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301.「あの日と真実③」


【辰守 晴人】



──過去のエリスと、そしてそれを見守る俺達の前に現れたのはジューダスだった。


 ジューダスだった……とは言うものの、実際のところはその()()を見たエリスが彼女をそう呼んだから判断したに過ぎないのだが──


「……そこで倒れてるの……ルビー?……うか……今喋っ……た?」


 人を象った黒い煙がそう言った。掠れたような声は所々途切れて聴き取りづらい。姿も声も曖昧なのは、出演者(キャスト)として本人を連れて来ることが出来なかったからだ。


「……レイチェルの話はもう聴いただろう。バンブルビーもこの有様だ」


 エリスはジューダスに向かってそう言った。2人のやり取りから察するに、ジューダスはたった今エリスがバンブルビーを手に掛けようとしていた事に気がついていないらしかった。


「分かったわ。そ……たしが……エリスは……をお願い……わね」


「……ああ、いいだろう」


 ジューダスが何か話したあと、少し間を開けてエリスが返事を返した。エリスは手に持っていた魔剣を鞘に収めて、バンブルビーを担ぎあげた。


 ジューダスに背を向けたエリスは事も無げに城へと歩き始めたが、俺にはその憎々しげな表情が見えてしまっていて正直ぞっとした。


「天下一剣のウルトラファインプレーじゃな。ヘイフォンが死に損なった」


 ずっと静かに過去上映を見守っていた西王母さんがそう言った。確かに今の場面、ジューダスが現れなければバンブルビーがどうなっていたか分からない……いや、十中八九エリスの手に掛かっていただろう。


 バンブルビーはずっと裏切りの魔女であるジューダスを憎み続けてきたそうだけど、こんな過去を見てしまった彼女の胸中はきっと複雑に違いない。


──パチンッ!


 西王母さんが指を鳴らした音を合図に、意識が現実に引き戻された。


「──すまん、もう無理……思ったよりしんどい。つらい……」


 ビーズクッションに沈みこんだ西王母さんが、顔を真っ青にしてそう言った。フーの一件があったからよく分かる。あれはおそらく魔力欠乏だ。


「母上、ちょうどいいところでしたのにもう少し堪え性をもっていただかないと」


「鬼かキーシャオ……ちょっとは本座のこと心配して……」


 言いながら西王母さんはゴロリと身体を横にして、そのままスースー寝息を立て始めてしまった。それを見送ったキーシャオさんは、呆れたようにため息を吐いて俺たちの方に向き直った。


「許せ皆の者。母上はこのザマだ」


「むはぁ、まさにここからって時に……」


「余程魔力を食うのであろう、こうなった以上は責めても仕方あるまい……それに、此方こなたは寧ろここで止まってよかったと思うがの」


 ヴィヴィアンさんが横目でバンブルビーを見据えた。


「……先に部屋に戻ってる」


 バンブルビーは俯いたままそう言って、西王母さんの私室を出て行ってしまった。たった一言だけど、その一言で彼女が平常でない事は全員が分かったと思う。


「で、ジャージ女はどれくらいで回復するんだ?」


「……ひ、ヒカリちゃん」


 夕張先輩が強引に話を戻した。空気が読めない……とかじゃなくて、きっと敢えて読まなかったんだろう。この人は一貫して櫻子を第一に優先してるからな。


「母上が完全に回復するのには少なくとも一晩は掛かるだろう」


「そんなにか?」


「中途半端に神仙境に入っても、さっきのように歯がゆい思いをするだけだろう」


「……だな。それでいいか、櫻子」


「わ、わたしは……大丈夫だよ」


「であれば、このような辺鄙へんぴな所に居座る理由も無いの。此方こなたは帰らせて貰う。西王母が再起動したら使いを寄越せ」


「……じゃ、アタシらも帰るか。成金とバカルタの事もあるしな」


「うん。そうだね……ハレ君はどうするの?」


 過去上映が見れない以上、ここに居る意味が無いのは俺だって同じだ。セイラムタワーに残してきた皆の事もあるし、帰りたい気持ちは当然あるが──


「バンブルビーと話してから決めるよ。俺はあの人の補佐官だから」


「むはぁ、彼氏だからの間違いじゃねーのかー?」


「……公私のけじめは付けますよ」


「この状況は殆どバンブルビーの私用だろーが」


 からってるんだか拗ねてるんだか怒ってるんだか分からないバブルガムは、ジトッと流し目を送って部屋を出て行った。反論出来なかったのは、間違いなくバブルガムの言ったことが正論だったからだ。


「タツモリ、バンブルビーは責任をもって城へ戻してよね。アンタは別に帰ってこなくていいけど」


「言われなくてもバンブルビーは連れて帰るし、一言余計なんだよ」


 マリアがさっさと部屋を出ていった後、キーシャオさんと爆睡している西王母さんに頭を下げてから俺もバンブルビーの元へ向かった──




* * *




──部屋に戻ると、バンブルビーはベッドの縁に腰かけて項垂れていた。よほど何か考え込んでいるのか、俺が部屋に入った事にも気づいていない様子だ。


「あの、隣いいですか?」


 そう言うと、バンブルビーはハッとした表情で顔を上げた。


「ごめん、考え事してて……うん。どうぞ座って」


 彼女の隣にゆっくりと腰を下ろす。俺の体重で沈みこんだベッドが、ほんの少しだけバンブルビーの身体を俺に傾ける。


「他の皆は、ひとまずは崑崙宮を離れる事になりました。西王母さんが復活したらまた集まるみたいです」


「……そっか。えっと、晴人君も帰りたいよね。よく考えたら年明け早々振り回しちゃってるし……ごめんね」


「俺はバンブルビーの補佐官ですから、気にしないでください」


 そう言うと、バンブルビーは少し困ったように微笑んだ。


「……と、言うのは建前です」


「えっと……?」


「俺はバンブルビーの彼氏ですから、気にしないでください。というのが本音です」


 さっきバブルガムに言われたとおり、この件に付き合っているのはバンブルビーの力になりたいと思ったからだ。鴉のバンブルビーではなく、1人の女性としての彼女に。


「……君は、いっつもずるいね」


 バンブルビーがそっと肩に寄りかかってそう言った。灰銀のつむじ、長いまつ毛、そして少し赤く染った頬……俺の肩に幸せが密着していた。


「──400年前のこと、ずっと知りたかった事なのに……いざ知ってみると予想外のことばっかりで、段々怖くなってきて、情けないけど、正直今は自分がどうしたいのかよく分からないんだ」


「迷った時、行き詰まった時、いつだって答えは自分の中にあるものだ……って、前にバンブルビーが言ってくれた言葉です」


「……ああ、スノウとデートした日の……よく覚えてるね」


「後になって思ったんですけど、確かにバンブルビーの言った通りだったなって感心したもんですから……あと、アレはマリアとデートした日というかマリアに半殺しにされた日です」


「はは、確かにね。けど……そうだね。今は整理が付いていないだけで、自分がどうしたいかなんて答えはきっと、もう用意されてどこかにあるんだろうね」


「俺もそう思います。どんな理由にせよ、一人では立ち向かえそうになかったり、抱えられそうになかったとしても、その時は俺が居ますから……一緒に何とかしてみましょう」


「それは、頼もしいこと言ってくれるね」


「あ、でも解決できるとは限りませんからね。俺の力なんて微々たるものですし、過度な期待はよして下さい」


「うわ、せっかくカッコよかったのに台無しじゃない、もう……ふふ、あはは!」


 バンブルビーは肩を揺らして笑いだした。そんな彼女につられて俺も思わず笑みがこぼれる。


「頼りにしてるよ。晴人君……ん」


 ひとしきり笑い終えたバンブルビーは、そう言って俺に口付けをした。既にあんなことがあった後でも、未だにキスで信じられないくらいドキドキするし、この先も当分慣れそうにない。


「やっぱりなんか照れますね……」


「じゃあ照れなくなるまですればいいんじゃないかな」


 バンブルビーが妖艶な瞳を細めてそう言った。俺にしなだれかかった彼女は、そのまま体重を預けて俺をベッドに押し倒そうとしてくる。これは、この流れは……あの流れなのでは!?


「……えっと、バンブルビー」


「……? どうしたの? あ、ごめん……シたくなかった?」


 バンブルビーは慌てて俺から身体を話して、気まずそうに俺を見つめた。


「いえ、したくないわけがないのですが……その……くっ、またブラッシュに覗かれているかもしれないと思うと……いかがなものかと……!」


 そうなのだ。あのエロい事に全てを捧げている色魔が、俺とリンクしているかもしれないと思うとどうしても気が引けてしまうのだ。

 前回バンブルビーもそれで死ぬほど恥ずかしい思いをしたわけだからな。また同じ事を繰り返して、彼女が傷つく姿はもう見たくない……俺だって出来ることならデキることをしたい気持ちは山々なのだ!!


「……えっとね晴人君、なんて言うか……ブラッシュの覗きに関してはさ、もう受け入れるしかないかなって思ってるんだけど……」


「……え」


「かなりボコボコにして覗きは二度とするなとは言ったけど、あいつ絶対にやめないし……なんか、ブラッシュのせいで晴人君とそういうこと出来ないの、凄い嫌だし……だから、その、もう慣れるしかないかなって思ってるんだけど……どうかな」


 バンブルビーは恥ずかしそうに視線を泳がせて、何度も拳をギュッと握ったり緩めたりしながらそう言った。可愛い。今この瞬間を切り取って世界に向けて発信したい。出来ないけども……いやしかし、捉え方によってはブラッシュに向けて発信していると思えば、まだ幾分かマシな気持ちはなれるのでは? うん、なれそうな気がしてきたぞ。


「どうかなって……そんなの、慣れるしかないですね」


「だよね」


「ですね」


「……えっとじゃあ、はい……」


 バンブルビーが、照れくさそうに両手を広げて微笑んだ──



 

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