294.「あの日と嘘つき④」
【辰守 晴人】
──予言の魔女 デイドリーム・フリーセルによって導かれた俺たちは、マリアの生誕秘話に続いて過去上映を続けていた。
舞台は荒野。枯れた土地に乾いた風が吹きすさぶ中、目前にはフードを目深に被った2人の魔女と、それに相対するように大量の『影』が揺れ動いていた。
『──時間は充分与えた。答えを聞かせなさい』
『──と言っても、もはや言葉は不要……ってところかしらね?』
2人の魔女がフードを外した。顔が全く同じ……双子だった。
双子の魔女は鏡合わせのようにシンクロした動きで、腰に挿していた短剣を抜き放った。片方は右利きで片方は左利きなのか、短剣を構える姿まで鏡写しだった。
双子に相対してきた大量の影から古いテレビのノイズのような音が漏れ聞こえる。よく見れば、一つ一つの影が棒状の影を持っていて、それを見てようやくあの影一つ一つが魔女なのだと気づいた。
神仙境に招くことの出来なかった魔女……かろうじて形をなしているが、姿も声もハッキリと認識することは出来ない。
ただ1つ確かな事は、ものすごい数の大群だということ。100や200ではくだらない……影の大群。双子の魔女は今にも呑み込まれてしまいそうに見える。
『ジェミニ。どっちが多く殺せるか勝負ね』
『勝った方が長女って言いたいんでしょ。ジェミナ』
双子が短い会話を交わすと、影の大群がいっせいに双子へ押し寄せた。
──ものの数分だった。
ほんの2、3分で、双子は影を全滅させた。
双子は短剣の一振で何人もの影をバラバラに引き裂き、四方から振り下ろされる魔剣をことごとく打ち砕いた。魔法をかいくぐり、瞬く間に屍の山を築いた。
『187よジェミニ』
『つまり今回も引き分けってわけねジェミナ』
顔に付着した影の残滓を拭いながら、双子は短剣を腰に挿し直した。2人に別段疲労している様子はない。
『今日こそ私が長女だって証明したかったのに、的が偶数だとこれだから……聞いてるジェミニ?』
『聴いてるわジェミナ。それに……今日こそは私が長女だって証明することになりそうよ』
『……ああ、まだ1匹残ってたのね』
双子の魔女の視線の先には、1人の魔女の姿があった。影ではなく、きちんとした形を持っている。夜空のような深い青色の髪をなびかせた魔女は、双子の方へとゆっくりと歩き始めた。
『──初めまして。私はアイビス・オールドメイド。君たちが十三夜会のゴーベルナンテ姉妹だよね』
魔女の正体はアビスだった。フェイスベールで遮られていない彼女の素顔は、現実味が無いほどに均整のとれた美形だった。
『アイビス? もしかして他所から来た方かしら。知ってるジェミニ?』
『知らないわジェミナ。それに興味もないわね』
双子は再び息の揃った動きで短剣を構えた。アビスは足を止めることなく、双子へと歩き続ける。
『私、黒の同盟っていう組織を率いててね。目的は人間との共生。魔女を虐げる人間と、人間を虐げる魔女を殺して回ってるの』
『……ああ、もしかしてあなたが共生主義の逆さ十字? 凄いわジェミニ、彼女 有名人よ』
『みたいねジェミナ。フランスのイカレ女が私たちの為にわざわざスペインくんだりまで来るなんてね』
『『光栄だわ』』
双子の魔女が魔力を解き放った。周囲に積もっていた影の残骸達が落ち葉のように吹き飛んでゆく。
実際には感じていない筈なのに、身を削るような殺意の魔力に当てられたような気がして全身が総毛立った。おそらく双子の魔女は、俺がこれまで出会った事のある魔女の中でも断トツで強い魔力を発していた。
『凄い魔力だね。君達は姉妹の中で何番目に強いのかな?』
『『当然私が1番よ』』
──瞬間、双子の姿が視界から消えた。
それと殆ど同時に、耳をつんざくような衝撃音が響いた。見ると、アビスの両脇で双子の魔女がそれぞれ短剣を振りかざしていた。
双子のあまりの攻撃速度に瞬間移動でもしたのかと思ったが、アビスは双子の短剣を両手の平で受け止めていた。目をこらすと、アビスの手の前には小さくて薄いガラスの欠片のような物が浮かんでいて、それが短剣の切っ先を食い止めていた。
『『……ッ!?』』
『──月の揺籃 鱗片』
双子が驚愕の表情でアビスを見つめた。まさか止められるとは思っていなかったのだろう。それも、こんなにもいとも容易く。
アビスは動揺した双子の腕を掴んだ。気がつくと、周囲には短剣を受け止めていたガラスの板みたいなものがあちこちに張り巡らされていた。
アビスは双子の腕を掴んだまま振り回して、何度かガラス板に叩き付けた後、空へ向かって放り投げた。
いや、もはや放り投げたと言うより、射出した……という感じだった。
双子を空へ見送った後、アビスは自分の服に返り血が付いていないか確認すると、満足気に指を鳴らした。
すると、周りのガラス板が消えて板に付いていた血だけがベショリと地面に落ちた。
『星の天蓋』
血溜まりに立つアビスが上空を見つめて呟いた。荒野の空に夜の帳が降りる。突然夜になったのかと錯覚するほどの巨大で強大な魔法だった。
目に見える範囲の空は殆どがアビスの魔力で覆われて光を遮り、そこに数え切れないほどの星々が瞬いている。
怪しく輝く星海に、双子はぽつんと投げ出されていた。
『……天撃』
空を見上げていたアビスの言葉を合図に、星々が一斉に流れた。空に散らばった星々は流星群のように双子へ向かって集い、そして眩い光を放った。
世界の終わりのような爆発……思わず身を強ばらせて身体を背けた。爆発や爆風の吹きすさぶ音は耳に入っていたけど、それ以外は全て身体を通り抜けてゆく。
──恐る恐る目を開けると、夜はすっかりどこかへ消えて雲の吹き飛んだ空は晴れ渡っていた。
あらゆるものが吹き飛んで、何も無くなった荒野にぽつんと白い玉が残っている。
見た目はまるで、空に浮かぶ月がそのまま地上に落ちてきたようだが、あれはアビスの魔法……月の揺籃だ。
月を模した球状の防御魔法が解けると、服に塵一つ付いていないアビスが悠々と出てきた。そして、少し離れた所に何かが落下した。
アビスは落下したモノの近くに歩み寄ると、手を振りかざして魔剣を生み出した。十字架型の魔剣……アビスはそれをその場に突き刺すと、踵を返して歩き始めた──
* * *
──西王母さんが指を鳴らす音と共に、俺たちの意識は神仙境に舞い戻る。この不思議な感覚は何度経験しても慣れそうにない。
「いやはや、久方ぶりに見てもあの小娘の妖術はスーパー凶悪じゃったのう。相手の双子も中々の高手じゃったのに……瞬殺とか」
満開の梅の木に撓垂れ掛かった西王母さんが、若干引き気味でそう言った。
「むはぁ、つーかあの双子は何だ? 何でここに居ねーのにあんなにハッキリと映ってたんだ?」
バブルガムの疑問は俺も少し感じていた。最初に見た時は、俺が知らない鴉の元メンバー……つまり、ジューダスに殺害されてしまったあのボロボロの魔剣の持ち主の誰かかと思ったが……アビスに殺されたからその線も消えてしまった。
「──これ、この魔剣……さっきの双子の魔剣だよね」
バンブルビーが、何本もの魔剣が入った袋から短剣型の魔剣を引っ張り出した。確かにさっきの過去上映で見たものと同じだ。かなりボロボロにはなっているけど……。
「それも当然吾輩が手配したのだね。その魔剣の持ち主はかつてスペイン支配を目論んでいた十三夜会という13人の魔女からなる組織の団員なのだよ」
「アイビスがあの双子を殺したという話は当時の此方も耳にした。確か残党はエリス・シードラが単騎で壊滅させたという話ではなかったかの?」
「その筈だね。エリスは無口だったけど皆が認めてた。それはアイツがそれだけ強かったからだよ。その証明が十三夜会単騎殲滅の実績だった」
「むはぁ、ボスが殺してたさっきの双子、下手すりゃ昔のバンブルビーより強かったんじゃねー? それを1人で11人も殺すとか、エリスってそんなに強かったのか」
「おい、エリスだか何だか知らねぇ奴の話で盛り上がってんじゃねぇよ。つーか今の過去は何の意味があったんだ? 寄り道はしねぇんじゃなかったのかよ」
「ひ、ヒカリちゃん……」
夕張先輩がヤジを飛ばした。この人、物怖じとかしないにも程があるだろ……ほんとに俺と同年代なのか。
一方デイドリームさんは、不機嫌そうな夕張先輩を見てクスリと笑うと、さっきとは別の酒壺に寄りかかって返事を返した。
「大人気故に多忙を極めるこの吾輩が、わざわざ時間を無駄にするような事をするわけがないのだね。さっきのあれは今日の過去上映の大切な1ページ目なのだよ。たぶん」
「たぶんって何だよ」
「吾輩の魔法は予言と予見と予感の3つに別れているのだよ。進むべきルートと大まかなゴールは分かっても、道中何が起こるかまでは正確には分からないのだね。だいたい、全て分かっているのならばこんな回りくどい事をせずとも諸君らに直接真実を語って聴かせてやるのだよ」
「……あー、よく分かんねーけど何となく分かった」
「ヒカリちゃん、考えるのめんどくさくなってない?」
「櫻子のこと以外で物事を深く考える意味が分かんねぇ」
「わたしはその意味が分からないよ」
櫻子は困ったような呆れたような、けれどどこか少し照れたような、そんな表情でそう言った。夕張先輩の熱烈なアプローチも満更ではないのかもしれない。
櫻子のやつ、ブラッシュに尋問された時に夕張先輩のこと気になってるって言ってたし。
「──諸君、休んでいる暇はないのだよ。次はコレだ。さっさとグラスをよこしたまえ」
400年前の事件の真相に迫る過去上映……その第一幕は圧倒的強さを誇る十三夜会の団員を、更に圧倒的な力で屠ったアビスの物語だった。
ここからどんな展開が待ち受けているのか、不謹慎だと思いつつも俺は期待せずにはいられなかった──




