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47.「お土産と作業着」


 【辰守晴人】


「──ふう、これだけ買い込めば龍奈のやつもなんとか丸め込めるだろ」


 ブライダルフェアを満喫した俺達は、夕方のチェックアウトに向けてお土産を買い漁っていた。


 漁るなんてあまり良い言い方では無いが、何せ残った金券を使い切らないともったいないから、目についた物を手当たり次第に買っているのだ。


「龍奈のお土産いっぱいだね! 他の人には買わなくてもいいの?」


「おっふ……まあな、買わなくてもいいかな、あげる人いないし」


 相変わらず的確に痛いところを突いてくる。一応龍奈の他に、店長と櫻子にも買ってはいるが、比率で言うと殆ど龍奈が占めている。


 クソ親父は論外だとして、他に友達もいないし仕方ない。そういえばフーと出会ってからしばらく櫻子に会っていないけど、元気にしているだろうか。


「……とりあえず金券もほとんど使い切ったし、そろそろ帰り支度するか」


「温泉楽しかったね、来週も来ようよ」


「……いや、そんなほいほい来れる場所じゃ無いんだよここ」


「そうなの? 残念だなぁ……」


 フーが露骨にしゅんとして肩を落とした。


「いや、別に二度と来れないわけじゃないから、またいつか一緒に来よう。な?」


「……ほんと? 絶対だよ、約束だからね?」


「ああ、でも次は龍奈も誘ってやらないとな」


 俺の両手にぶら下がっている大量のお土産袋、これで龍奈さんが許してくれたらいいけど。


 もし許してくれなかったら、フーとの約束は守れないかもしれない。だって命は一つしかないわけだし。




* * *




──チェックアウトの手続きを済ませ、二日間世話になった旅館と、とうとう別れる時が来た。


 俺みたいなしがない高校生のガキンチョが来るには、まだ数年ばかり早い立派な旅館だ。


 スタッフの人は最後までよくしてくれて、俺たちの大荷物を見るなり家まで配送すると申し出てくれた。ホスピタリティ天井知らずか。


「ふう、ずっと引きこもってたからいいリフレッシュになったなぁ」


「うん、ワニが良かったよね」


「ん? ああ、ワニね……確かに凄かったな」


 何がお気に召したのかは知らないが、フーはワニをいたく気に入ったようだ。


 駅までの道すがら通ろうと思えばワニの池も通れないこともないし、最後に寄ってから帰るとしよう。


「なあ、少し回り道してさ、ワニノ池見てから帰らないか?」

 

「ほんと? 見たい見たい!」


「決まりだな……ちなみにワニのどこが好きなんだ?」


「んー、顔」


「……顔ッ!?」


 まさかの答えだった。しかし、そうか……フーはああいうワイルドな顔がタイプという事なのか。


「……ハレ、急に顔くしゃくしゃにしてどうしたの?」


「……今の俺、ワイルドな顔してないか?」


「んっとね、猫のお尻の穴みたいだよ」


「……んん、龍奈でもそこまで言わないよ?」


 自分ではワイルドな顔を作っているつもりだったが、どうやら力みすぎたらしい。やっぱり大事なのはハートなんだよなあ。




* * *





 しばらく歩いてワニノ池に着くと、問題が発生した。なんとワニノ池にワニがいないのだ。


「……これじゃワニノ池ってか、タダノ池だな」


「みんな水に潜ってるのかな?」


「いや、たとえ潜ってたとしてもこの池なら見えるはずだ。もしかしてどっか別の場所に移動したりしてるのかもな」


「あ、ほんとだね。あそこのフェンス壊れてるし、移動したっぽいね」


「……何だって?」


 俺はてっきり池のメンテナンスか何かで、一時的にワニを別の檻なり水槽なりに移したのかと思って言ったのだが、今何か凄く不穏な言葉が聞こえたぞ。


 俺はフーの指差す方を目を凝らして見た。円形のフェンスをぐるっと回った対岸、ちょうどここから一番離れた場所のフェンスが確かに壊れている。


 俺は視線をそのまま下にずらした。この池のフェンスは二重になっている。転落防止のフェンスが壊れていても、脱走防止のフェンスがまだあるからだ。


「……なんてこった、脱走防止のフェンスまで壊れてんじゃねえか」


 むしろこの場合、脱走防止のフェンスが壊れたその後、落下防止のフェンスが壊れたのだろう。犯人がワニならばそうなる。


「やっぱりワニどこかに行っちゃったのかな?」


「まずい事にそうらしい、まさかまだ近くにいたりしないだろうな……」


 俺は怖じ怖じ周囲を見回すが、幸い九メートル越えの怪物は近くには居ないらしい。


 しかしホッとしたのも束の間、けたたましいサイレンが鳴り響いた──


『緊急警報、ワニノ池からワニが脱走しました。屋外にいる方は速やかに近くの建物、地下シェルターに避難して下さい。繰り返します……』


 どうやら施設もワニの脱走に気が付いたらしい。つまりは既に何処か別の場所で人目に触れたということか。  


 何にせよ俺たちも早く近くのシェルターに行かなければ、魔獣が発生したわけではないが、あのワニ達はちょっとした魔獣と言っても差し支えない巨体だ。


「……ハレ、避難して下さいって言ってるけど」


 流石に警報まで鳴り出すとフーも不安になるのか、俺の腕に捕まりながら眉をひそめている。


「ああ、でもここから温泉街まで微妙に遠いんだよな、このまま駅の方に向かって施設を出てもいい気もするけど……」



 温泉街まで行けば確実にシェルターはあるのだが、そもそも向かう道中でワニに遭遇する可能性もある。


 かと言って駅方面にワニがいない保証など無いし、もし遭遇した時に近くにシェルターがあるのかも分からない。悩みものだ。


「──おい、君たちそんな所にいたら危ないぞ! こっちにシェルターがあるからついて来なさい!」


 悩んでいる所に吉報が舞い込んだ。届けてくれたのは施設の作業員らしい男だ。グレーの作業員にキャップを被っている。


「分かりました、案内お願いします!」


 俺は腕にしがみ付くフーと手を握り直し、作業員の後を駆け足でついて行った。温泉街とは反対の駅方面に向かっているようだ。


「こちら山田、只今二人保護したので三番シェルターに向かいます。受け入れ準備お願いします」


 作業員は走りながら、耳に付けたインカムで何処かに連絡している。結構なペースで走っているけどフーは大丈夫だろうか。


「……フー、このペースでついて来れそうか?」


「うん、全然へーきだよ。私がハレをおんぶして家まで帰ったの忘れたの?」


「そうだったな、その節はどうも」


 先日フーは魔獣にやられた俺を、中央区から北区の家までおぶって連れ帰ったのだ。さすが魔女様の体力は侮れない。


 


* * *




──走り始めて十分程、本道から脇道にそれ人気の無い林の中で作業員が足を止めた。


「……あの、どうしたんですか? シェルターはどこに……」


「ああ、そのことで一つ言っておかなきゃならないことがあってな」


 作業員がキャップを外して、俺の方に向き直った。さっきまで背中しか見ていなかったから顔なんてよく見ていなかったが、この男には見覚えがあった。


「シェルターに向かってるってのは、嘘だ」


「……は?」  


 ブライダルフェアで模擬挙式を挙げていた男だ。パーマのかかった黒髪に、気怠そうな目つき……何でこの男が作業員の格好して、しかも嘘だと?


「実は君に折り入って頼みがあってな、これを見てくれ」


 男は懐から一枚の紙を取り出した。俺は訳も分からず、渡された紙を受け取ろうと男に近づいた。


「……ここで死んでくれ」


「……ッがっ!?」


 紙を受け取ろうとした瞬間、物凄い衝撃と共に視界がぐるぐると回り、気が付いたら俺は地面に突っ伏していた。


「……ッ!? ハレ!!」


 フーの叫び声が聞こえる、どうやら倒れる俺の肩を揺さぶっているらしいが、身体の感覚が曖昧だ。まるで喉に何か詰まったように呼吸が出来ない。


「……まだ生きてるのか、悪いな。せめて死体だけでも綺麗にと力を抜き過ぎたか」


「何でこんな酷いことするの!? やめて、ハレに近づかないで!!」


「仕事なんでな、お前も俺たちと一緒に来てもらうぞ十一番実験体イレヴン


「……きゃ!? やめて、離して!!」


 喉から細い呼吸がヒューヒューと漏れる。何とか起き上がろうとするが体が動かない。視線だけでフーを追うと、女がフーを拘束していた。


「手筈通りいきましたね、さすがダーリンです」


「……がは、ごっほ……お、お前ら、何なんだ……!」


 やっとまともに取り込めるようになってきた酸素を体中に巡らせ、俺は何とか立ち上がった。


 口の中からは血の味がする……もしかしたら内臓が傷ついたのかもしれない。痛いし怖いしわけが分からないけど、俺がフーを守らなければいけない。


 そんな使命感だけが辛うじて体を動かしていた。


「……わたくし達は魔女狩りという組織の者です。どうぞお見知り置きを」


 最悪の体調で、何とか女の言葉を噛み砕く。魔女狩り、組織、聞いたこともない……新手のヤクザか何かか、それともヤバい宗教団体だろうか。


「おい、あんまべらべら喋るなよバカ」


「まあまあ、別に自分が誰に殺されるのか教えてあげても、バチは当たりませんよダーリン」


「そもそもこんなガキを殺す時点でバチが当たりそうなもんだが」


「あら、こんな子殺してもバチなんて当たりませんよ?」


「……情緒不安定の極みか」

 

 とりあえず分かっていることは、どうやらこいつらは俺を殺す気らしいということ。フーは拘束されているため今すぐ殺すつもりはないということだ。


「フー、俺が、っげほ、時間を稼ぐから……逃げろ!」


 とりあえず相手は二人、さっきの蹴りといい勝てる気は全くしないが、死ぬ気でやれば少しくらい時間を稼げるかもしれない……いや、稼いでみせる。


「ここは普通、小便ちびって泣き叫ぶ場面なんだがな……ガキ、勇気があるのは結構だが、実力が伴っていなければ無謀というものだぞ」


 男は作業着を脱ぎ捨てゆっくりとこちらに向かって来る。女は暴れるフーを押さえつけている。


 まずは男の注意を引いて、隙を見て女からフーを逃す。後はフーが逃げる時間を稼ぐだけだ。俺が即殺されない事が前提の作戦だが、無闇に足掻くよりはよっぽどいい。


「……ッ!!」


 まだ間合いの外にいたはずの男の拳が頬を掠めた。尋常ではないスピードだ。


 だが避けられない程じゃない。俺は意識を極限で研ぎ澄ませた。


「……あんまり避けるなよ、楽に殺してやりたい」


「うるせえよ、このサイコパス野郎が!」


 意を決して殴りかかったが、躱された。構うものかとそのまま続けて攻撃をする。踏み込みのたび、叫び出したくなるほど脇腹に激痛が走る。


 しかし、一向に俺の攻撃は当たらない。当たる気がしない、こいつ……見てから避けてやがるのだ。本当に人間なのか──


「お前、もしかしたら気のいい同僚になってたかもな」


「……?? あ、ぅぐぷっ!?」


 突き出した拳を掴まれた途端に、喉の奥から血がせり上がってきた。何が起きたのかと思ったが、どうやら男の右手が俺の胸を貫通しているようだ。


 これは、死んだかな……死ぬ気でやったけど、フーを助けるどころか、時間を稼ぐことも出来なかった──

 

「……は、ハレ……いやあああぁ!!」


 フーの叫び声に、俺は男の手が突き刺さったまま振り返った。


「……どいてよ!!」


「……きゃあっ?!」


 フーは拘束具を引きちぎり、女を殴り飛ばした。ものすごい膂力だ、女は数メートル程離れた木に叩きつけられた。


「な、こころ!!」


 それを見た男が、俺の胸から強引に腕を引き抜いて女の元へ駆け寄って行った。意識が朦朧としているせいか、ほとんど痛みを感じない。というか、体の感覚が無い。


「……ハレ!! 大丈夫、私が治してあげるからね、死んじゃだめだよ!!」


「……あ、……ふぅ、逃げ……」


 フーが俺に寄り縋り、胸の傷に手を当てる。途端に体が暖かい感覚に包まれた。


「ハレ、傷は塞がったよ、他に痛い所は無い!?」


「……あ、ああ、大丈夫だ。本当に治ったのか……」


 ものの数秒程で俺の胸に空いた穴は無くなっていた。それどころか脇腹の痛みも無い。火事場の馬鹿力というやつか、回復魔法の威力が以前の比ではない。


 そして俺も、何故か体中に不思議な力が流れているのを感じる。力がみなぎってくる感じだ。


「……あ痛たたた、まさか魔力始動できるなんて、知能も幼児並みとは思えませんし、ほんと当てにならない資料ですね」


「こころ、こうなったら腕の二、三本は無くなってもいい、アイツを無力化しろ。俺はあのガキを先に片付ける」


 女はかなりの勢いで殴り飛ばされていた筈だが、見た感じ殆どノーダメージだ。二人ともまともな人間だと思ってはいけないらしい。


「ハレ、多分あいつらからは逃げきれないよ……戦おう。私が守るから」


「……戦うのは賛成だけど、何か格好つかねえなぁ俺」


 ずっとフーのことは可愛い女の子だと思っていた。彼女が魔女だと分かってからもそれは変わらなかった。


 けど今は違う、訳の分からない状況でこんなにも逞しい。フーは俺に勇気を与えてくれる。俺もそれに応えなければ、俺がフーを守らなければいけないんだ。


「逃げるどころか戦おうってのか、つくづくいい度胸だな」


「これ以上情け無いとこ見せると男の沽券に関わるんでね……それに──」


「……それになんだ?」


「──今はアンタに負ける気がしない」






 

 



 


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