289.「空回りと集結」
【馬場 櫻子】1月3日
──夢を見た。
遠い遠い、ここでは無いどこかで、誰かと話す夢。白銀の髪を月明かりになびかせた……とても綺麗な人の夢──
「──おい、櫻子。大丈夫か?」
「え、ああ、うん。ごめんね……なんかぼーっとしちゃってた」
バス停でバスを待っている間に、気がつけば昨日見た夢のことを考えていた。ヒカリちゃんはわたしの顔を心配そうに覗いている。
「……最近そればっかだぞ。アタシじゃ力になんねぇかもだけどよ、話くらいは聴けるから……その、なんだ──」
ヒカリちゃんが、何だか少し困ったように言い淀んだ。
「昨日ね、夢を見たの」
「……夢?」
ヒカリちゃんがわたしをずっと気にかけてくれているのは、一緒に居て痛いくらいに伝わっている。そんな優しいヒカリちゃんを、これ以上得体の知れない事態に巻き込んでいいのか……悩みもした。
けど、やっぱり素直に頼ることにした。理由なんて分からないけれど、世界中でただ1人、ヒカリちゃんにだけはずっと素直でいたいと、そう思えたから。
「夢っていうか……たぶん記憶、なのかな。わたしじゃないわたしの」
「どんな夢だったんだ?」
「……銀髪の綺麗な人と、何か話してたの。内容は殆ど思い出せないんだけど……裏切り者って言葉は、うっすら覚えてる」
「裏切り者……か」
今朝起きた時まだいくらか鮮明に思い出せた夢の内容は、もうすっかりモヤがかかってしまっていた。夢なんだから当然と言えば当然だ。
けど胸の奥で、それは本当は夢ではないのだと……根拠はないけど確信をもって告げる何かがあった。
「話してくれてありがとな。櫻子。あのバカが頼りになるかは分かんねぇけどよ……アタシがついてるから」
「うん。ありがとう。心強いよヒカリちゃん」
そう言うと、ヒカリちゃんは『へへ、そーだろー!』と笑った。
その顔を見ていると、なんだか胸の奥が詰まるような、息苦しいけど嫌じゃない……そんな不思議な感覚を覚えた。
* * *
──事務所に到着して直ぐに、なんとか絞り出したわたしの勇気は空回りした。
「──え、ヴィヴィアン社長居ないんですか?」
「……馬場 櫻子。夕張 ヒカリ。アポは?」
「取ってたに決まってんだろうが八熊ぁ。あと毎回毎回フルネームで呼ぶんじゃねぇよ」
「八熊さんだ。お前こそ毎回毎回言わせるな……あのバカだが、さっき出かけたところだ」
わたしの記憶の件……昨日1日ヒカリちゃんとも話し合って、結局皆に打ち明けることにした。エミリアちゃんやカルタちゃん……それに魔女狩りを匿ってるカノンちゃん達のことを考えると、本当に『今』なのかって気持ちも当然あった。
けど、『今』のわたしがこれから先もこのままでいられる保証なんて何処にもないのだ。
温泉合宿の時みたいに、急にわたしがわたしじゃなくなってしまうかもしれない。そしてそれは、明日起こらないとも限らない……。
そう思うと、後悔が残るようなことはしたくなかったのだ。残念なことに、早速出鼻をくじかれちゃったんだけど。
「……くそ、ヴィヴィアンのやつ電話でねぇぞ!」
「だろうな」
デスクに寄りかかってタバコを吸っていた八熊さんが、傍らに置いてあったスマホを指でプラプラらとつまみ上げた。画面にはヒカリちゃんからの着信通知……。
「だーくそ! 携帯電話を携帯しねぇやつマジで嫌いだ! ちなみに好きなのは櫻子!」
「……え、うん。誰もそんなこと聞いてないよヒカリちゃん」
「あのバカを呼び出したのは鴉の奴だ。確かセイラムタワーに向かうとか言っていたか……」
「……あぁ? どこだよそれ」
「ヒ、ヒカリちゃん。わたし、その場所知ってる……と思う。たぶん」
ヒカリちゃんはキョトンとした顔をして、直ぐにどこが納得がいったような目になった。何となく察してくれたみたい。
「……えっと、ヒカリちゃん。一緒に来てくれる?」
「当然。櫻子の行きたい所が、アタシの行きたい所なんだぜ」
ヒカリちゃんは即答して、私の肩を肘で小突いた。この手の返しにはもう慣れちゃったつもりでいたけど……なんだか顔が熱くなってしまった。
* * *
【辰守 晴人】
──バブルガムとヴィヴィアン・ハーツをここに呼ぶと決めてから、俺たちの行動は早かった。
俺はラムの魔眼で喫茶店までワープして、そこから鴉城へ。そしてバブルガムに事情を説明してセイラムタワーにトンボ帰り……。
出発してからものの15分程でセイラムタワーに帰ってきた俺だったが、既にヴィヴィアン・ハーツは部屋に居て、トマトジュースを飲んでいた。
到着の速さにも驚いたが、そんな事はどうでもよくなるような事があった。というのも、居座る彼女を見た時に、俺はヴィヴィアン・ハーツだと直ぐに気づけなかったのだ。
何故なら、以前見た時と姿が変わっていたからだ。
鴉城にカラスの姿で現れ、その後は幼い少女の外見をしていた彼女は、今やすっかり成熟した姿になっていた。
幼い姿の面影は確かにあるが、なんというか一目では気づけないくらいには変貌していた。こう、胸とかお尻とかが特に……。
「──邪魔しておるぞ坊。それにしてもなかなか良い所に住んでおるではないか。此方感心しちゃったのじゃ」
「そ、それはどうも。ゆっくりくつろいで下さい……」
とは言ったものの、ヴィヴィアンは既にリビングのソファーに深く腰掛けて、何故か姉狐……もとい、ジーナに肩を揉まれていた。なんでだよ。
「おいメイド。もっと力を入れてしっかり揉まんか。ろくに使えぬ腕ならぶら下がっておっても邪魔なだけであろう。いっそ切り落としてやろうか?」
「……く、こ、このくらいかしら〜?」
ジーナは目の下をヒクヒクさせながらヴィヴィアンの肩に指をめり込ませている。まじでどういう状況だよ。
謎の光景に面食らっていると、ラムがひょこっと傍に寄ってきて、俺に耳打ちをした。
「ジーナが魔女狩りに潜入してたって言ってただろ? どうもその時に任務で不殺卿の部下を襲撃したらしくてさ。それがバレちゃったんだよ」
「……なるほどな」
ヴィヴィアン・ハーツの部下というとつまり、櫻子や夕張先輩達の事だ。
ということは、ジーナは姉狐として温泉街かクリスマスイヴ……あるいは両方の襲撃に加担したのだろう。
そりゃあんなふうになっても仕方ない。
いや、寧ろあれじゃあ生ぬるい方だろう。なにせ櫻子達は殺されかけたわけだし。何なら俺とフーだってあの日の被害者だからな。直接ジーナになにかされた訳じゃないけど、温泉街での襲撃はお世辞にも楽しい思い出とは言えない。
「──むはぁ、ざっくり話は聞いてたけどマジで意味わかんねー状況だな。晴人〜私ちゃんに黙ってこんな楽しいことしてたのか〜?」
「いだだだ! ちょ、やめてくださいバブルガム!」
カオスな空間を見たバブルガムが、冷ややかな目線を浴びせながら腕をつねってきた。未だこいつの怒るポイントが絶妙に分からん。
「はい。みんな揃ったし一度席につこうか。とりあえず自己紹介ね」
パン、と手を打ち鳴らしたバンブルビーがそう言うと、リビングに会した一同がそろそろとソファーに腰掛けなおした。さすがバンブルビーである。
集まったメンバーは、鴉から、俺、バンブルビー、バブルガムの3人。
そして俺が螺旋監獄から引き取った、ルー、バベリア、ラムの3人。
さらにそのラムの部下であるヒルダとジーナ、連れの虎邸君の3人。
最後に四大魔女のヴィヴィアンを入れて総勢10人……殆どが一騎当千の化け物じみた強さの魔女達だ。
「キヒヒ、この面子でやる事が農夫の娘の捜索とはな。世界征服の方が有意義ではないのか?」
バベリアが冗談混じりにそう言った。
かつてバベリアが所属していた七罪源はたったの7人でフランス征服を企んでいた。その話を最初に聞いた時は正直馬鹿馬鹿しいと感じていたが……なるほど、確かにいざ自分が当事者側に入ってみると納得がいった。
(……マジでやろうと思えば出来ちまうんじゃないのかよ。世界征服──)




