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53.「混沌と爆睡」


【レイチェル・ポーカー】


──温泉街の本道に戻ると、連立する店は軒並みシャッターが降りていて伽藍としていた。


 とりあえずこの辺りに魔女狩りはいなさそうだ……と、思った矢先、数十メートル離れた建物の屋根の上に男がいた。


「おい、櫻子、あいつ!」


「だね、近くに人形ドールがいるかもしれないからヒカリちゃんは周囲の警戒を」


 こんな時に建物の屋根に立っている男なんて、まず普通の人間じゃない。十中八九魔女狩りの異端審問官だろう。


 わたしは黒羽を発動して屋根の男に奇襲を仕掛けた。先手必勝である。


「……ッ!?」


 わたしに気づいた男は、攻撃をすんでの所で躱した。


「こんな所に襲撃してくるなんて、本当魔女狩りって迷惑な人達ですね」


 わたしは追撃を加えようと身構えたが、男は逆に両手を上げて戦闘体制を解いた。


「……落ち着いて。僕は魔女狩りじゃない。君、馬場櫻子さんだね。娘の友達の」


「……え、そうですけど、娘って──」


「はじめまして、カノンの父の熱川深夜です」


 なんとカノンちゃんのお父君であらせられるとは、危うく怪我をさせる所だった。


 それにしても若いお父さんだな、どう見ても二十代半ばくらいに見える。わたしの攻撃を難なく躱せるあたり、もしかしなくても藤乃さんの眷属なんだろうけど。


「は、はじめまして、レイ……馬場櫻子です。さっきはすみません、てっきり魔女狩りかと」


「──だいたいアンタも紛らわしいんだよ、こんな時に屋根の上なんかに突っ立ったんじゃねぇ」


 深夜さんが敵ではないと感づいたヒカリちゃんが屋根の上に上がってきた。会話も聞こえていたみたいだ。


「実は娘を探していてね、逃げたワニを探すって飛び出して行ったきり帰ってこないんだ」


「そうなんですか、わたし達もカノンちゃん達を探していた所です。どうやらこの騒ぎを起こしているのが魔女狩りみたいで」


「みたいだね、さっき君の友達が追い払っていたけど、まだ近くに潜んでいそうだ」


「おい待て、その友達ってのは今何処にいるんだ?」


 カノンちゃんのお父さんに出くわしたのもそうだけど、思わぬところで新情報だ。消去法でいくと魔女狩りを追い返したというのはカルタちゃんかエミリアちゃん、もしくはその両方だろうか、あの二人基本一緒にいるし。


「さあ、一応引き留めたんだけど、二人とも社長さんを探しに何処か行ってしまったよ。僕は僕で娘を探していたから、今何処にいるかは分からないな」


「そうですか、ありがとうございます」


「結局何も分かんねえじゃねぇか、だいたいヴィヴィアンは何処行ったんだ」

 

「とにかく探そう、わたし達の足なら温泉街はそこまで広くないし、もし戦ってるなら音とかで気づく筈だよ」


 襲撃自体は最悪だけど、ヴィヴィアンがいるのは大きなアドバンテージだ。 


 それに、上手くいけばここに集まっている魔女狩りを一網打尽に出来るかもしれない、良い方法を思いついた。


 やはり餅は餅屋に任せるのが一番だろう──


 


* * *




「──むはははぁ!! 最後の饅頭は私ちゃんのもんだもんねー!」


「ちょっとバブルガム、あんた汚いわよ! さっき公平に分けたでしょ!?」


「むはぁ、不公平こそ世の常なんだぜラティ、どんな手を使っても最後に饅頭を手にした奴が笑うんだよー!」


「……そっちがその気なら、えいっ!!」


「むふぅ!? 転移魔法使うなんてきたねーだろー!」


「勝てば官軍! さっき自分が言ったことを思い出しなさいよね!」


 わたしがさっきこの店にお土産を届けてから、まだそれほど時間は経っていないというのに、店内は室内で竜巻でも発生したのかと思う程悲惨な有り様だった。


 温泉饅頭を巡る仁義なき争いの激しさ故か、誰一人わたしに気が付く様子もない。


「──すみません、まだ営業してますか?」


「……むはぁ? 何だ、櫻子ちんにヒカリンじゃん、悪いけど今は準備中だからさーまた今度おいでよー」


 ラテさんと組み合っているバブルガムさんは、煩わしそうに目線で出て行けと促した。


 店内はまさに混沌カオスだった。取っ組み合いをする二人に、辛うじて原型をとどめているカウンターでコーヒーを飲むヘザーさん。


 そして何故か床に倒れているライラックさんに、それを介抱するフリをして身体を執拗にまさぐっているブラッシュさん。


 レイヴンにはまともな魔女はいないってマゼンタさんも言っていたけど、まさかこれほどまでとは──


「おい、てめぇらの喫茶店にゃ全く興味はねぇが、本業くらいしっかりやりやがれ! すぐそこで魔女狩りの連中が暴れてんだぞ!」


 この惨状を目の当たりにしても本懐を忘れないヒカリちゃん、さすがである。


「むふぁ、魔女狩りだとー? それマジで言ってんのかヒカリンー?」


「マジマジのマジだよボケ、分かったらさっさと片付けに行けよ!」


「むはぁ、これって僥倖ってやつじゃーん? おいおめーら、私ちゃんちょっと異端審問官共を殺してくるから店の片付けしとけなー」


 バブルガムさんは組み合っていたラテさんを放り投げて、エプロンを外し始めた。


「バブルガム、あんたボスからこの店手伝うように言われてんでしょ! 勝手なことしないでよ!」


「まあまあ、行かせてあげなよラテ。正直バブルガムが店にいても、あまり助けになっているようには思えないしね」


「むっはぁ、正直過ぎんだろヘザーこのヤロー。まあいいよ、私ちゃんはここでドカンと手柄を上げて自由へ返り咲くんだもんね!」


 バブルガムさんはそう言うと二階へと続く階段を上がって行った。


「むはぁ、櫻子ちん、ヒカリンー。私ちゃん着替えたらすぐ異端審問官ぶっ殺しにいくから、もう帰っていいよーありがとねー!」


「あの、魔女狩りが来てるんですよ? バブルガムさんだけしか行かないんですか?」


「僕達は今前線から離れててね、資金繰り担当でこの店をやってる。荒事が好きなのはバブルガムぐらいさ。城から他の武闘派を呼んでもいいけど、この店の惨状をボスに報告されたら困るし、まあ心配せずとも彼女一人でも事足りるよ」


「ぐだぐだじゃねぇかレイヴン


 当初の予定ではこの店のレイヴンが総出で魔女狩りを撃退してくれる筈だったんだけど、そうそう上手くはいかないということらしい。


 それでもバブルガムさんを引き込めたのだから、成果としては悪くない。あとはヴィヴィアンとカルタちゃん達を探すのみだ。




* * *




 風見鶏ヴェッターハーンを出てから十分も経たず、ヴィヴィアンは見つかった。


 いや、正しくは、ヴィヴィアンを見つけたカルタちゃんとエミリアちゃんを、わたし達が見つけたのだ。


「むむぅ、なんじゃバンビぃまだまだ夜はこれからじゃぞ……むにゃむにゃ」


「……えっと、何で社長は爆睡してるの?」


「さあな、バカだからだろ」


「バカだからだろうね〜」


「というか一体何の夢を?」


 カルタちゃん曰く、社長は施設内に設置された休憩用のベンチで爆睡していたらしい。あのけたたましい警報を聞いても寝続けられるなんて、聴覚を遮断しているのかと疑いたくなる。


「カルタちゃんとエミリアちゃん、大丈夫だった? 異端審問官と戦ったって聞いたけど」


「全然大丈夫だよ〜急に襲いかかってきた割には、なんかずっと逃げ回ってたし、挙句勝手にどっか行っちゃったし〜」


「こちらは二人でしたし、カノンさんのお父様も駆けつけたのを見て、勝ち目はないと踏んだんでしょう」


 二人とも見たところ外傷は無いし、本当に大丈夫なんだろう。魔女狩りの動きが妙に引っ掛かるけど、何にせよ無事で良かった。


「無事で良かったよ、じゃあ残るはカノンちゃんだね。お父さんも探してるみたいだけど、わたし達も一緒に探そう」


「探すのはいいけどさ〜魔女狩りは放置しといていいの〜?」


「うん、魔女狩りはたぶんレイヴンが何とかしてくれるよ。話せば長いけどバブルガムさんが既に奴らを追ってるからね」


「げ、バブルガムってあのビリビリ女じゃん〜」


「カルタ、その人知ってるんですか?」


「私のスマホ壊したうえに、電気ショックしてくる酷い奴だよ〜」


 そういえば魔女協会セラフでそんなことあったな。今でもスマホを落としたのはカルタちゃんが悪いと思うけど。


「そうですか、レイヴンは噂通り危険な魔女が多いんですね。今回ばかりは心強いですが……しっかり魔女狩りを退治してくれればいいんですけど──」


 ちょうどその時遠目に、施設の出入り口の方向で巨大な紫色の落雷が落ちるのが見えた。


 エミリアちゃんの心配をよそに、バブルガムさんはさっそく仕事を始めたらしい。いや、もしかしたら終わったのかもしれないが──

 

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