290.「捜索会議と農夫の娘」
【辰守 晴人】
セイラムタワーで開かれた『レイチェル・ポーカー捜索会議』は、開始早々に難航していた。
バブルガムとヴィヴィアンはそもそもレイチェルが本当に生きているのか疑わしい態度で、それを納得させた後も結局めぼしい情報は誰も持っていなかったのだ。
「──むはぁ、そもそもレイチェルの奴はなーんで私ちゃん達から隠れてんだ?」
「バビーよ。それが分からんからここで頭を捻っておるのであろうが。そも、隠れておると決まった訳ではない。セイラムも言うておったように、何らかの方法で封印されている線もある」
「いかにも。我が思うに、レイチェル・ポーカーはジューダスに記憶を改竄されていると踏んでいる……勘だがな」
「そのジューダスが今魔女狩りに所属しているのであれば、農夫の娘も人形にされているのではないのか?」
「バベリアに1票だコノヤロウ。このイー・ルー様的にも、魔女狩りにいてくれた方がぶっ殺す大義名分が立つしなぁ」
「私が潜入して内部調査した時には、レイチェル・ポーカーなんて名前ちっとも見なかったけどね。まぁ、それはジューダスも同じなんだけど」
「むはぁ、記憶を改ざんされてんなら名前も変えられてんだろ。つーか名前どころか見た目が変わっててもおかしくねーし。変身付与の魔法もあるって聞いた事あんだよなー」
「……そうなってくると、いよいよ見つけ出すのなんて無理なんじゃないですか? 一体どうすれば──」
集まった10人がそれぞれ意見を出し合ったが、その結果はあまりいいものとは言えなかった。普通の人探しだって簡単じゃないのに、それが魔女だとなると尚更だ。
魔法が絡んでくる以上は、バブルガムの言う通り名前どころか姿形すら違う可能性もある。なんなら性別だって……そうなればもう、それは全くの別人だ。そんなの、誰にも見つけようがない。
「──魔法、だね」
「……ああ、魔法だな」
しばらく黙っていたバンブルビーとヒルダが、ぽつりと呟いた。全員の視線が2人に向けられる。
「記憶も見た目も魔法で変えられるかもしれないけど、魔法を変えることは出来ない筈だよ」
「そんな魔法、聞いたこともないからな。つまり、本気で探すなら追うべきはレイチェル・ポーカーの魔法だ」
「ふむ。現状ではそれが最良……というか、それしか残っておらんの」
ヴィヴィアン同様、他のメンバーも納得している様子だった。
「あの、レイチェル・ポーカーさんはどんな魔法を使ったんですか?」
魔法を追うとはつまり、レイチェル・ポーカーが使っていた魔法の足跡を辿るという事だ。わざわざそんな事を言い出すくらいだから、きっとありふれたものじゃなくて特別珍しい魔法だったに違いない。まずはその確認だ。
「レイチェルの魔法は身体強化が1級、それに黒羽という身体操作の魔法じゃ。此方が知る限りではな」
「身体操作に……クロバネ、ですか」
何だか妙に聞いたことのある魔法だった。もしかすると、誰かが使っていなかっただろうか。
「黒羽は此方の十八番にして超レア魔法じゃ。かつては此方以外では使えるものは1人しかおらなんだ……それがレイチェルだったんじゃが──」
言いながらヴィヴィアンは魔法を発動した。背中からメキメキと生えた黒翼が、両脇に腰掛けていたバブルガムとバンブルビーを抱き寄せるように包み込む。
「むはぁ、金属質なのに生暖かくて気持ちわりー」
黒い羽の隙間から顔を出したバブルガムは、うへーと舌を出した後、煩わしそうに羽を齧った。やめなさいおバカ。
「……これ、昔はヴィヴィアンとレイチェルしか使えなかったけど、今は鴉にも使える奴、いるんだよね」
バンブルビーは、目を伏せてそっと羽を触ると、ぽつりと呟いた。それを聞いて、俺もようやく記憶を掘り起こす事ができた。
「そういえば、櫻子がこれと同じ魔法使ってましたよね」
「そう。櫻子もそうだし、なんならスノウも使えるんだよ。辰守君と戦った時は使ってなかったの?」
「……え、ああ……あのカラスに変身するやつがそうだったんですか!」
レイチェル・ポーカーと同じ魔法を使える魔女が鴉に2人……珍しい魔法だとは言っているけど、この調子だと探せばあちこちに居るんじゃないのか。クロバネ使い。
「あのクソ忌々しい魔法……農夫の娘以外にも使えるやつがまだいやがんのか! そんな奴ら全員ぶっ殺してやる!」
「そんな事したら螺旋監獄に逆戻りになってしまうので、ルーはゼリーでも食べて落ち着いて下さい」
「なんだとシェリー!! オレンジがいい! オレンジあるか!?」
「ありますとも。それも果肉入りです」
「うへへ、やった!」
何やらトラウマでもあったのか、ルーがクロバネに拒絶反応を示してブチ切れたので、即座に鎮静剤を与えた。こういう時の為にセイラムタワーには大量のゼリーをストックしてあるのだ。備えあれば何とやらである。
「ちっ、憤怒の魔女ともあろう者がまんまと手懐けられおって……で、そのスノウとサクラコとかいう奴らは農夫の娘とは違うのだな?」
ゼリーをニコニコで頬張るルーを、憐れみのこもった目で見ながらバベリアがそう言った。この人、何だかんだ言ってちゃんと協力的なのちょっと面白いんだよな。動悸を無視すればだが。
「スノウは確定で違うよ。櫻子だって……そもそもヴィヴィアンの部下だったんだし、素性くらい調べてるでしょ?」
「むはぁ、調べるまでもねーだろ。櫻子ちんがレイチェルなわけねーじゃんね。けどまあ、一応は調べたんだよな?」
バンブルビーとバブルガム、2人の視線がヴィヴィアンに向かった。つられて他のメンバーもヴィヴィアンに吸い寄せられる。
「櫻子は此方の会社の募集に応募してきた訳ではない。なんか先祖返りの魔女がおるって聴いたから無理やりスカウトしたのじゃ。素性とかよく知らん」
──沈黙。
ハチャメチャなメンバーが集まった今回の会議、初めて連帯感のようなものを感じた。おそらく、ヴィヴィアン以外の全員が今似たような気持ちになっている。
「ちなみにその馬場櫻子だけど、私が調べた限りではかなり不気味よ。データ上では普通の一般人としての情報しか得られなかったけど……あの魔法の練度で17歳とか。ねえユウくん?」
「……はいお姉さん。今まで会ったどんな魔女よりも怖かったです」
ジーナと虎邸君がそう言った。つまりこの2人が魔女狩りに潜入している時に襲った相手というのは、櫻子の事だったわけだ。なんてことしやがる。
というか、これでは櫻子がレイチェル・ポーカーみたいではないか。さすがにないだろ。
「いやいや、しかしじゃ! 此方とて目が節穴なわけではない。櫻子には魔法の稽古も直々に付けたり、お泊まりで温泉とかも行ったんじゃからね!」
「むはぁ、だからなんだよ」
「え? うむ。だからなんなんじゃろうな……ていうか櫻子怪しくない? 此方ちょっと恐ろしゅうなってきたんじゃが」
狼狽え始めたヴィヴィアンをバブルガムがキレのあるツッコミで押さえ込んだ。ナイスだが、この流れだとマジで櫻子がレイチェル・ポーカーだという訳の分からん事になってしまうのでは?
(いっちょここは俺からも否定しとくか)
「いやいや、でもですよ!? 俺だって櫻子の事はよく知ってますけど、あいつがレイチェル・ポーカーなわけないですよ。高校生活で初めて出来た友達ですし、それにあいつ、めちゃくちゃご飯食べますからね!?」
「ラインハレト。だからなんなんだい?」
「え?……うん。だからなんだって話だよな。あれ……ていうか櫻子の奴、確か記憶が抜けてるとかって話を最近してたんですけど……めちゃ怪しくないかアイツ……」
「「それを早く言えよ!!」」
一同のツッコミが俺を襲った。まさかこの面子で俺がツッコまれる事態になるなんて……というか、記憶が曖昧な件はバブルガムもバンブルビーも知ってたじゃん!
いや、そんな事はどうでもよくて、今は櫻子の事だ──
──ガチャリ。
騒然としていたリビング。不意に廊下の扉が開く音がして、振り返ると龍奈が顔を覗かせていた。龍奈はリビングに集まった魔女達に少したじろいだような顔をして、しかし直ぐにいつもの調子で口を開いた。
「──バカハレ。コンビニ行こうと思ったら幸薄子がマンションの前に居たから、とりあえず連れて来たわよ」
「え、幸薄子って……櫻子の事か!?」
リビングに居た殆どの面々がギョッとして固まっていたが、ヴィヴィアンはジーナと虎邸君をタコの足みたいな触腕で巻き取ってソファーの後ろに素早く移動させた。
確かに、自分を襲った襲撃犯が部屋にいたらパニくるもんな。
そんなヴィヴィアンの判断の速さに感心する間もなく、龍奈の影からひょこりと櫻子が顔を覗かせた。
まさに今、話題の核心的人物の登場である。
「は、ハレ君? あの、お邪魔……してます……これ、なんの集まり?」
「櫻子……って、夕張先輩?」
おどおどした様子の櫻子の更に後ろに、ふわふわの金髪ツインテールが見えた。あの特徴的なパーツは夕張先輩で間違いない。
「おう、邪魔するぜ。つーか幸薄子で通じてんじゃねぇよ。百万歩譲って薄幸美少女だろうが」
夕張先輩はフンと鼻を鳴らしてリビングに入ってきた。櫻子も夕張先輩の後に続く。ていうか、言ってることは大差ないじゃないか。
「急に押しかけてごめんね。今……忙しいよね。絶対」
「いや、むしろタイミングとしてはよく来てくれたって感じなんだけど……ちなみに今日はどうしたんだ?」
「?……えっと、その……」
櫻子は言葉に詰まったように目を伏せた。見知らぬ魔女が集まっているこの場では言い難いことなのかもしれない……と思うや否や、夕張先輩が割り込むように口を開いた。
「今日アタシらはヴィヴィアンに話があったんだよ。約束すっぽかしてこんなとこに居るっていうから、わざわざ出向いてやったんだ」
「ひ、ヒカリちゃん! 言い方!」
「ああ、そういえばそのような話があった気がするのう……あれって今日じゃったの?」
「……お前、身体デカくなってから一層バカになったんじゃねぇのか」
とぼけた顔であざといポーズを決めたヴィヴィアンに、夕張先輩は呆れ顔だ。何となく親近感が湧いてきたぞ。先輩から振り回される側の人のオーラを感じる。
「ヒカリ。2人はヴィヴィアンにどんな用事だったのかな。差し支えなかったら教えて欲しいんだけど」
「おう、また会ったなバンブルビー……櫻子、いいか?」
問い掛けられた櫻子が、夕張先輩に静かに頷いた。
「櫻子の記憶の事でヴィヴィアンに聞きたいことがあったんだよ。いきなり言ってもわけ分かんねぇと思うけど、櫻子の身体には人格が2つあるかもしれなくてよ。それがどうも、鴉と関わりがあるみたいで……って、なんだよお前ら。なんか目が怖ぇんだけど」
ずっと勝気な雰囲気だった夕張先輩がたじろいだ。無理もない。なにせ集まった全員が食い入るように2人を見ているのだ。
「……あ、あの、もしかしてなんですけど……わたしの事、何か知ってるんですか? その、もう1人のわたしが誰なのか……」
櫻子は不安と期待が入り交じったような表情でそう言った。俺たちはおそらく全員がその答えを既に持っていたが、しかし、なんと言ったものか。考えていると、ルーがガチャンっとゼリーの乗っていた皿をテーブルに置いた。
言うのか。本人に言ってしまうのか、と。事情を察している全員が、ルーの方を見た。
「櫻子とか言ったなテメェコノヤロウ」
「は、はい」
「お前の正体はなぁ……農夫の娘だ!!」
一同沈黙。
どれくらい固まっていたのか、しばらくしてから、櫻子が無言で首を傾げた。
「……まあ、そりゃそうなるよな」




