286.「ロードと秘密①」
【辰守 晴人】
──バベリアの出所手続きは流れるように進んだ。彼女の所有権はバンブルビーからバブルガムに譲渡されていたらしく、それをさらに俺に譲渡してもらう形で引受人となった。
続けざまに囚人が出所してヘリックスは歓喜していたが、俺としては複雑な気分だ。なにせ自分の腕に命を縛る3つ目の刻印が刻まれてしまったわけで……正直言って、かなり重い。
そして現在、俺とバブルガムとバベリア、そして城の補修を終えたバンブルビーとくっついて来たフーの5人はセイラムタワーに集結していた──
「──久しいなイー・ルー。それにセイラムよ」
「バベリアァ……てめぇも出てきやがったのかコノヤロー」
「ククク、500年ぶりだな我が友よ。監獄の住み心地はよかったか?」
「……ラム、お前も最近まで豚箱に入ってただろ。何カッコつけてんだよ」
「んなぁ!! なんで言っちゃうんだよラインハレトー!! ちょっと空気読んでくれないかい!?」
早速騒々しいが、バンブルビーがさっさと話を始めたそうにしているので俺は3人をたしなめて席に座らせた。
ちなみにフーと龍奈には席を外してもらっている。今回の件はあの二人に関係ないし、巻き込みたくないからな。
だが、呼んだつもりは無いが当然のようにヒルダと姉狐……もといジーナは席に座っていた。まあ、別にいいんだけど。
「──さて、今回集まって貰ったのは皆に聴きたいことがあるからなんだ。担当直入に言うけど……レイチェル・ポーカーの生死についてだよ」
バンブルビーは途中言葉を詰まらせたが、小さく深呼吸してから言い切った。
「んー、ちょっと待っておくれよ。生死についてって……レイチェル・ポーカーって今 鴉にいないの?」
「ラムちゃんが螺旋監獄に入っちゃった何十年か後、仲間割れで殺されたって事になってるのよ。それもジューダスにね」
誰にともなく投げられたラムの疑問を、ジーナが流れるように拾って投げ返した。さすが邪悪なるメイド 兼 参謀である。
「ほへー! そんな事になってたんだね……って、ちょっと待った! あの怪物が──」
「あの農夫の娘が殺されただぁ!? そんな事あるわけねぇだろバカヤローてめぇこら!!」
「ちょっと、ラムちゃんのセリフさえぎらないでよ!……ああもうほら、ラムちゃんのテンションがだだ下がりよ」
ジーナがラムの頭をわしわしと撫でながら言った。ラムは不貞腐れたような表情でそれを受け入れている。
「おいラム!!」
「うへぇ!? な、なんだいヒルダ……!」
「お前は会話に割り込まれたくらいでいちいち傷付いているのか?」
「……うぅ、ご、ごめんなさい……」
「だが、そこが好きだ!!」
「うへぇ! 怒ってるのかと思ったら僕のことめちゃくちゃ好きなだけだった!!」
「あら、なんだか懐かしいやり取り……で、ラムちゃんは何て言おうとしてたの?」
「僕もイー・ルーと同じさ。レイチェルが死ぬなんてありえないでしょ」
俺とバンブルビーは顔を見合せた。ラムとルー、2人とも嘘をついたりしているような様子ではなかった。そもそも、そんなことする理由もないだろうし……。
「キヒヒ。貴様らの面を見る限り、あの農夫の娘は自分の力を仲間にも隠していたらしいな。所詮カラス共も烏合の衆だったというわけだ」
「お前たち、いったい何を知っている」
バンブルビーが静かに口を開いた。やはりバベリアも知っているらしい。同じ鴉のメンバーであるバンブルビーですら知らない、レイチェルの“秘密”を。
「バベリア様頼みます。知っていることを教えてください」
「頼まれずともそういう契約だ。話してやるとも。いいかよく聞け。レイチェル・ポーカーは特級の再生魔法持ちだ。貴様らのところの不殺卿と同じくな」
──なんとなく、そんなような気はしていた。
西王母さんがレイチェルの生存をチラつかせた時から、俺は心のどこかでレイチェル・ポーカーは生きていると確信めいたものを感じていた。
きっと、バンブルビーもそうだったんじゃないだろうか。そして、だからこそ考える。もし本当に死んだ筈の彼女が生きていたとするならば、そんな魔法みたいな話があるのなら……否、それこそが魔法によるものに違いないのだと──
「友達だからってバベリアの肩を持つわけじゃないけどさ、本当の話だよ。あの日僕はレイチェルと戦ったんだ。君も知ってるだろ?」
“あの日”……というのは、アイビス率いる鴉の魔女数名がラムを討伐しに行った時の事を言っているのだろう。
その中にレイチェル・ポーカーがいたという話は俺もバンブルビーから聴いて知っている。
「僕は本気でレイチェルと戦ったさ。赤雷で身体を丸焦げにして、カタストロフで胴体を真っ二つにした後斥滅の魔眼で吹き飛ばした。けどあっという間に再生したよ……いや、あれは再生なんて生温いもんじゃないね。完全に不死だったよ」
「アタシもあの農夫の娘の心臓を一刺しにしてやったんだ。したらあのヤロウ……死んだフリして不意打ちを……だぁあ、まじでムカつくぜあのクソ農夫の娘ぇ!!」
ラムとイー・ルーは過去の話を語った。レイチェル・ポーカーの不死を裏付ける話を……それはにわかには信じられないような、常軌を逸した内容だった。
「余はジューダスをこの魔眼で支配下に置き、レイチェルを殺すように命じた。豚の餌と見分けがつかぬ程に切り刻んで川へ捨ててやったが、それでも奴は死ななかった。であるから、奴の生死が不明などと、ちゃんちゃらおかしい話だ。奴は生きている。必ずな」
丸焦げ、真っ二つ、心臓を一突き……そして細切れ。3人の証言を聴いたバンブルビーは複雑な表情で俯いている。亡くなったレイチェル・ポーカーの補佐官だったらしいし、きっと色んな感情が渦巻いているに違いない。
「……バンブルビー、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ。えっと……ホントに、ホントにレイチェルは生きてるん……だよね」
バンブルビーは困惑した顔でそう言った。微かに手が震えているのが見えてしまったから、俺は彼女の手をそっと握った。
「きっと生きてます。一緒に探しましょう……俺に出来ることは何でもしますから」
「うん……ありがとう」
瞳を潤ませたバンブルビーが微笑んだ。こんな風に笑ってくれるなら、もっと彼女が笑えるようになるのなら、俺は何だってしてあげたくなるのだ。
「では、レイチェル・ポーカーは生きている……という前提で話を進めます。現在、彼女の居場所について心当たりのある人はいますか?」
決意を新たに、俺はラム達に問いかけた。
「んー、僕はずっと監獄にいたから力になれそうにないね」
「このアタシもだ。悪いなシェリー」
「農夫の娘なのだから、畑でも耕しているのではないのか?」
ダメ元で聴いてみたが、やはりこの3人に居場所が分かるはずもなかった。
(……まあ、だよな)
「ちなみに魔女狩りには居ないわよ。私の知る限りでは、だけどね」
「……そうか、ジーナさんは魔女狩りに潜入してたんですもんね」
思いがけず新たな情報。少なくとも魔女狩りには居ないらしい……けど、良く考えればそれはそうだ。
(裏切ったジューダスが魔女狩りに居るんだから、レイチェルが居るはず無いもんな)
「私の知る限りでもレイチェル・ポーカーが生きているなどという話は耳にしていない。仕事柄、魔女協会に属していない魔女の情報はそれなりに入ってくるのだがな」
「……ヒルダさんのところもダメですか」
となると、レイチェルは鴉を抜けてジューダスの裏切りを受けたその後……ずっと身を隠し続けている事になるのか。あるいは、何処かに囚われている……とか?
「うーん。難しいね……レイチェル程の魔女、何百年も囚えておくなんて不可能だろうし……これはきっと本人が隠れ潜んで生きてるってのが濃厚じゃないかな」
「さすがラムちゃん! 私も同じこと考えてたわ!」
「クハハ、私はサッパリだった。さすがラム、そこが好きだ」
ジーナとヒルダがラムを挟んで褒めちぎる。ラムのやつは満更でもなさそうに顔をだらしなく緩めてやがる。
「えへへ、僕凄いだろ〜! そうだなぁ……名探偵のラムちゃんは、もうすこし捻った推理もあるんだよね〜」
「ほんとか? じゃあ名探偵のラム、その捻った推理も是非聞かせてくれ」
大袈裟にリアクションをとってそう言うと、ラムは「まっかせなさーい!」とノリノリで椅子から立ち上がった。実に乗せやすい奴である。
「こほん、まずだよ? レイチェルと実際に戦った僕の所感から言うと、アイツは裏切られて何百年も息を潜めてられるような女じゃないと思うんだよね」
「……それについては、俺も同意見だ」
ずっと静かに話を聴いていたバンブルビーが、ボソッと口を開いた。元補佐官もこう言っていることだし、ラムの話は今のところ的を射ているようだ。
「じゃあ何でレイチェルの存在が何百年も明るみに出ずに今日まで来ちゃったのかって事になるんだけど……これってさ、封印されてるんじゃない?」
「「「封印?」」」
その場にいたほぼ全員がハモった。
「レイチェル・ポーカーは強いうえに不死……本当は殺したかったけど殺せなかったとしたら、僕ならそうするもん。例えば螺旋監獄みたいな空間魔法系の魔法式を開発して──」
「……ちょっと待てよラム。手段はまだ置いといて、つまりお前はジューダスがレイチェルを封印してるって言いたいのか?」
「可能性としては高いんじゃないかな? だって最後の足取りはジューダスにレイチェルが裏切られたところまでなんでしょ?」
なるほど。確かにラムの話には妙に説得力がある。ような気がする。なんだか俺が釈然としないのは、きっと情報が少なすぎるせい……なんだろうか。
「あの、バンブルビー……よければでいいんですが、ジューダスがレイチェルを裏切った理由とかって──」
「……うん。本人は、自分じゃなくてアイビスと婚約したからだって……そう言ってた」
「……なるほど」
(ゴリッゴリに痴情のもつれじゃねえか。いや……けど待てよ?)
「でも不思議ですよね。ジューダスって記憶を操作する魔法が使えたんですよね。だったらレイチェルの記憶を操作して自分に惚れさせるとか出来なかったんでしょうか」
以前バブルガムから聴いた話を思い出して、ふとそう思った。記憶の改ざんが出来るのに、どうして意中の相手を殺す以外の選択肢を選べなかったのだろうか……と。
しかし、俺の素朴な疑問はこの部屋を何故か凍りつかせた。
誰からも返事がないから不思議に思って見回すと、皆口をつぐんだまま、怪訝な顔で俺を見ていた。
「……晴人君。記憶を操作する魔法って、なんの事?」
「……もしかして、全員知らないんですか?」
俺は理解した。かつて鴉に在籍していたロードで、秘密を抱えていたのはレイチェル・ポーカーだけではなかったのだということを──




