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295.「あの日と嘘つき⑤」


【辰守 晴人】


──デイドリームさんの言う通り、西王母さんの過去上映は休みなく続いた。


 断片的な過去の回想を覗き見ては、神仙境に戻りまた酒を呑む。そんなことを何度も何度も繰り返すうちに、俺はかつての(レイヴン)のメンバーの顔を見れば名前が分かるようになっていたし、メンバー同士の関係性なんかも掴み始めていた。


──旧 (レイヴン)城のエントランス。階段から降りてきた魔女を、1人の魔女が呼び止めた。


「レイチェル姉様〜!」


「ん、どうしたのルクラブ。やけに嬉しそうじゃない」


「にしし〜実はリアがいいワインを手に入れたから、今夜エルジュの部屋で集まって呑もうって話になってるみょん♪ レイチェル姉様も是非参加して欲しいみょん♪」


「へーそうなんだ。実は今日アイビスにも誘われててさ、そういう事なら2人でお邪魔しちゃおうかな」


「……え、いや……それはダメだみょん!?」


「え、なんでダメなの?」


「……な、なんでダメって……み、皆してお酒飲むのはアイビス姉様の愚痴を言う為だからに決まってるみょん!!」


「……ああ、なるほどね〜いいよ分かった分かった。じゃあアイビスは私が相手しといてあげるから、日頃のガス抜きを堪能しておいで」


「了解だみょん♪」


 四大魔女のレイチェル・ポーカーは、とても仲間に慕われていた。特に、レイチェルがロードになった後の直属の部下達に。

 そして、レイチェルもまた仲間をとても大切にしていた。家族同様……ともすればそれ以上に見える時すら──


 ルクラブが立ち去った後、入れ替わるようにレイチェルの傍に魔女が現れた。


「──おいレイチェル。あのバカと酒って……まさかあいつの部屋でか?」


「うわ、バンブルビー……その気がついたら傍に居るのドキッとするからやめてよ。心臓に悪いなぁ」


「……気が抜けてる証拠だろ。で、どうなんだ」


「お酒なら部屋で呑もうって誘われたけど……何で?」


「ちっ、油断も隙もない……」


「……あ、もしかしてバンブルビー誘われてないの? なら今日一緒に……」


「お前のそういうとこ……俺は嫌いだ」


「……え、なにが? まってまって、わたし何か変なこと言った!?」


「知るか。自分で考えろ……ちなみにリアに酒を分けてやったのは俺だ」


「……?? そう、なんだ?」


「……お、俺だって今日お前を誘おうと思ってたんだ」


「……ああ、そういうこと。じゃあ一緒に飲もうよ。バンブルビーの部屋でいい?」


「……っはえ!? ああ……わ、分かった。俺の部屋でいい……用意しとくから……」


「分かった。じゃあ、アイビスとついでにヴィヴィアンにも声掛けてから行くね! ホアンとかウィスタリアも! 今まさにその事で皆を探しに行こうと思ってたんだ〜」


「…………」


──レイチェル・ポーカーは天然ジゴロだった。自分が言われるとイマイチよく分からなかったが、他人を観察しているとその酷さというか、残酷さみたいなものがようやくキチンと理解できた。


(……ごめんスカーレット。鈍感なのってマジで罪なんだな)


 沢山の仲間に慕われているレイチェルだが、その半分以上が恋愛感情を混じえているのではないか……というのが俺の所感だった。


 そして、レイチェルに恋をしてしまっているメンバーの中でも『アイビス姉様には勝てないから大人しく見守るみょん派』や『アイビスのバカにだけはレイチェルを取られてたまるか派』そして『生きてればナルようにナルのが愛ダヨ派』など、それぞれレイチェルを中心として様々な思いや葛藤、時には水面下の闘いなどがあった。


(それにしても、これだけ好意を寄せられてても本人は一切無自覚なんだよな……俺よりも酷いんじゃないかこの人)


「……」


 俺は過去の回想に浸りながら、チラリと周りの様子を窺った。かつてレイチェルに片思いしていたバンブルビーは、過去上映にレイチェルの姿が出てきただけで眼に涙を浮かべていた。


 そして今も、無邪気に笑うレイチェルとそれに翻弄される過去の自分の姿を見つめるバンブルビーは、とても寂しげに見えた。


 そして、自身の正体である存在を目の当たりにした櫻子。櫻子はじっと静かにレイチェル・ポーカーの姿を見つめていたが、何を考えているのかは読み取れない。


 だけど、夕張先輩は……夕張先輩がレイチェルを見つめるその瞳は、バンブルビーとも櫻子とも違う……複雑な色に染まっていた。


 皆で同じ過去を見ているはずなのに、何だか皆が皆バラバラのものを見ているような、そんな気がした。


 そして、俺の考えを裏付けるように、その後流れた何でもない日常を切り取った過去を見て、櫻子が吐いた──







* * *




【馬場 櫻子】



──西王母さんの魔法で過去を振り返ること数時間。宣言通りに休みなく続いた過去上映に、わたしは耐えられなかった。


 数百年前の映像。全く知らない筈の映像なのに、既視感と懐かしさが胸の奥から込み上げてくる。

 そして、そのもっと奥深くから、怒りや悲しみがゆっくりと首をもたげて這い上がってこようとしていた。


 自分が本当は馬場 櫻子なんて人間じゃないってことは、とっくに理解していたつもりだった。けど、過去上映が進む(ごと)に体の内側から()()()が貪り食われているような感覚がして、気分が悪くなって……気がつけば崑崙宮の一室に寝かされていた。


 どうやら過去上映の最中に現実世界で吐いてしまったらしい。


 目を覚ますとヒカリちゃんとかハレ君が心配そうに付き添ってくれていて、酷く申し訳ない気持ちになった。覚悟はしてここへ来たつもりだったのに……本当にわたしは、情けない……。


 社長とバンブルビーさん達が西王母さんと話し合って、結局今日のところはこれ以上過去上映を続けることはしないという流れになった。


 皆わたしを気遣ってくれたけど、本当はきっと今すぐにでも過去上映を再開したい筈だ。もうとっくに死んでしまったわたしなんかが、足を引っ張っていいわけなんて無いのに──



「──こんな時間に何をしてるの」


 声をかけられて顔を上げると、目の前に立っていたのはスノウさんだった。


 星明かりに照らされた黒髪が、淡く光って冷たい風になびいている。幻想的な美しさに、わたしは一瞬呆気にとられてしまった。


「……あ、えっと……眠れなくて」


「眠れないからってこんな所に来る必要があるの?」


「それは、その……」


 ちなみにスノウさんが言ったこんな時間というのは、今はもうすっかり日が落ちて、皆とっくに眠ってしまっている時間のことで、こんな所というのはわたしが今膝を抱えているこの場所のことだ。


 崑崙宮の離れにある建物……見張り(やぐら)のような高い建物の、その屋根の上。

 どうしても寝付けなかったわたしは、部屋を抜け出して何故だかこんな所で小さくなっていた。


「今日あんたが吐いたせいで私まで帰れなくなったってこと分かってる? こんな勝手な外出、アビス様にもしバレたら……」


 スノウさんは親指の爪を噛んでそう言った。


「……本当にごめんなさい。わたし、最低ですよね……沢山の人を巻き込んで、勝手に全部忘れて……今のわたしだって、本当はいない筈の、ただの偽物なのに……」


 泣いちゃダメだってずっと自分に言い聞かせていた。こんなわたしの事を大切に思ってくれているヒカリちゃん達に、これ以上心配なんてかけたくなかったから……けど、ついスノウさんに本音を零してしまって、それがよくなかった。きっと声に出しちゃダメだったんだ。


 涙と嗚咽(おえつ)を何とか止めたくて、けど止まらなくて、わたしはせめて目障りにならないように頭をギュッと丸めて膝の頭に押し付けた。


 途中、目の前から足音が離れて行って、見えてはいなかったけどスノウさんが立ち去ったんだって分かった。きっとうんざりしたに違いない。わたしだってそうだ。こんな自分に嫌気がさす。


──どれくらい泣いたんだろう。ずっと声を押し殺していたせいで、喉の奥が痛い。別に沢山泣いてスッキリしたわけじゃない。ただ泣き疲れて、もう涙が出なくなっただけで、胸の奥はずっと苦しいままだ。


「……ああ、ほんと、嫌になる……」


 今のが今日の最後の愚痴だ。もういい加減戻らないと。もしかしたらわたしが部屋を抜け出した事にヒカリちゃんが気づいて心配しているかもしれない。そう思って顔を上げた。


 隣にスノウさんが座っていた。


「……うわァ!?」

 

 思わず大声で叫んでしまった。あまりの声量にスノウさんも少し肩を震わせていた。


「……ス、スノウさん……なんで? 帰ったんじゃ……」


「別に、こんな時間にこんな所で泣かれて、明日も体調崩されたらたまんないから……暖かいお茶持ってきただけよ」


 見ると、座っていたスノウさんの傍らにはお茶の乗ったお盆が置いてあった。


「……あの、凍ってます。お茶」


「な、あんたがいつまでもしくしくやってるからでしょ!? 文句言われる筋合いないわよ!」


 スノウさんは立ち上がって怒鳴った。いったいこの人はいつから隣に座っていたんだろう。少なくとも、淹れたてのお茶が冷めて凍りつくくらいの時間は隣に居てくれたみたいだけど。


「あ、ありがとうございます……スノウさんって、もっと恐い人かと思ってました」


「……お礼言うのか喧嘩売るのかどっちかにしなさいよね」


「や、そんなつもりは……ごめんなさい」


 スノウさんがため息を吐いた。白い息は、あっという間に風にかき消されてしまう。


「……自分が何なのかなんて、あんたじゃなくても分かんないものよ」


 スノウさんが隣に腰掛け直しながらそう言った。わたしは何て返事を返せばいいか分からなくて、わたしのことジッと横目で見るスノウさんを、静かに見つめ返した。


「だから、誰にだって自分が何者かとか分かんないって言ってるの。あんたがレイチェル・ポーカーだとか馬場 櫻子だとか、そんな曖昧な事は考えても仕方ないでしょ。もっと確実で手の届くものを大事にしなさい」


「……確実で、手の届くもの……ですか」


 少し考えたけど、やっぱりスノウさんの言いたいことが分からなくて、黙り込んでしまった。


「あんたのことを必要としてる奴は、あんたの事を必要としてるの。他の誰でもないわ。今くよくよしてるあんたの事よ……それにキチンと向き合いなさい。全力で応えなさい。それがあんたの存在証明になるのよ」


 スノウさんはわたしの返事を待たずに、そのまま立ち上がって(やぐら)から飛び降りてしまった。ぽつんと残されたわたしの中で、スノウさんの言葉が何度も繰り返し再生される。


「……存在証明、か」


 冷たい空気をめいっぱい胸に溜めて、吐き出した。


 何だかもう、眠れそうな気がした──


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