51.「轟音と泣き顔」
【辰守晴人】
「──おい、諦めろクソガキ。さっき応援を呼んだ。数分で仲間が来るから、もうお前に勝ち目は無い」
「お互いブライダルフェアで祝い祝われた仲ですし、大人しくするなら楽に殺してあげますよ?」
どうする、どうするこれ。せめてフーが自力で逃げれる状態なら、今度こそ俺が時間を稼げたんだが。
何の打開策も浮かばずに、ただただ目の前の二人を睨みつけていると、急に天パとメンヘラが目を丸くした。視線は俺、ではなくその後ろを見ている。
「……フー? 意識が戻ったのか!?」
振り返るとフーが立っていた。さっきよりも幾分か顔色が良くなっている気がするが、目が虚だ。
「……ここは? 貴方は、誰?」
「な、何言ってんだこんな時に、俺だよ、晴人だ! とにかく今はあの二人から逃げないとまずい、俺が時間を稼ぐから、フーは逃げろ!」
フーは意識が混乱しているのか、この大変な時な素っ頓狂な事を言っている。しかし、意識が戻ったのは暁光だ。何とかしてフーを逃がさないと。
「やめとけガキ、確かにお前は強いが尻尾生えたこいつに勝てるほどじゃねえ」
「どうかな、やってみないと分からない……ッ!?」
背中にドンッと、何かがぶつかったような衝撃を感じた。その直後に喉の奥が詰まって、口から血生臭い塊が吹き出した。
「……な、がふ、なん、なんで……フー?」
フーの腕が、俺の身体を貫いていた。身体を見下ろすと、ヘソの横辺りから真っ赤に濡れたフーの小さな手が突き出して見えている。
……フーの腕が? 何で?
「……な、あいつ急に何を、どうなってる」
俺は膝から地面に崩れ落ちた。狼狽するのを見る限り、この二人の仕業ではないらしい。しかし、だったらどうしてフーが俺を?
「──だいたいの状況は分かったわ。そこの二人、確か島の警備責任者だったかしら、まだ生きていたのね……まあいいわ、さっさと私を極東支部に護送しなさい」
フーが、急に訳の分からない事を喋りだした。一体全体何の話をしているんだ。
「一体全体何の話をしてる、何故お前が俺たちの事を……」
「あーやだやだ、本当要領を得ないわね、これだからバカは嫌なのよ。私は葛原舞。今日付けて極東支部の司教になるんだから口の聞き方には気をつけなさいよね」
「な、ななな、何ですかこの実験体急に……ダーリン、殺してもいいですか?」
「バカやめろ。……おいアンタ、本当に葛原舞本人なのか?」
「何度も同じこと言わせないでくれる? 私はそう名乗ったし、口の聞き方に気をつけろとも言ったわよ」
二人組とフーが訳の分からない会話を続ける。葛原舞だと? そんな奴は知らない、そもそもフーはフーだ。ちくしょう、どうなってる。
一日に二回、身体に穴が空くだけでも意味不明なのに……もしかして、フーの記憶が戻ったのか──
「……ダーリン、葛原舞ってどこの女ですか、浮気ですか?」
「資料ちゃんと読めバカ。葛原舞は島から十一番実験体を逃がした研究員だ。先日海から死体が上がったけどな」
「……なるほど、さっぱり分かりません」
今日初めてメンヘラ女と気が合う瞬間だった。さっぱり分からない、イレヴンだとか、研究員だとか、さっぱりだ。
唯一分かってるのは、このまま出血が止まらなければ、俺はすぐに死ぬということだ。
「葛原さん、本格的な護送は上に確認を取ってからになりますが、ひとまず安全な場所に案内します」
「分かればよろしい。さっさと案内なさい」
「こころ、そのガキ任せたぞ。殺す前にちゃんと情報を吐かせろよ」
「そんな、ダーリンと見知らぬ女を二人きりにしろって言うんですか!? 私というものがありながら!? 私というものがありながら!?」
「頼んだぞ」
「……はい」
虚な視界の端で、フーと天パが段々遠ざかっていくのが見えた。引き止めたいけど、もう指一本動かす力が無い。瞼も勝手に下りて来た。もうダメか──
「──状況はどうなってるの、目標Aとaは……ッ!?」
──聞き覚えのある声に、重い瞼がゆっくりと上がった。
「……あら龍奈さん、お早いご到着ですね。もうほとんど片付きましたよ?」
──龍奈、そうだ……龍奈の声だ。こんな時に何でアイツの声が。
「……片付いたって、アンタ尻尾生えてるけど回送骨格まで展開したの? それにふわふわ頭とAは、十一番実験体はどこ行ったのよ」
「それがびっくりですよ、十一番実験体は全然幼児なみの知能じゃありませんし、aに至っては眷属になっていたんですから。まあ何とか鎮圧はしましたけど、私もよく分からないままaの後始末を任されて、今は絶賛ダーリンに置いてけぼりですよ。ちなみに回送骨格じゃなくて外装骨格なのでは?」
「……分かった。もういい、もういいわ。aの後始末は龍奈に任せて、アンタはふわふわ頭のフォローに戻りなさい」
「あら、あらあら! 初めて龍奈さんに感心しました! 素晴らしい提案です!」
「アンタぶっ飛ばすわよ、さっさと行きなさい!」
もうほとんど頭が回らないけど、確かに側にいるのは龍奈だ。今ちょうど俺を抱き起こしているから、顔もよく見える。
「……ハレ、起きて、よく聞きなさい。アンタ、フーちゃんの眷属なんでしょ? 今すぐ手に意識を集中して、傷を塞ぐの。アンタなら出来るわ」
もう身体の感覚は殆ど残ってはいなかったが、龍奈が俺の手を掴んで腹の傷の上に置いたのが分かった。
俺は微かに残る指先の感覚に意識を集中させた。フーに治して貰った時の感覚を思い返しながら。
「そう、そのまま集中して。傷を塞ぐの」
掌と腹部に暖かいものを感じる。段々と呼吸も楽になってきた。痛みが解けて霧散していく。
その時、何処かで雷鳴が轟いた。かなり近い、物凄い轟音だ。おかげで意識が冴えてきた。
「……っな、この音……まさか」
龍奈が俺を地面にゆっくりと寝かせた。そのまま立ち去りそうな気がして、声が出なかったから服の袖を何とか掴んで引き留めた。
「……ッハレ、ごめん。ごめんね、アンタは絶対に死なせないから、ちょっとだけここで待ってて」
「……りゅ……な」
言うだけ言って何処かへ消えていく龍奈を、何とか呼び止めようとしたけど、全力で喉に力を入れても全然声が出なかった。
けど、龍奈は立ち止まって引き返してきた。
「……ハレ、もし龍奈が戻って来なかったら、やっぱり自力で何とかして。ハレなら出来るわよ……あと、アンタの家だけど、もう勝手に使っていいわ。けどすぐに引っ越した方がいいわね、誰かがアンタを殺しに行くかもしれないから」
龍奈は立ったまま、地面に寝そべる俺に話し続けた。
「フーちゃんだけど、出来るだけ何とかしてみるわ。流石にアンタと二人で逃すのは無理かもしれないけどね」
龍奈は、龍奈は俺に隠し事をしていたみたいだ。というより、俺が龍奈の事を何も知らなかっただけか。
知らなかった、龍奈もこんな悲しい顔するなんて。
「ねえハレ……龍奈、実はアンタのこと……」
「……りゅう、な……泣く、な」
知らなかった。龍奈がこんなにぼろぼろ泣く奴だったなんて。全然泣き顔似合ってないから、泣いてんじゃねえって言ってやりたい。
「……ごめん、バイバイ」
それっきり龍奈は何処かへ行って帰ってこなかった。
──どれくらい時間が経ったのだろうか、雷鳴が轟き、龍奈が消えた後、暫く地響きや爆発音が響いて、それもすっかり収まって、それからしばらく後。
俺の腹の穴はすっかり塞がっていた。
けど、胸にぽっかり空いた穴は塞がらなかった。フーは一体どうなったのか、龍奈は何者でどこへ消えたのか……もう身体を動かす気力が無かった。
──カサ、と、足音が聞こえた。
足音は落ち葉を踏み締めながら、俺の方へ近づいてくる。
龍奈が戻ってきたのか、そう思ったけど、足音の方を確認する力は無かった。心臓だけがやけに張り切って脈を打つもんだから、今更自分がちゃんと生きてるんだと実感した。
足音が俺の真横に来た。俺を見下ろす小さな人影は、ちょうど逆光になっていてよく顔が見えないが、女なのは間違いない。
小さな女は俺の顔を覗き込んで、ニヤリと笑った。
「むはぁ、残党一匹見ーつけた」
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