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296.「あの日と嘘つき⑥」


【辰守 晴人】


──夕方に櫻子がダウンしてしまって、その後は過去上映を中断して、夕食を食べて、お風呂を頂いて……結局今日も崑崙宮で1泊する流れになった。


 自然と昨日まで泊まっていた部屋がそのまま割り当てられたから、バンブルビーと俺は相部屋になった。


 ()()()以降、バンブルビーは特に俺に対して態度を変えるような事をしなかったし、俺だってそうだ。そもそも、あの時はバンブルビーが泥酔してたわけだし。


……なんて思っていたが、バンブルビーは2人きりになると態度を豹変させた。部屋に入るや否や、彼女は俺の胸に身体を預けて、少し恥ずかしそうにキスをした。


 少し面食らっていると、バンブルビーはベッドに腰掛けて、今日感じた事を赤裸々に俺に教えてくれた。


 理屈ではレイチェルが櫻子だと分かっていても、やはりまだ完全には受け入れられないこと。


 それでもやはりレイチェルが生きているという事実はきっと嬉しいと感じていること。


 マリアを無理やり連れてきてしまった事や、櫻子に辛い選択をさせてしまっているかもしれない罪悪感。


 そして、これから見ることになるであろう過去の真実への期待と不安──


 普段の凛とした姿からは想像も出来ないくらいに、バンブルビーには繊細で臆病な一面があった。いつもはただ、それが露見しないように気を張って努めているだけなのだ。


 そんな彼女が、俺の前だけでは弱みを見せてくれる。信頼してくれてるんだと嬉しく思うし、だからこそ俺が守ってあげなければならない。今回の件、俺自身は直接関係なくとも、バンブルビーの為に出来ることはしたい。

 俺が彼女の補佐官だからではない。彼女が俺の大切な人だからだ──


──ひとしきり話を終えると、バンブルビーは静かに眠った。控えめな寝息、緩やかな胸の上下をしばらく見守って、俺は部屋を出た。


 明日に備えて早く眠らないといけないのは分かっていたけど、どうにも寝付けなかったからだ。


 静謐な夜を壊さないように、薄暗い廊下を音を殺して進んだ。御殿の外へ出ると、冷たい空気が全身に吹き付ける。


 目前の練武場は昼間の賑わいを忘れたように静まりかえっていて、虫の音すら聞こえなかった。


 元々頑丈だと自負していた身体は、眷属になってからは一層強くなった。以前ならこの寒さの中歩き回ろうなんて酔狂は思いつかなかっただろうけど、持て余した暇とこの場所の非現実的さに背中を押された。


 崑崙宮は険しくそそり立つ山々のいちばん高い所に居を構えている。大門の辺りから見た景色は圧巻だったが、あそこよりも高い場所からなら、もっとよく辺りを見渡せるのではないか……ふとそう思って、俺は周囲を見回した。


 すると、御殿の傍に一際高い建物を見つけた。見ると御殿の天守よりもずっと高い所に屋根がある。おそらくここでいちばん高い建物だ。どうやら物見(ものみ)(やぐら)らしい。


 俺は静かに魔力始動して、御殿の屋根に飛び乗った。ここからなら物見櫓の屋根の上にも飛び移れそうだ。


──もう一度飛び上がろうと腰を落とした時、叫び声が聞こえた。


 魔力始動の影響で強化された聴力が、本来なら聞き取れない筈の声を拾ったのだ。声の出処は物見櫓の上……耳を澄ますと、声の主が分かった。櫻子と、マリアだ。


 こんな時間に、それもかなり異色の組み合わせに何事かと思ったが、会話の内容を聞いていると決して剣呑(けんのん)な雰囲気ではないのだと分かった。


 それどころか、どうやらマリアが落ち込んでいる櫻子を励ましているようだった。


 二人の会話を盗み聞きするつもりはなかったが、昼間に体調を崩した櫻子と、普段口数の少ないマリアの言葉に釘付けになってしまった。


 会話の流れから察するに、櫻子は自身とレイチェル・ポーカーの人格の事で深く悩んでいたようだった。俺だって、いや、俺たち皆その事については分かっていたつもりではいた。


 けれど、今日櫻子は過去の映像を見て急激に体調を崩した。それが想定内だったのかと言われると、首を横に振らざるを得ない。結局櫻子の気持ち……悩みや葛藤なんてものは、櫻子本人にしか分からないのだ。


 どういう経緯で二人があんな所で会話する事になったのかは分からないが、マリアは不器用ながらも櫻子を励ましていた。


『あんたのことを必要としてる奴は、あんたの事を必要としてるの。他の誰でもないわ。今くよくよしてるあんたの事よ……それにキチンと向き合いなさい。全力で応えなさい。それがあんたの存在証明になるのよ』


 マリアが櫻子にかけた言葉は、俺には真似出来ないものだった。


 あの言葉はきっと、いつかマリア自身が自分のために見つけた言葉なのではなかろうか。


 ヴィヴィアン・ハーツの魔剣から生まれ、アイビス・オールドメイドの魔力から生まれ、武器と魔女の境界で生きる女……それがスノウ・ブラックマリアだ。


 魔剣に宿った人格のマリア、レイチェルの肉体に宿った人格の櫻子。2人の境遇はある種近いものがあると言えるのかもしれない。

 だからこそ、あの口数の少ないマリアが櫻子を気にかけているのだろう。


 そして、そんな彼女の言葉だからこそ、言わんとしていることが櫻子にはしっかり届いたのではないだろうか。


 言葉というのは、良くも悪くもそれを言う人次第で意味も意義も変わってしまうものだから。


──マリアの言葉に感慨に耽っていると、気がつけば会話を切り上げたマリアが物見櫓から飛び降りてきた。目の前に着地した彼女は、俺の顔を見るなりかなり気まずそうに目を逸らした。


「……今晩は冷えるな」


 気まずかったのはマリアだけではない。何なら盗み聞きがバレた俺の方が遥かに動揺している。咄嗟に出た間抜けなセリフがその証拠だ。


「……タツモリ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」


 しかし、マリアの口から出た言葉は俺を一層困惑させた。


「俺に聞きたいことって、今か?」

 

「こんなに時間にほっつき歩いてるんだから、眠たいから断るなんて通らないわよ」

 

「いや、別に断るつもりはないけど……場所かえるか?」


「……私の部屋にきて」


 マリアの部屋に着くと、彼女は行燈(あんどん)に明かりを灯してベッドに腰掛けた。俺は部屋の壁際に置かれていた椅子を、ベッドの正面に移動させて腰を下ろした。


(のこのこ着いてきちまったけど、急に刺されたりしないよなこれ)


「……で、話ってのは何だ?」

 

「今後のことよ。今後の……(レイヴン)とアビス様のこと」


(レイヴン)とアビスの?」


「タツモリ、次アビス様を呼び捨てにしたら殺すから」


 マリアが凍えるような冷たい目でそう言った。


「……アビス、さんの話ってのは?」


「そうね……何から話していいのかしら……」


 マリアは歯切れの悪い様子で俯いてしまった。人を呼び付けておいてどういう事だコノヤロウてめぇバカヤローと、ルーならきっとそう言い出しかねないが、俺はマリアに殺されたくないので行儀よく椅子に縮こまって待つことにした。


「アビス様は世界を滅ぼす力を持っているわ」


 考えに考えた末にマリアの口から出た言葉がそれだった。何から話していいのか考えてこれとは、普通に生きててこんな所から始まる話とかあるのか……否。普通はないよな。


「……アビスさんがめちゃくちゃ強いってのは知ってるけど、さすがに世界は大袈裟だろ」


「大袈裟じゃないのよ。アビス様は昔、実際にそういう事をしかけたって……聞いたことがあるの」


「……まじかよ。それ、いつの話だ?」


「黒の同盟を立ち上げるよりもずっと前よ。凄く強くて、人間も魔女も手当たり次第に殺して回ってたって」


「……今とやってる事が真逆じゃねぇかよ。じゃあ、どういう心境の変化で今みたいな事してるんだ」


「アビス様の討伐隊が編成されて、アビス様が負けたらしいの。その時に()()()()()()()をしたらしくて……黒の同盟が出来たのはそれ以降よ」


「……戦いに負けたから共生主義になったってことか?」


(……だいたい、あのアビスを倒す討伐隊なんて存在するのか? いったいどんな強い魔女が何人がかりで挑んだんだか……)


「きっかけはどうあれ、アビス様は共生主義に準じていたわ。問題はレイチェル・ポーカーが死んだ後よ。今アビス様が(レイヴン)を名乗っているのは共生主義のためなんかじゃない。裏切りの炎を消さない為、炎が消えていないと知らしめるためよ」


 四大魔女の1人にして現代最強と名高いアビスは復讐の為に組織を存続させている……とマリアは言う。


「……アビス様が昔に舞い戻らないでいるのは(レイヴン)があるからなの。けど、きっと復讐が無くなれば、アビス様が(レイヴン)でいる理由は無くなってしまうわ」


「つまり、そうなればアビスさんが昔みたいに大暴れするかもしれんってことか」


「アビス様が世界の敵になるかもしれないってことよ」


 マリアは悲痛な表情でそう言った。普段から忠誠心の強いやつだとは思っていたが、本当にアビスを慕っている様子だ。こいつ自身の出自の事もあるだろうが、どうやらそれだけという訳ではなかったらしい。


「今回の件、レイチェル・ポーカーが生きていた理由次第では、アビス様が本格的に乱心するかもしれない」


「……本格的に乱心って、普段から若干乱心してるって言ってるように聞こえるが」


「アビス様の上演会見たことないの? あれは明らかにどうかしてるでしょ」


 意外な事に、マリアだってアビスに対してそれなりに一般的な感情を持っていたらしい。ただのアビス全肯定女じゃなかったのか。


「けどよ、どんな理由にせよレイチェルが生きてたって知ったら喜ぶんじゃないのか? それこそ、昔みたいに仲良く共生主義を再会しようって……」


「そうなるかもしれないけど、ならないかもしれない。例えば、もしレイチェル・ポーカーの死が、彼女本人の自作自演だったとしたら」


「自作自演? なんでそんなこと、レイチェルとアビスさんは結婚間際だったんだろ?」


「……それが原因なのかも」


 言われてハッとした。有り得ない話ではないのだ。婚約を目前に控えたレイチェルが、婚約を解消したいが為に死を偽装する。

 普通、そこまでするかと思うかもしれないが婚約相手のアビスは普通の女とは言い難い。死んだ婚約者との思い出を暇さえあれば部下に演じさせるような奴だしな。


「レイチェルがアビスさんとの結婚が嫌になったから、アビスさんから離れるために死を偽装したって?」


「そういう線もあるかもしれないでしょ。で、もし本当にそういう話で、それがアビス様に知れたら……たぶん、冗談抜きでアビス様は世界を滅ぼしかねないわ」


「……それは、かなりヤバいな」


「でしょ。だから約束して。もし明日真実が分かって、それがアビス様の現状を壊すような内容だったら、然るべき対処をするって」


「然るべき対処ってなんだよ」


「タツモリ、あんたが本当に(レイヴン)の一員なら、(レイヴン)を守る選択をしてってことよ」


──死んだと思っていた大切な人が生きていた。素晴らしい事のように思えるが、よくよく考えてみれば確かにそれも状況によりけりなのかもしれない。


 癇癪(かんしゃく)で世界を壊せるような女が存在して、(レイヴン)は言わばその安全装置だった。

 (ひるがえ)って、(レイヴン)を守るということは世界を守ることににも通じているのだ。


「分かったよ。明日の状況を見て、(レイヴン)を守るために行動する」


 俺がそう言うと、マリアは納得したように頷いて『なら話は終わりよ。さっさと出ていって』と俺を追い出した。


 今日1日でかなり印象が変わったけど、やっぱり可愛くない女である──


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