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291.「あの日と嘘つき①」


【辰守 晴人】


──セイラムタワーにやって来た櫻子。お互いの話を交互に話し合って、俺たちは事情を擦り合わせた。


 櫻子は静かに俺達の話を聞いて、それをひとつずつ飲み込むように受け入れた。


「……自分が魔女だって分かった日から、よく白昼夢を見るようになったんです。石造りのお城で、知らない人と話をしていました。あれは……夢じゃなくてレイチェルさんの記憶だったんですね……」


 自分の正体がレイチェル・ポーカーだと知った櫻子は、呟くようにそう言った。俺は、そんな櫻子にかける言葉を見つけることが出来なかった。


「むはぁ、取り敢えず結論としてはジューダスがレイチェルを封印するために別人の人格を上書きしたってことだよなー。で、どうやったらレイチェルは()()()()んだ?」


「……バブルガム」


 バンブルビーがバブルガムの方を()めつけた。誰もが言いづらい事を言ってしまえるのは良くも悪くもあるのだが、今のはさすがに悪い方に偏り過ぎている。


「本人も分からないから、勇気を出してここに来てくれてるんだよ。もっと気を使って──」


「むはぁ、気を使ったらレイチェルがひょっこり出てくんのか? おめーこそ何でそんなにかしこまってんだ。レイチェルが生きてて、今そこにいるんだぞ」


「……今そこに居るのは、櫻子だよ」


──瞬間、バブルガムがローテーブルを蹴り飛ばした。対面に座っていたヒルダは、飛んできたテーブルを手で払い除ける。

 大きな音と共に、ローテーブルは壁に激突して無惨にもバラバラになった。


「お前、500年もたらたらレイチェルにしがみついてたくせに晴人とくっついたら途端にどうでもよくなったのか? あぁ?」


 いつものおちゃらけた声音とは違う、ドスの効いた低い声でバブルガムがそう言った。バンブルビーは無言で立ち上がり、今にも飛びかかりそうな剣呑(けんのん)な空気を纏っている。


「やめよ阿呆共。此方(こなた)を間に挟んで喧嘩をするでないわ。今最優先すべき事は西王母の要求した出演者(キャスト)を集めることであろうが。過去を見る事さえ出来れば、ここで無意味に論ずる事もなかろうて」


「……分かった。バブルガムもそれでいいよね」


 ヴィヴィアンに(たしな)められたバンブルビーは、小さく深呼吸してそう言った。バブルガムはそっぽを向いているが、これ以上食って掛かろうという気はないらしい。


(……ヴィヴィアン、いやヴィヴィアンさん。あんまり印象良くなかったけど見直したぞ)


「キヒヒ、もう少しで面白い展開になりそうだったのになぁセイラム?」


「ふん。紫雷と黒鉄の争いに乗じて引受人を殺す算段でも立てていたのか? 我が邪悪なる盟友よ」


「ああ、何なら今からでも遅くはないぞ。貴様と貴様の傭兵とメイド、余とイー・ルーでかかれば眷属を殺して逃げ(おお)せる事くらい出来るだろう」


 しばらく大人しかったバベリアが、何とも大胆に本人の目の前で謀反を企て始めた。分かってたけどとんでもない奴だなこいつ。


「ふむ。面白いがその作戦……成功への道筋は限りなく細いぞ」


「なに? よもやセイラム・スキームともあろう者が臆したのか?」


「クク、この我が誰に臆すというのか。単純に我がその話に乗る意味が無いというだけの話。そこな邪悪なる引受人は我が新生 魔眼同盟(イーヴルアイズ)の一員なのでな」


「ちなみにこのイー・ルー様のシェリーでもあるんだよバベリアコノヤロウてめぇバカヤロウ」


 ラムとルーの2人にけんもほろろにされてしまったバベリアは、ギョッとした後に憎々しげな表情で俺を見た。何故俺を睨むんだ。


「──さて、時間は有限じゃ。確認じゃが櫻子よ、そなたは自身の正体を知った。おそらくほぼ間違いない事実じゃろう……で、どうしたい?」


 ヴィヴィアンさんはバベリアが撒こうとした争いの火種など気にもかけない様子でそう言った。

 櫻子への問い掛けは冷淡なようで、けれども転んだ子供に手を差し伸べる母親のようでもあった。


 櫻子はヴィヴィアンさんの問いかけに、ギュッと口を結んで考え込んだ。隣の夕張先輩は、静かにその様子を見守っている。


「……わたしは、知りたいです。怖いけど、どうしてわたしが今ここにいるのか……それをきちんと、自分の目で確かめたいです」


「ふむ……覚悟はあるようじゃな。であればこれ以上何も言うまい……バンブルビーよ。残りの出演者(キャスト)じゃが……」


「四大魔女が3人……ヴィヴィアンと櫻子が居るから、残りは1人だね。気は進まないけど、ほかに選択肢はないよ」


「で、あろうな」


 たった今櫻子が加わったことで、四大魔女の内2人は既にこの部屋に……あと1人、あと1人揃えば(レイヴン)崩壊のきっかけとなった日の真相を知ることが出来るかもしれない。


 残った四大魔女はアビス・オールドメイドか、ジューダス・メモリー。ちなみこれは二択ではなく一択だ。ジューダスをこの場に呼ぶことなど不可能なのだから。


 つまり、2人の会話からも察せる通り、かなり気は進まないがこの部屋に招かないといけない四大魔女は──


「──では、ブラックマリアを此処(ここ)へ」

 

「……へ?」

 

 一択だと思っていた答えは、ヴィヴィアンさんの口から出た名前は……全く想定外のものだった。一択どころか二択の範疇にすら入っていなかった人物の名前に、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。


「……なんで、マリア?」




* * *




 冷たい空気が頬を撫でて、白い息は吐いたそばから掻き消えてゆく。いったいここはどれ程の標高になるのか、崑崙山脈の頂きに幽玄と佇む巨大な御殿……崑崙宮の大門は、何度訪れても浮世離れした相貌を崩さない。

 前の方を歩く櫻子と夕張先輩が、何やら興奮げに話しているのが聞こえて来る。


「……大丈夫か?」


 大門へ向かって歩くメンバーが正面の崑崙宮に目をとられる中、列の最後尾を歩いていた俺だけが、1つ前を歩いていた人影が足を止めた事に気がついた。


「それ、どういう心配してるわけ」

 

「いや、色々……かな」


「……どれもタツモリには関係ないわよ」


 巨大な大門を前に足を止めたマリアは、吐き捨てるようにそう言うと再び歩き始めた。


(……どこからどう見ても、普通の魔女……なんだけどな)


──大門を抜けると、ヴィヴィアンさん達が練武場で横並びになっていた。彼女達の正面には、キーシャオさんとホアンさんに西王母さん……そして、空色の髪の魔女の4人。


 対する俺たちはヴィヴィアンさん、バンブルビー、バブルガム、櫻子、夕張先輩、俺の6人だ。


 タワーに残してきたラム達もここへついてきたがったのだが、西王母さんの仙術の特性上、見たい過去の出演者(キャスト)以外が増えすぎるとよくないのではと思い、留守番してもらっている。


「来たか。どれどれ、不殺卿に黒蜂(ヘイフォン)、借金チビに、眷属の召使い……後の3人は知らんな。桃花(タオファ)もアイビスもおらんとか何しに来たんじゃお前ら。スーパーアホなの?」


 相変わらずヨレヨレのジャージ姿の西王母さんは、俺たちを1人ずつ確認してそう言った。


「スーパーアホはそちじゃこの毒親め。その様子じゃとどうせ未だに娘共の(すね)を齧って生きておるのじゃろう。はよ自立しろ。ちなみに此方(こなた)らはきちんと出演者(キャスト)を集めてきたわ」


「ちょ、ホアン!? この自殺女、本座に対してウルトラ無礼なんじゃけど!! 何とかして!!」


「天仙大師匠、今のはヴィヴィアンなりの愛ダヨ! 皆が分かってるケド言いにくいコトをあえて言ってくれてるんダヨ!」


「むきいぃ!! 誰が追い討ちかけろと言うたのじゃ!!」


「追い討ち? 愛ダヨ?」


「もうヤダこの弟子全然話通じない!! キーシャオ何とかして!!」


「母上は毒親ですよ」


「キーシャオまでっ!?」


 西王母さんは髪を振り乱して奇声を発すると、ベタっと地面に崩れ落ちてべそをかきはじめた。毒親云々はよく分からんが、用がなければ極力会いたくない人ではある。


「──して、出演者(キャスト)は揃っていると言ったな。ヘイフォン、どいつが()()なのだ?」


 キーシャオさんはへたり込むジャージ女を無理やり立ち上がらせながらそう言った。実に察しのいい人だ……俺も見習いたいくらいに。


「この子……馬場櫻子がレイチェルです。で、こっちのスノウ・ブラックマリアがアイビス」


 バンブルビーに紹介されて、列から櫻子とマリアが1歩進み出た。櫻子は緊張しているのか、おずおずと頭を下げてつっかえながら自己紹介した。


 マリアは……ただじっとキーシャオさんを見据えただけで、ずっと黙り込んでいる。


「……なるほどな。やはり桃花(タオファ)は封印されていたのか。で、こいつは()()()?」


 やけに態度が悪いけど、いったい何様のつもりだ……と、なにもキーシャオさんはそういう意味で言ったのではないだろう。

 おそらくマリア自体に対して、()()()()()と訊ねたのだ。


「──ブラックマリアは400年前の(レイヴン)分裂時に、此方(こなた)餞別(せんべつ)としてアイビスに渡した()()じゃ」


 キーシャオさんの疑問に答えたのはヴィヴィアンさんだった。先程セイラムタワーでも聞かされた内容だ。


「……魔剣だと?」

 

「説明しよう。此方(こなた)の魔剣は一般的な魔剣とは違う。黒羽……つまり身体操作の魔法で作った身体の一部じゃ」


 ヴィヴィアンさんは言いながら手を伸ばした。伸ばした手のひらから、剣の切っ先が()()()()()、最後には地面に突き刺さった。

 突き刺さった剣は、ヴィヴィアンさんが指を鳴らすと赤黒い霧となって再び身体へ吸い込まれる。


此方(こなた)と出会って以降、常勝無敗のアイビスじゃが一度だけ死にかけた事があっての。四大魔女のセイラムを討伐しに行った(おり)、魔力を遮断された事が原因じゃった。故に、携帯できる魔力タンクとしてブラックマリアを譲ったわけじゃ」


「で、何故このようなことに?」


「さあの。確かなことは分からんが、強いて言うならばアイビスが規格外じゃったから……とでも言うかの。あやつがブラックマリアに魔力を込めたら、勝手に人型になったらしいのじゃ。ブラックマリアを作る為に使った身体は割合で言えば此方(こなた)の指の先程度じゃったが、アイビスが瞬間的に込めた魔力量が桁外れに莫大だったのじゃろう……許容量を越えて指先から身体が生えたとか、そのような想像しかできん」


「……なるほどな。つまりそいつはアイビス・オールドメイドの魔力で稼働する魔剣人形と言ったところか」


「その認識で構わん。素体こそ此方(こなた)じゃが、そやつを構成しておるのは殆どアイビスじゃ。充分本人の代わりになると思うが……不足かの?」


「……本座の仙術に必要なのは出演者(キャスト)。穿って言えば出演者(キャスト)の魔力じゃ。本人の魔力であれば、それが生き人形だろうが何だろうが構わぬわ」


「では何の憂いもないの。これで役者は揃ったわけじゃ」


 ヴィヴィアンさんは櫻子とマリアの間に進み出た。これで3人……四大魔女の内3人が揃ったのだ。


 しかし、素直に喜びきれない自分がいた。今回、マリアは強制的に参加させられた。というのも、いくらアビスの魔力で受肉したとは言え、結局のところヴィヴィアンの一部だったからである。


 黒羽で作ったカラスと同様に、マリアは常にヴィヴィアンの支配下にあるらしいのだ。いついかなる時も、何処にいようと、ヴィヴィアンが強く念じれば本人の意思とは関係なく行動を制御されてしまう。


 セイラムタワーに来た時も、マリアは意識が半分混濁したような有り様だった。そして有無を言わさずに此処へ連れてこられた。


 正直、マリアの境遇を知った俺は酷く悲しい気持ちになった。

 マリアは自分を作ったアビスに魔力を補給してもらわないと意識を保つことさえ出来ない。魔力が切れると自力では回復出来ず、アビスの魔力を補給する事でのみ回復が望める。


 あまりに特異な成り立ち故なのか、マリアにはマナを吸収する機能がそもそもないらしいのだ。


 そういった事を踏まえて思い返してみると、アイツが普段からアビスに対して過剰な忠誠心を示しているのは、唯一の生命線とも言えるアビスに見限られないようにしているからなのではないだろうか……まるで、親に捨てられる事を恐れる子供のように。


 そんなマリアを、俺たちはアビスに内密にして此処へ連れてきてしまっている。俺はその負い目を感じずにはいられなかった──


「──で、しれっと参加してるお前は何なのかな」


 隣に並んでいたバンブルビーが、キーシャオさんの隣に立つ青い髪の魔女に向かってそう言った。彼女に関しては、俺もずっと気になっていたのだ。


「やれやれ愚問であるな。大人気占い師系アイドルであるこのデイドリーム・フリーセルがだね、なんとななんとなななんと、あらゆる予定をなぎ倒して此処へ降臨したのだよ? そんなの、世界平和のために決まっているのだね」

 

「ナハハ! 愛ダナ!」


「そう。端的に言うと愛なのだね。いぇい」


 デイドリーム・フリーセル……腕を失ったバンブルビーを夕張先輩に引き合わせ、この崑崙宮へ(いざな)った予言の魔女。


 ずっとどんな魔女なのかと気になっていたが、実際に会った彼女は思っていたよりも神秘的なオーラを纏っていて、そして凄い無表情でダブルピースしていた──



 

 

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