていて、バーンズは第一から第三カセドラルにいる筈の人物だ。おそらく先日の孕島の件で何らかのパワーゲームがあったんだろう。



「さて、早速だが彼女の拘束を解いてくれるかな?」


 俺はバーンズのオッサンの言葉に、自分の耳を疑った。こいつ、わざわざ呼びつけたクセに俺の報告書を読んでないのか?


「お言葉ですが枢機卿、実験体は既に自我を確立しており、今拘束を解くのは危険かと」


「構わないよ。解きたまえ」


 バーンズの目は真剣だった。俺は背筋に嫌な汗を浮かべながら、言われるがまま十一番実験体イレヴンの拘束を解いた。


「……ふう、お久しぶりです猊下。まずは計画が大幅に遅れたことをお詫びします」


「ふむ、息災で何よりだ。何があったのかな?」


 十一番実験体イレヴンは拘束を外されるなりバーンズに頭を垂らし、流暢に喋り始めた。バーンズも当たり前のように受け答えしている。


「孕島からの脱出の際、嵐により船が転覆し一時意識を失いました。おそらくそのせいで記憶領域に何らかの障害が発生し……」


「ああ、手短に頼むよ。彼にも分かるようにね」


 バーンズが話を遮って目線で俺を指した。これはまずい、最悪な事になってきやがった。


「失礼、改めて名乗りますが私は葛原くずはらまい。先日まで孕島に潜入していた猊下げいか直属の諜報員です」


「……猊下、これはいったいどういう事ですか」


 俺の知る限り葛原舞は、ハング・ネック卿が管轄する孕島の研究員だ。資料では十一番実験体イレヴンの逃亡幇助に関わった末、海上での事故で溺死したはず。


 しかしその葛原が、実際にこうして十一番実験体イレヴンの姿で生きていて、あまつさえバーンズの手下だったというではないか。


 そして、それを俺の前で暴露した──


「質問を質問で返すようで悪いが、頭のいい君ならもうだいたいの事は分かっているんじゃないかな?」


「──お察しの通り、私は猊下の命を受けてハング卿が密かに行っていた実験のデータを横流ししていたの。先日、実験の最終段階が修了したから、実験成果を頂いくついでに島を処理したという訳よ」


「ちなみに島を襲撃した魔女に情報を漏らしたのもわざとだ。ハングの研究成果を奪い、拠点と部下を失うという汚名を着せるためにね。組織を嗅ぎ回っている輩を誘き出す事もできたし、一石三鳥だね」


 パワーゲームがあったんだろう、なんて悠長な事を考えている場合では無かった。


 俺は、いや俺達は、思いっきりそのパワーゲームに巻き込まれていた。島の襲撃も、警護の失敗も全てこいつらが招いた事だったのだ。


 そして、それをわざわざ親切に教えてくれるのは、俺をここで消すつもりか……もしくは──


「猊下、僭越せんえつながら申し上げます」


「ふむ、何かね?」


「控えめに言ってハング・ネック卿はろくでなしのクソ野郎でありました」


「……ほう、ほうほうほう。続けたまえ」


 葛原は何を言い出すんだコイツ、と言わんばかりの目で俺を見ているが、バーンズはニヤリと口角を上げた。いける。


「は、ハング・ネックは重要な案件も封書一つで片付け、ろくに確認もせず、日がな一日酒と女に溺れる始末。まともに仕事をしている所など見た事がありません」


「奴はもはや服を着た豚と言っても過言ではないでしょう……いえ、豚は綺麗好きですし食卓を豊かにしてくれるので、豚に失礼でした。ウジ虫野郎の間違いです」


 組織のナンバーツーに対する罵詈雑言の数々、こんな事を口にした時点で俺が異端審問に掛けられそうなものだが、今回はこれが正解ルートだ。


「……く、くくく、ハッハッハ! 流石だ、やはり私は君が気に入ったよ。頭が回るだけじゃなくユーモアのセンスも悪くない」


「は、光栄であります」  


 何とか抹殺は免れたようだが、厄介な事に巻き込まれてしまった。


 苦労して危険の少ない島の警護任務に着いたというのに、そのせいで枢機卿の権力争いに巻き込まれたんじゃ本末転倒だ。


「君には今後、私直属の部下として働いてもらおう。さっそくだが紹介したい者がいる」


 バーンズが片手を上げると、背後の扉が開き、女が入ってきた。


「彼女は私の古くからの友人であり、よきパートナーだ」


「初めまして、あなたが葛原舞さんね。バーンズから話は聞いているわ」


 女の言動に俺と葛原はギョッとした。古くからの友人だかなんだか知らないが、枢機卿を呼び捨てにするなんて、いったい何者なんだ。


「……は、初めまして。葛原舞で、ひゅ」


 女が手を差し出し、握手を求めたから葛原はそれに応えた。緊張のあまり噛んでやがる。


「……あ、あああ、ああああぁ」


──いや、どうやら様子がおかしい。葛原は握手したままガクガクと全身を震わせ始めた。


「……あ」


 そして、数秒後。途端に震えが止んだかと思うと、パタリと膝から崩れ落ちた。


「平田君、改めて紹介しよう。彼女が私の良きパートナー、ジューダス・メモリーだ」


 


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