54.「捕獲隊と陽動隊」
【レイチェル・ポーカー】
──カルタちゃん達と合流した後、カノンちゃんの居場所は呆気なく判明した。
カノンちゃん本人から電話があったからだ。着信がきてから気づいたのだが、どうやらスマホの電波が正常に戻ったようだった。
今になって思えば、魔女狩りの連中が妨害電波か何かを流していたのかもしれない。わたしを刺した女も、小さな機械を弄った後にスマホを使っていたし──
「あら、やっと到着ですの? 随分と待たされましたわ」
「まだ五分も経ってねぇし、つーかこんなとこで何してんだ!」
緊急事態だから急いで合流して欲しいとのことで、わたし達は電話越しの案内を頼りに大急ぎでここまでやって来た。
しかし、いざ到着するとカノンちゃんは優雅に切り株に腰掛けていた。一体全体緊急事態は何処へ行ったのか。
「私、ポチとタマとミケが脱走したと聞いて大慌てで探してましたの。結論から言うと無事に三匹共見つけたのですけど、私一人では手に余る状況で……そこで貴女達の出番ですの」
「出番ですの、じゃねぇよ! 魔女狩りがうろついててこっちはずっと心配してたんだからな、連絡くらい寄越しやがれってんだ!」
普段は成金呼ばわりして散々な態度のヒカリちゃんだけど、なんだかんだ言って一番仲間思いなのだ。これがツンデレというやつか。
「はあ? 魔女狩りって何のことですの? というか私電話しましたわ」
「まあまあ、色々ややこしいんだけど、わたしから説明するね」
どうやらカノンちゃんは魔女狩りが襲撃してきていることすら把握していないらしい。ついでにワニの名前も。
わたしはこれまでの経緯を、順を追ってカノンちゃんに説明した。もちろんわたしがレイチェル・ポーカーだと言うことには触れずに。
「──なるほど、まさか私がペット探しをしている間にそんなことが、けどそれならワニがこんな事になっているのも納得ですの」
「あの、こんな事とはどんな事でしょう?」
「私の後ろをご覧なさいエミリア」
促されるままエミリアちゃんはカノンちゃんの背後に向かった。わたしもそれに続いてついて行く。
「うわ、何ですかこれ。何でこんな所にワニが……」
わたし達の眼下には大きな溝があった。全体の構造をみると、溝というよりは落とし穴なのだろうが、かなりの大きさだ。
その穴に、ワニが三匹ひしめき合っていた。これは落ちたく無い落とし穴ランキング堂々一位だ。
「たぶん、魔女狩りの仕業だろうね。ワニを脱走した風に見せかけて、実際はこの穴に閉じ込めてたんだよ。ほら、よく見ると口にテープ巻かれてるし」
「でもさ〜解せなくな〜い? 何でわざわざこんなめんどくさい事すんのさ〜」
「さあな、脱走したワニが呆気なくアタシらに捕まんのが心配だったんじゃねぇの?」
確かにわざわざワニをこんな所に閉じ込めておくのは不自然だ。
ヒカリちゃんの言い分も分からなくはないけど、警報もおそらく魔女狩りが仕組んで鳴らしたものだろうし、その時点で人払いは出来るのだからここまで面倒な事をする意味が分からない。
カノンちゃん、ないしわたし達にワニを探させるためだろうか。けどその割には無防備なカノンちゃんは襲われていないし──
まさかとは思うけど、実際にワニを逃したせいで民間人に被害が出る事を危惧したのだろうか……いや、そもそもそんな殊勝な奴らは魔女狩りになんてならないか。
* * *
【轟龍奈】
ふわふわ頭からの連絡を受けて集まったメンバーは全員で八人だった。
目標、フーちゃんの発見者であり、何故か任務中にブライダルフェアに参加していた平田、桐崎ペア。
ワシントン支部から派遣でやってきた、殆ど素性の知れないレオナルド、シャーロットペア。
先週の招集に来なかった新顔で、ここ最近魔女を狩りまくっているという虎邸、姉狐ペア。
虎邸はかなりのやり手だと聞いていたから、どんないかつい奴なのかと思っていたけど、実際に現れたのは年端もいかない子供だった。
こんな子供まで異端審問官にするなんて、魔女狩りはとことん救いようの無い組織である。
最後は、この中では最も古参の私とお父さんのペア。お父さんはこの面子の中ではかなり歳上だし、もう少し威厳があってもいいんだけど、虎邸に飴をあげたりなんかしていて、今一締まらない。
同じ組織の人間だとは言っても、正直こいつらの事なんて全然知らないし信用もしていない。
信用も何も私が既に皆を裏切っている訳だけど。
ちなみに唯一ある程度の素性を知っている安藤兄妹は、連絡が付かないためここには来ていない。全く何処で何をしているのやら。
まあ、安藤兄妹がいようがいまいが、この困った状況は何一つ変わらない訳だけど。
「──情報をまとめるぞ。現在この温泉街には目標の実験体、以降、十一番実験体と呼称するが、その十一番実験体を匿っていると思われる一般人が一人。さらに島を襲撃した件の怪物幼女に、その仲間と思われる魔女が少なくとも四人はいる」
「さらに、素性は定かではないがこの温泉街の旅館の女将も魔女らしい。他に魔女が紛れているかは今のところ不明、十一番実験体はその旅館に宿泊していて、チェックアウトは本日午後十七時。俺たちはそれまでに十一番実験体を捕獲しなければならない」
ふわふわ頭が言った通り、現在かなりややこしい事になっている。
何故こんな事になっているかと言うと、私達が連絡を受けて集まった直後、少し離れた所で強力な魔力を感知したところから始まった。
偵察に行ったふわふわ頭が撮ってきた写真には、例の幼女と見知らぬ魔女数名が写っていた。
虎邸と姉狐が写真を元に調べると、複数の魔女の内の一人は夕張ヒカリ、最近新都で起きた魔獣災害を鎮圧した若い魔女だと言うことが分かった。
そこから派生的に夕張ヒカリはあの幼女が率いる組織の一員であることが分かった。おそらく周りの魔女もそうなのだろう。
幼女が島を襲撃した理由は定かでは無かったが、十一番実験体が潜伏している場所に現れたのは偶然ではないのだろう。
そういった理由で私達は、幼女とその組織も十一番実験体を狙っているという結論に至った。
新都の他の区画に比べて、圧倒的に人目の少ないこの場所は捕獲に最適なのだが、もし騒ぎになれば幼女組織に嗅ぎ付けられる可能性もある。
かといって手をこまねいていても、幼女組織が十一番実験体を見つけてしまっては意味が無い。
極め付けに私は、この場にいる者や謎の幼女組織はもちろんのこと、意気揚々と温泉旅行に来ているバカハレとフーちゃんにも気付かれることなく二人を逃がさなければならないのだ。
わたしが二人の事を知っていて黙っていたと知れたら立派な反逆罪だし、幼女組織に出くわしたら普通に殺されるだろう。
そして、ハレに私が魔女狩りだなんて知られたら……うん、それが一番嫌ね。
──実は、最優先順位はもう既に決めてある。こんな状況になったのだから、血の涙を飲んでも、切り捨てるものは切り捨てなければならないのだ。
* * *
「──ワニを逃がすだと? いったいどういう事だ」
「正確には逃したフリよ。この温泉施設で飼育しているワニが逃げたとなれば、おそらく大騒ぎになって邪魔な民間人はショルダーに避難するでしょ? 責任者の魔女女将も事態の収拾で手が離せなくなるはずだし。その間に龍奈達は幼女組織を撹乱する『陽動隊』と十一番実験体を捕獲する『捕獲隊』に分かれて別行動、十一番実験体を捕獲した段階で退却。この辺りが妥当な作戦じゃないかしら?」
「ふむふむ、作戦は結構ですが……ショルダーではなくシェルターでは?」
「な、うるっさいわね! いちいち人の厚揚げ取ってんじゃないわよ!」
「龍奈、人の厚揚げじゃなくて、人の揚げ足だろう」
「あーもうっ、やかましいわよ!!」
せっかく私がいい作戦を思いついたというのに、姉狐とお父さんが茶々を入れてくる。
ハレのことで苛々していたせいか、思いっきりお父さんを殴り飛ばしてしまった。
「まあまあ龍奈ちゃん、落ち着こうよ。作戦自体はいいと思うんだけど、ワニを逃がすのは流石にどうかと……」
「ござる、ちゃんと龍奈の話聞いてなかったの? フリだって言ったでしょ、フリ! 脱走したように見えるように檻だけ壊して、ワニは適当な場所に穴でも掘って閉じ込めとけばいいのよ!」
「……なるほど、確かにそれなら民間人は絶対に安全だね。でも、ワニを移動させたり大きな穴を掘るのって結構大変なんじゃ?」
「ござる、ちゃんと龍奈の話聞いてなかったの? そんなの全部アンタがすればいいじゃない!」
「ホワッツ!? 僕がする前提の話だったの!?」
別にござるがする前提の話では無かったけど、この際そういう事にしておこう。こいつ断れなさそうだし。
「フフ、レオ頑張ってー」
「いやいや、シャーロットも手伝ってよ!?」
相方の女は飄々としていて何を考えているか分からないけど、取り敢えず反対する気はないらしいから良しとしよう。
「──俺も作戦自体に異論は無いが、一つだけ確認しとくぞ。『捕獲隊』ってのは勿論俺達なんだろうな?」
ふわふわ頭が明らかに敵意を持った目で私を睨んだ。この寄せ集めのチームに明確なリーダーは決まっていなかったけど、自然と一番古参の私達が仕切っていた。
おそらくふわふわ頭は私に手柄を横取りされるのを危惧しているんだろう。今回の任務は、島での失態を挽回するまたとない機会だから当然だろう。
「ええ、アンタ達が見つけたんだから当然アンタ達が『捕獲隊』よ。それ以外は龍奈も含めて『陽動隊』、細かい役割分担は皆の能力を把握してからでいいわね」
ここまでの流れは概ね予想通りだった。後は細かい微調整と、運に頼るしかない。
かなり危険な目に遭う事になるだろうけど、死ぬんじゃないわよ、ハレ──




