292.「あの日と嘘つき②」
【辰守 晴人】
──崑崙宮の一室、西王母さんの私室に俺達は集まっていた。
今にも動き出しそうな白虎の剥製、無造作に部屋のあちこちに立て掛けられ、埃を被った剣や槍、宝石を削って作った巨大な盆栽のような置物……だだっ広い空間は雑然としていて、とにかく高そうな物をあちらこちらに積み上げたような部屋だった。
「散らかっておってすまんな。空いているところにテキトーに掛けるがいい」
俺たちを部屋に通すなり、西王母さんはそう言って大きなビーズクッションに体を預けた。魔女をダメにするソファーである。
一方俺達は座るところを探したが、そもそも足の踏み場さえ見つけるのがやっとの有り様……呆れ顔のヴィヴィアンさんが部屋の中央に積まれていた物を無数の触手で手早く端の方に移動させてスペースを作ってくれたので、何とか腰を下ろすことが出来た。
「よし。では早速本座のウルトラ雅な仙術で貴様らに過去を見せてやろうと思うのじゃが……その前に星読みから1つ話を──」
「ご機嫌麗しゅう諸君。改めて、吾輩がデイドリーム・フリーセルである。此度はこれから始まる過去上映に、心ばかりの手助けをするために参上したのだよ」
デイドリームはそう言って、俺達の前に大きな皮袋を投げ寄越した。袋は重厚な金属音を響かせて床に転がると、口から中身を覗かせた。
「……むはぁ、魔剣かぁ?」
キラキラと輝く宝石や水晶玉を懐にねじ込んでいたバブルガムが、袋からはみ出した剣の柄を見てそう言った。
「如何にも。これは吾輩が苦労してここまで運んできた魔剣なのだね」
なぜ魔剣を……と考えていると、バンブルビーが袋からはみ出た柄を掴んで引っ張り出した。かなり古い魔剣なのか、あちこち汚れていて刃こぼれも酷い。
続いてバブルガムも袋から剣を一振り引っ張り出したが、そっちは刀身がボッキリ折れてしまっていた。
「むはぁ、こんなボロボロの魔剣何本も持ってきてどーすんだ?」
「……ふむ。薄情な奴なのだね。そんなに近くで見て他になにか言うことはないのかね」
バブルガムはデイドリームの言葉に首を傾げただけだったが、バンブルビーは違った。
「この剣……エリスの剣だ」
バンブルビーの言葉に、バブルガムが驚いたように反応した。俺にはなんの事だかさっぱり分からない。
「デイドリームよ、よもやそなたに墓荒らしの趣味があったとはのう……見上げた奴じゃ」
「吾輩とて心を痛めなかった訳ではないのだよ。しかし、出演者を揃えねば過去が視えない未来が視えたのでね。仕方なく手を汚したのだよ」
「むはぁ、ややこしすぎんだろ。結局なんでエリスの剣がここにあんだ?」
「400年前の事件に深く関わったのは、アイビス、ジューダス、レイチェルの3人を除けばこの剣の持ち主達だからってことでしょ。つまり、ジューダスに殺されたエリス、トーラス、ルクラブ、リア、エルジュ、リビラ、リサ、タリア、カペル、アリア、ゲイリー……11人分を出演者に加えるためだよ」
バンブルビーは手に持ったボロボロの魔剣を見つめながらそう言った。会話の流れから察するに、この魔剣達はかつてジューダスに殺された鴉のメンバーの墓から持ってきた物らしい。
確かに魔剣は魔女が魔力を凝縮して生み出したものだから、出演者の代わりにもなりうるのだろう。マリアがそうだしな。
しかし、そこまでするのか……と、思わずにはいられなかった。というのも、バンブルビーやバブルガム達のように純粋に過去の真相を知りたいという熱意のようなものを、デイドリームからは感じられなかったからだ──
「この人数で西王母の神仙境に足を踏み入れれば、目当ての記憶を探すのも一苦労だろう。そこで吾輩が船頭を買って出たのだね」
「ということで、つまらん前置きは終わりにして早速過去を覗きに行こうではないか!」
西王母さんは俺たちの返事を待たずに、指をパチンと打ち鳴らした。波紋のように広がった魔力が俺達を包み込み、瞬く間に景色が移り変った。
柔らかい木漏れ日が揺れ、川のせせらぎに混じってほのかな酒の甘い香り……再び訪れた神仙境は、言いようのない現実味のなさも相まって神秘的だった。
初めて此処に来た面々は、昼の俺とバンブルビーのように周囲を物珍しそうに見回したり、酒の入った大きな壺を覗き込んだりしていた。
「──ワッハッハー! ようこそ本座の神仙境へ! このスーパーハイパーウルトラ雅な……」
「さて諸君。時間も無いのでさくさく行こうではないか。まず最初はこの壺なのだよ」
「ちょっと星読みぃ!? まだ本座の話……」
「娘娘。さっさとグラスを用意したまえよ」
「……なにこの星読み。アルティメット無礼なんじゃが」
ジャージ姿から一転、神々しい衣装を身にまとった西王母さんは、しかし中身は変わらなかった。
ぶつくさと文句を垂れながら人数分のグラスを用意すると、不貞腐れたような態度で地面を脚の先で蹴っている。あんたいくつだよ。
「さて諸君。まずは娘娘の魔法を理解する意味で当たり障りのない記憶を覗いてみようではないか……ふむ。この壺などちょうどいいのだね」
デイドリームさんは無数に存在する壺の中から1つを指さしてそう言った。そして西王母さんに目配せすると、何も無い空間から柄杓が現れた。
「──さあみんな! 乾杯の用意はいいかしら!? じゃあ行くわよ〜乾杯は〜?」
「「……」」
グラスを片手に持ったデイドリームさんが、急にハイテンションで俺たちに何かを要求するような目線を送ってきたが、急なキャラの温度変化に皆固まっていた。
「ちょっとちょっと〜!『乾杯は〜?』ときたらそこは普通『イッキなり〜!』って返してくれないとぉ〜!」
「むはぁ、キャラ統一しろ。んじゃおめーら。かんぱい〜」
「「……乾杯〜」」
普段なら悪ノリに真っ先に便乗しそうなバブルガムが、どうしたらいいのか分からない困った流れを断ち切ってくれた。
バブルガムがグラスの酒を一息に飲んだのを見て、全員がそれに続いた。
──その瞬間、再び景色が移り変わった。




