287.「ロードと秘密②」
【辰守 晴人】
──デートの時、バブルガムから聴いた情報。それはジューダス・メモリーが記憶を操作する魔法を扱うことができるというもの。
ジューダスはロードだったわけだし、そんなすごい魔法メンバーが知っているのは当然だと思っていたが……どうやらそうでもなかったらしい──
「──はいそうです。バブルガムから聴かされたのはそれくらいですね……」
「そう。あいつ、ずっと隠してたのか……」
俺はジューダスの魔法について知っている限りのことを皆に説明した。話を聞いたバンブルビーは複雑そうな様子で、それは隠し事をしていたバブルガムに対してただ怒っているとか、そんな単純な雰囲気ではなかった。
「……今だから言いますけど、バブルガムが俺との婚約を決めたのも、俺から魔女狩りの情報を引き出せると思ったからみたいです……本人は誰にも知られずに調査したい、みたいな事言ってましたし」
「相変わらずめちゃくちゃだね。バブルガムはバブルガムなりに目的があるんだろうけど……あいつ、ああ見えて1人で抱え込むタイプだから」
バンブルビーは呆れたように微笑んで「まあ、俺も他人の事は言えないんだけどね」と付け足した。
「提案なんですけど、こうなった以上はもう皆で協力した方がいいんじゃないでしょうか。各々最終的なゴールは違うのかもしれませんが、きっとレイチェルの捜索は通らなければいけない共通ルートだと思うんです」
「僕もラインハレトに賛成かな。記憶操作の話が本当なら、直ぐにでも見つけて押さえないと厄介な事になると思うよ」
「余もあの農夫の娘を見つけるというなら協力してやろう。なに、心ばかりの礼をせねばならんからな」
「そういう事ならアタシも手を貸すぞシェリー。この数百年、ただ暇だから鍛えてたわけじゃねぇ」
かなり物騒な意見が若干……というか過半数を占めているが、一応皆俺の意見には賛成してくれた。
「分かった。じゃあバブルガムにここに来るように連絡するよ。それに……ヴィヴィアンにも」
「はい。どのみち西王母さんの所へは招待しないといけませんからね……ちなみに、それを言うとあと1人の四大魔女は──」
「……アビスは、ギリギリまで保留したい。レイチェルが生きてるって分かったらどうなるか分からないし……それに、アイツ抜きの方法は一応考えてるから」
* * *
【馬場 櫻子】
──自分の身に起きている事を解明する。そう決意した矢先に、その話は舞い込んできた。
エミリアちゃんが生きている──
事務所に呼び出されたわたしとヒカリちゃんは、ヴィヴィアン社長から聞かされに言葉に絶句した。
事務所には社長と八熊さんの他にも、魔女協会からマゼンタさんが来ていて詳しい話を順序立てて説明してくれた。
先に来ていたカノンちゃんは、わたし達よりも1日早く事態を把握していたらしい。
もう取り返しがつかない。そう思っていたエミリアちゃんの喪失は撤回された。それは飛び上がって喜ぶくらい嬉しい事の筈なのに、実際にはそうはならなかった。
なぜならエミリアちゃんの身柄は今現在、魔女狩りにあるからだ。それも、記憶を改ざんされてわたし達の敵として……。
色んな感情がぶつかり合って、胸の奥からモヤモヤしたものが湧き上がってくる。それが自分の感情なのか、それとも別の誰かのものなのかは判別がつかない。
そして、頭を抱える話はそれだけでは終わらなかった。エミリアちゃんの生存……たとえどんな形でも、絶対にそれを知らなければならない人物が失踪してしまった。
つまり、カルタちゃんが。
カルタちゃんは、年が明ける頃には既に魔女協会から姿を消していたらしい。書き置きはあったみたいだけど、居場所や目的は書かれていなくて足跡を辿る手がかりにはなり得ない……とマゼンタさんは言った。
その後は、エミリアちゃんの身柄を取り返す為に部隊が編成されるとか、難しい話を沢山説明されたけど……わたしの頭はとっくにパンクしてしまっていて、話はほとんど入ってこなかった。
「──大丈夫か、櫻子」
「……え、うん……大丈夫だよ。ごめんね、なんか色々一度に聞かされてぼーっとしちゃってたみたい」
マゼンタさんが事務所から魔女協会へ帰った後、ソファーに腰掛けているとヒカリちゃんが心配そうに声をかけてくれた。深い緑の瞳に映り込んだわたしは、酷く情けない顔をしているように見えた。
「無理もありませんの。私も最初に聞いた時はパニックを起こしそうになりましたもの」
「……さもあらん、ってな。悪い、ちょっとモクやってくる」
ヒカリちゃんはソファーから立ち上がると、ポケットをゴソゴソしながら八熊さんが居るデスクの方へ行ってしまった。
ヒカリちゃんはいつの間にかタバコなんて吸うような不良少女になってしまったのである。まあ、魔女は17で成人扱いらしいから法的には問題ないみたいなんだけど……絵面はひどい。
「……あの、それでカノンちゃん……その、魔女狩りの人は大丈夫なの?」
マゼンタさんからの話では、エミリアちゃんの生存と同じくらい驚くものがあった。それがカノンちゃんが魔女狩りを匿っているという話である。それも、どうやらその魔女狩りと交際しているらしい……私の頭がパンクしているのは、半分くらいはそのせいだ。
「テンとオルカさんのことですの? それならなんの問題もありませんわ」
「ならいいんだけど……ちょっと心配になっちゃって」
「心配には及びませんの。というか……私に言わせれば櫻子の方が心配ですの」
「え、どうして?」
「自覚ありませんの? 今に始まった事ではありませんけれど、情緒不安定というか挙動不審というか……最近までもっと他人に気安い態度だったと記憶していますわ。名前、呼び捨てのままで構いませんのよ?」
「……ああ、それはその……なんて言うか……ううん──」
私はまだ一月分の記憶が丸々喪失している事をカノンちゃんには話していない。カノンちゃんにはというか、ヒカリちゃんとハレ君以外には打ち明けていないのだ。
わたしの知らないわたしは、随分と皆と打ち解けていたらしい……。
「何か事情があるようですが、話せる時に話してくれればそれで構いませんの。貴女にはヒカリがついていますし、きっと大丈夫ですわ」
「カノンちゃん……」
きっとカノンちゃんだって誰かを気遣う余裕なんて無いはずなのに、それでも暖かい言葉を掛けてくれたのが嬉しくて……同時に悩みを打ち明ける勇気がない自分が情けなかった。
「あのね、もう少ししたら自分の中で整理がつきそうな事があって……そうしたら、聴いて欲しい話があるの」
「ええ。きっと力になりますわ。ですから、櫻子も私が困った時は頼みますわよ?」
カノンちゃんはいたずらっぽく微笑んでそう言った。
「うん。もちろん」
「では、早速一つ相談してもいいですの?」
「……? うん。なぁに?」
カノンちゃんは急に神妙な顔になって、わたしに囁くように耳打ちした。
「ヒカリのタバコ、辞めるように言って貰えませんこと? 煙たくてかないませんの」
「……それは、たしかにね──」




