299.「あの日と真実①」
【バンブルビー・セブンブリッジ】
2日目の過去上映……400年前、リビラの部屋で起きていた出来事に俺たちは騒然とした。
ヴィヴィアンもバブルガムも、あの日の真相をずっと求めていたからこそ、衝撃の展開に絶句してしまったのだ。
『…………何だそれ』
レイチェルの仇がアイビスだった。それを知ったレイチェルは、たった一言だけ残して部屋を出ていった。
(……アイビスがレイチェルの仇だっただと……そんな話──)
拳を握りしめた。何だってそんな事が起きた。何だってそんな事を俺は知らなかったんだ……現実を飲み込めば飲み込むほどに、怒りや悔しい感情が湧き上がってくる。
「……諸君、レイチェルが移動した。さっさと後を追うのだね」
400年前のルクラブ達と同様に、ただ立ち尽くしていた俺達をデイドリームがそう促した。
前を行くヴィヴィアン達に続いて廊下を進む。途中、ローズがレイチェルに遭遇したがレイチェルはそれを素通りした。
そして、レイチェルがようやく足を止めたのは、アイビスの部屋の前だった。
部屋の中からはアイビスの声と、もう1人……初めて聞く声があった。
デイドリームは俺たちの方を一瞥すると、部屋の扉を通り抜けた。
扉の前で静止するレイチェルを横目に、俺達もデイドリームに続いて部屋の中へ入った。
──部屋の中にいたのは、アイビスとエリスだった。
「……むはぁ、エリスのやつ……喋れたのか」
バブルガムが呟いた。今はそれどころじゃないけど、確かに衝撃的な事実ではある。
100年以上同じ組織に身を置いて、声を聴いたのは初めてだったが、その会話の内容は更に衝撃的な内容だった。
エリスはアイビスがレイチェルの仇だと知っていた。そして、そのことを打ち明けないアイビスを責めるように問い詰めていたのだ。
──ガチャリ。
レイチェルが部屋に入ってきた。レイチェルは悲痛な面持ちで、何も言わずにただアイビスを見つめた。
張り詰めた空気に、息が苦しくなったような錯覚すら覚える。
沈黙を破ったのはアイビスだった。掠れた声でレイチェルの名前を呼んで、それから2人は短い会話を交わした。アイビスはレイチェルの両親を殺した事を認めて、レイチェルは部屋を飛び出した。
それが、400年前の騒動の、その発端だった──
「──なんとも悲劇的な話なのだね。よもや婚約者が自らの仇だったとは」
静まり返った部屋で、デイドリームがそう呟いた。
「──どこへ行くアイビス」
デイドリームの言葉に誰かが反応するよりも先に動き出したのは、過去のアイビスだった。アイビスはレイチェルを追いかけようとして、それをエリスが制止した。
「レイチェルを追いかけなきゃ……私、私……」
「行って許しを乞うのか? それとも殺される覚悟はあると? どちらにせよそれでどうなる。今この状況でお前が後を追うのは悪手だ」
「……じゃあ、どうすればいいの……」
「ここで待て。レイチェルの事は私に任せろ」
エリスはそう言って部屋を後にした。残されたアイビスはただ1人、その場に泣き崩れた。
* * *
【辰守 晴人】
─過去上映が終了し、俺達の意識は現実世界に戻った。だが、直前に見たあの重苦しい過去から気持ちだけはまだ完全に戻りきれないままだった。
「──さて、これで400年前の事件……その原因が分かったのだね。1つ疑問に思ったのだが、バンブルビー、君はレイチェルの仇の件を知っていたのかね」
きっと皆が皆それぞれ思うところがあって、考え込むように黙り込んでいたなか、デイドリームが口火を切った。
たしかに最後の映像……あの時のレイチェルとバンブルビーの会話を聞く限りではそんなような気がした。けれど、同時になにか致命的な噛み違いみたいなものがあったようにも思えた。
「……俺は仇の件は知らなかった。あの時の会話は……俺がレイチェルに隠していたことは、あいつを好きだったってことだよ」
「むはぁ、鈍感なレイチェルがわりーのか、ヘタレのオメーがわりーのか」
「……俺が悪いんだよ。あの時もっと冷静になれてたら……あれがレイチェルを引き止める最後のチャンスだったのに」
バンブルビーは拳を握りしめてそう言った。運命のいたずらか、確かにあれは悲劇的なすれ違いだっと言わざるを得ない。
「櫻子よ、先程の過去を見て何か思い出した事はあるかの?」
落ち込むバンブルビーを一瞥したヴィヴィアンさんがそう言った。当たり前だが櫻子の顔色はあまり良くないように見える。
「……何も、思い出せませんでした……すみません」
櫻子は俯いてそう言ったっきり、それ以上は何も言わなかった。夕張先輩はそれを見かねて、「謝るこたねぇよ」と、櫻子の手を優しく握った。
「ヘイフォン、あの後レイチェルを追いかけたのはジューダスだったそうだな」
「はい師匠。アイビスの代わりにアイツが……」
「むはぁ、正確にはバンブルビーの後に出ていったのはエリスだけどな。そのエリスがぶっ倒れたバンブルビーを見つけて引き返してきて、ジューダスは入れ替わりでレイチェルを探しに行ったんだ」
「そしてジューダスは一人で帰って来おった。それも傷だらけでのう……それを見てようやくアイビスが腰を上げた。その後、再びエリスがルクラブ達と共にレイチェルとアイビスを探しに行ったのじゃ。あ奴らが生きておる姿を見たのはその時が最後にであった。確認したのは一月も経ってからじゃったがな」
400年前の当事者である3人は語った。俺はその時影も形もなかった遠い過去の話の筈なのに、さっきの過去上映を見たせいで、もはや他人事とは思えなくなっていた。
「さて、どうしたものかね。話を聞く限り、先程の直後から再開したのではかなり時間を要してしまいそうだが……」
「……本座、ちょっと魔力がヤバいかもしれん。昨日寝てないせいか全然魔力回復しとらん。てかこんな大人数飛ばすのスーパー疲れるし。今日はもうあと1回くらいしか無理そ……」
魔女をダメにするビーズクッションに身体を預けた西王母さんは、確かに疲労感が透けて見えた。なんだかしおらしいと途端に美人に見える。
「むはぁ、ジューダスがレイチェルを追っかけてボロボロで帰ってきたとこが私ちゃん的にはめちゃくちゃ気になんだけど……ジューダスがいねーからその部分はちゃんと観れねーもんな」
「やっぱり、アイビスがレイチェルを追いかけて行った部分を観るべきじゃないかな」
「いや、2人が争ってアイビスが頭をかち割られたのは既に事実として知っておるし、その時にジューダスが割り込んできてレイチェルを封印したのもほぼ確定じゃろ。わざわざそこを選ぶ美味さが此方には感じられんのじゃが」
バブルガム、バンブルビー、ヴィヴィアンの3人は過去上映の続きを何処から再開するかで議論を始めた。バブルガムの言う通り、ジューダスとレイチェルの間に何があったのかが1番不透明だから、俺的にもそこが気にかかるのは同意だ。
(けど、肝心のジューダスが出演者に居ないからな……)
そして、個人的に気にかかることと言えば──
「眷属の君……君なら何処から再開するのだね?」
俺の気持ちを見透かしたように、予言の魔女がそう言った。議論していたバンブルビー達がピタリと静まり返って、視線が俺に集中する。
「……あの、えっと……先に確認なんですけど、レイチェルさんの仇がアイビス、アビスさんだって事3人は知らなかったんですよね?」
「うむ。少なくとも此方は初耳じゃったの。というか、此方が知りうる限りそんな事を知っておるメンバーはルクラブ達以外におらん筈じゃが」
「むはぁ、私ちゃんもそんな話聞いてたら流石に忘れねーし」
「……晴人君は、そこが引っかかってるの?」
「はい。アビスさんの秘密を知っていたメンバーが、あの日レイチェルさんとお酒を呑んだり、アビスさんと部屋で話をしていたから事件は起きてしまったわけですよね……何か、異常に間が悪いというか──」
「──むしろ、間が良すぎた……か」
西王母さんは、俺の言わんとしていることを察してくれたらしい。そして、周りの皆も。
「俺は、もう一度さっきの時間に戻ってみたい……です」
今日残された最後の過去上映……それを同じ場面をおかわりするなんて自分でもどうかしていると思う。けど、どうしてもさっき見た過去が気にかかってしかたがないのだ。
何か……決定的な何かを見逃したような胸騒ぎがしてならなかった。
「俺は晴人君に乗るよ。もしかしたら今ここに彼が居ること自体に、そういう意味があるのかもしれないし」
「むはぁ、私ちゃんはもったいねーと思うけど……ま、もう1回アイツらの顔を見るのも悪くねーかもな」
「此方もそれでかまわんが、櫻子よ其方はどうじゃ。おそらく其方が知りたい部分とはかなり離れておると思うが」
「わ、わたしは別に……あの、本当に遠慮してるとかじゃなくて、まずは本当に何があったのか……わたしも最初の部分をハッキリさせたいです」
櫻子は少しつまりながらも、それでもハッキリと言い切った。そこには後ろ向きな感情は感じられなかった。
「それでは娘娘頼むのだよ」
西王母さんは疲れた表情で、しかし 待ってましたと言わんばかりに指を打ち鳴らした──




