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293.「あの日と嘘つき③」

【辰守 晴人】


──年季の入った光沢のある机。高そうな敷物。壁には角の生えた美人の禍々しい肖像画。俺が産まれるずっとずっと前……知らない筈のこの部屋は、けれどもあちこちに見覚えがあった。


 今俺たちの意識は、西王母さんの仙術によってとある一室に集まっている。


「──ここは、アビスの……」


「むはぁ、ここボスの部屋じゃねーか!!」


 部屋の様子を見て何か言いかけたバンブルビーを遮って、バブルガムが叫んだ。

 言われてみれば、この立派な机は以前イースと一緒にアビスの部屋を覗いた時に見た気がする。そして壁にかけてある肖像画は──


(……ラムだよな。どっからどう見ても)


「……アビス、さんの部屋ってことは……この過去は──」


 言いかけた途端、部屋の扉が開いた。


 現れたのは、アビスだった。彼女は何やら黒くて巨大な物体を手にぶら下げながら部屋に入ってきた。アビスの後には、2人の魔女が続いた。


(……うわ、バンブルビーとバブルガムだ)


 一目で2人だと分かった。なにせ魔女は歳を取らないから、この過去がどれほど前だとしても見た目の変化が少ないのだ。

 けれども全く同じという訳でもない。着ている服とか髪型も今とは違うし、何より雰囲気が……暗いというか、酷くすさんでいるように見えた。


「むはぁ、これ(レイヴン)が私ちゃん達3人だけになっちった時だな。セイラムの城に移り住んですぐの頃」


「……懐かしいね。俺たち酷い顔だ」


 少し離れた所で2人が話している。過去と現在、2人のバンブルビーと2人のバブルガムを同時に視界に収めていると、なんだか頭が変になりそうだ。


(けどそうか。今の(レイヴン)城は元々はラムが拠点にしてた城らしいからな。だからアイツの肖像画が飾ってあるのね)


「おいヴィヴィアン。鴉が分裂してすぐ後ってことは、400年くらい前ってことか?」


「うむ。そのようじゃな……まこと、奇天烈な魔法もあったものじゃ」


「……す、すごい。これ、本当に過去の世界に入り込んでるみたい……」


 櫻子や夕張先輩達は、興味津々といったふうに部屋とそこに現れた過去のアビス達を見回している。


「……諸君。上映中の私語は(つつし)むのだね。大切な話を聞き漏らしてしまうのだよ」


 デイドリームさんに言われて、全員が意識を過去の人物達に集中させた。西王母さんの方をチラリと見ると、部屋の角に佇んで、ジッと過去を見つめていた。おちゃらけた態度はすっかり消えて真剣そのものといった雰囲気だ。


『──で、結局それは何なんだ。ちゃんと説明しろ』


 視線の先……400年前のバンブルビーは、アビスの手に握られた黒い塊を指さしてそう言った。


『何ってブラックマリアだよ。ヴィヴィアンが出ていく時、餞別(せんべつ)にくれたの。魔力を貯めておく(うつわ)にでもしてくれって』


『むはぁ、ブラックマリアってあのデケー金槌(カナヅチ)の魔剣だろ? なんでそんな鉄の塊になってんだ?』


『だから、ヴィヴィアンの言う通りに私の魔力を込めたんだよ。そしたらなんか膨張して形変わっちゃって、面白いからもっと魔力込めたらどうなるのかなって思ってたら……そしたらバンブルビーが止めに来たんじゃない』


『……あいつの部屋で馬鹿みたいに魔力を放出してたからだろ。怪しいことは自分の部屋でやれ……あそこはお前の部屋じゃないんだよ』


『むはぁ、とか言ってるバンブルビーもレイチェルの部屋に入ろうとしてアイビ……アビスを見つけたんだろー? どっちもどっちじゃんね。くだらねー』


 バブルガムがそう言うや否や、バンブルビーがバブルガムの頭を蹴り飛ばした。


 いや、そうなる直前に、バブルガムはバンブルビーの蹴り足を片手でつかみ止めていた。


(し、身体強化使って蹴ってるんですけど!? 殺す気かよ……てか何でバブルガムも止めれてるんだよ……400年前怖ぇ……!!)


『ほらほら、2人ともつまんない喧嘩しない。殴るよ? そんな事より今はこのブラックマリアがどうなるか賭けでもしようよ。気分転換、ね』


 アビスは目の前で殺気ダダ漏れの喧嘩が勃発しているのに、全く動じずにそう言った。


『お前、魔剣がそんなになったのにまだ魔力を込めるつもりか? 許容量を超えて爆発したらどうするんだ。気分転換で済まないんだよバカ』


『……今、私にバカって言ったの?』


『そうに決まってんだろ。バカだから分からんのか?』


『むはぁ、やめろやめろ!! おめーらが喧嘩してたら私ちゃんが今我慢した意味がねーだろーが!! ったく、ヴィヴィアンの奴が余計なオモチャ置いていきやがるから〜何考えてんだアイツ』


『別にあのバカがめちゃくちゃなのは今に始まった事じゃないだろ』


『本人が居なくなった今言わせてもらうと、基本的に有能……けどそれをイカレっぷりが大いに上回ってたよね。改めて考えると餞別(せんべつ)に自分の身体の一部を置いていくってキモくない?』


『『それはそう』』


 目前で繰り広げられる400年前の会話……そして、すぐそばで感じる現在の気まづい雰囲気。


「……そなたら、此方(こなた)のことそんなふうに思っとったんじゃな……ふーん」


「む、むふぅ、これは……最初に言い出したのはバンブルビーでぇ……」


「いや、違うよね。今明らかに火種を撒いてたのバブルガムだったじゃない。あと、その、俺はそこまでキモいとは思ってないから」


「私ちゃんだって言うほどキモいとは思ってねーもんね!? ほんと、ちょっとだけだし!!」


「……ショックで血反吐ぶちまけそうなんじゃが」


 口は災いの元とはよく言ったものである。まさか400年も経って陰口が本人に伝わるとは……それもかなりダイナミックに。俺も気をつけないとな。


『──まあとにかく、このままじゃどうせ使い物にならないし魔力込めてみるね。爆発しそうになったら外へ放り投げるよ』


『むへぇ、ヴィヴィアンの身体の一部を放り投げて爆散させるってことか……むはは! なんかおもしろそ〜!』


『確かにヴィヴィアンの()()がずっとここにあるよりは、いっそのこと木っ端微塵になった方がいい気もするな。いいぞ。派手にやれ』


『もうやってるよ』


 ヴィヴィアンさんが散々な言われようのなか、アビスは魔剣 ブラックマリアに魔力を込めはじめていた。手に握られた部分から、可視化するほど高密度で莫大な量の魔力が流れ込んでゆく。


『……あ、また膨らんできた。バンブルビー窓開けて。放り捨てちゃうね』


『よしきた。出来るだけ上空で爆発させろよ』


『むははは! ヴィヴィアン花火だ〜!!』

 

 バンブルビーが部屋の窓を開け放つと、アビスが窓の外へ向かってブラックマリアを振りかぶった。


 おそらく身体強化を発動しての投擲(とうてき)……ブラックマリアは遥か彼方まで吹き飛んでゆく。筈だったのだが……そうはならなかった。


 決定的瞬間を俺は見逃さなかった。アビスが、振りかぶったブラックマリアを手放そうとした瞬間……ブラックマリアの(つか)だった部分が手の形になってアビスの腕を鷲掴みにしたのだ。


 手から離れて飛んでいく筈の魔剣に腕をホールドされたアビスは、自分の力に振り回されてコマのようにぐるりと身体を回転させた。


 ブラックマリアが部屋の中の物をなぎ倒していく。テーブルの上にあった置物や本……バンブルビーはうまく回避したが、笑っていたバブルガムは吹っ飛ばされた。


 ブラックマリアから生えた腕は、最後にはアビスの手から離れて部屋の壁……ラムの肖像画に激突して壁ごと崩れ落ちた。


「……ゴホッゴホッ!……くそ、何してんだこのバカ! 部屋の中に投げやがって!!」


『むっはぁ!? 私ちゃんにぶつかったぞこら!! お気にのおべべがめちゃくちゃんなったじゃねーか!!』


 崩れた壁から吹き出したホコリにむせるバンブルビーと、反対側の壁にめり込んだバブルガム。2人ともかなりご立腹の様子だが、アビスはそれどころじゃない。なにせ、たった今魔剣に腕を掴まれたのだ。


『……へぇ、面白い』


 剣呑な雰囲気になった2人を無視して、アビスは崩れた壁へ歩み寄った。


 そして、瓦礫の中から何かを抱き上げた。


『……お、おい。なんだそいつは……!?』


『むはぁ……』


 突然現れた()()()に、2人は怒りも忘れた様子で固まった。視線の先にいるのは──


『あはは。魔剣が人の形になった』


 アビスに抱かれている裸の女は、紛れもなくマリアだった。思わず本人の方を振り返ると、マリアは複雑そうな顔でその光景を見つめていた。


──パチンッ!


 西王母さんの指を鳴らす音を合図に、目の前の光景が一瞬で消え失せて切り替わった。神仙境に戻されたらしい。


「ふむふむ〜よもや魔剣が人の形に化けるとは……そしてその光景をこの目にするとはのう〜ハイパー楽しい過去上映であったわ! 本座のレビュー星4つ!」


 テンションの高い西王母さんとは裏腹に、俺は正直気まづかった。既に聞かされていた事ではあったけど、本当にマリアが魔剣だったと強く再認識させられたせいで。


 俺だけじゃなく、他の皆もそれぞれ思うところがあるのか、自然と視線がマリアに集まっていた。


「……スノウごめんね。無理やり連れて来たのは晒し者にしたかった訳じゃない。ただ俺は──」


「別に構いません。所詮(しょせん)私は……ただの道具ですから」


 マリアはバンブルビーの言葉を遮ってそう言った。セリフに反して、『話しかけるな』という強い怒気がこもっていた。


「よぉしお前らぁ……これで娘娘(ニャンニャン)の魔法はだいたい掴めたよなぁ。次からは休憩なしの本命直行快速便だぁ。気合い入れて着いてこいよなぁ〜!」


 気まづい空気なんのその、デイドリームさんが酒壺に脚を掛けてそう言った。どうやら次に見る過去はそこにあるらしい。


(……色々と考える暇もないな……くそ。ていうか、キャラ統一しろよ)



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