284.「バブルガムと面会」
【辰守 晴人】
──ブラッシュがバンブルビーに殴り飛ばされた後、俺とバンブルビーはそれぞれ二手に別れる事になった。
イースが爆発させた部屋の補修をするバンブルビーと、バブルガムにあの件を話す俺……という具合に。
そして現在、俺はバブルガムの部屋で無声映画を流し見しながらマッサージ師の真似事をしていた。
「……お客さん、結構凝ってますね。よく重たいものとか持つんですか」
「むはぁ、訓練すんのに魔力始動なしで魔剣振り回したりするからなーそれかもー」
ベッドの上でうつ伏せになる彼女は、気持ちよさそうにそう言った。
「で、そろそろいいですか」
「むふぅ? なんだ晴人。私ちゃんのプリチーボディーに触って我慢できなくなっちったのかー?」
「そうじゃなくて、大事な話があるって言ったでしょ。バブルガムがマッサージしてくれたら聞いてやってもいいってさっき……」
「あーそれな。むふふ、忘れてたじゃんねぇ! てへぺろー」
「それ、ブラッシュ真似するのやめて下さい。まじでイラッときます」
舌をぺろっと出したバブルガムをジロっと睨むと、彼女は身体を起こしてベッドに座り込んだ。
「むはぁ……別に、私ちゃん浮気の事とか気にしてねーから謝んなくてもいいよ」
「それは……ごめんなさい。俺が悪かったです」
「むはぁ、だから謝んなくていいってばさぁ」
「……まあ、それでですね……大切な話っていうのは、それとはまた別件なんです」
そう言うと、バブルガムは不思議そうに眉をひそめて首を傾げた。灰色のツインテールがふわりと揺れる。
「俺とバンブルビー、一昨日から崑崙宮に行っていたじゃないですか。それで、今日そこで西王母って方に会ってですね……」
「むはぁ、あのケチケチババアか! 金貸してって頼んでも全然貸してくれねーヤなやつだ!!」
「それはただ西王母さんが懸命なだけでは……まあ、とにかくその方ですね。その西王母さんの魔法をたまたま知る機会があったんです」
「むへぇーどんな魔法だったんだ?」
「過去を、振り返る事ができる魔法です」
「……なんだと?」
バブルガムの声色が変わった。キレた時にも聞いたことのある、低くて冷たい声……いつものおちゃらけた表情も、どこかへ失せてしまった。
「バンブルビーは西王母さんの魔法のことを知って、400年前の事件を調べようとしています。ですが、魔法で過去を振り返るためには、その過去に関わった出演者が必要なんです」
「で、私ちゃんってわけか。デイドリームのやつ……ここまで視えてやがったな」
バブルガムは呆れたようにそう言った。なんだか、仕草とか表情とか、いつになく大人びて見えるのは俺の気のせいなんだろうか。
「話ってのはそれに参加しろってことか」
「はい。その通りです。けど、それとあともう一つあって……西王母さんが言うには、その……四大魔女のレイチェル・ポーカーさんが、たぶんまだ生きてるって──」
「──おい。それ、バンブルビーの前で言ったのか?」
「え、はい……西王母さんがですからね! 俺じゃないですよ!」
レイチェル・ポーカーの名前を出した途端に、肌を刺すようなどす黒い殺意みたいなものがバブルガムから溢れ出したのを感じた。
こいつ、普段ちゃらんぽらんな分マジで怒るとめちゃくちゃ怖い。というか、なんだって怒ってるんだよこいつは。
「……むはぁ、どういうつもりだあのババア。けど……もしそうなら──」
「あ、あの……バブルガム? 大丈夫ですか?」
「おい晴人。出るぞ」
「はい? あの、出るってどこへ?」
「むはぁ、螺旋監獄だ」
* * *
──魔女という存在の隠匿。元々はその為に集い、活動していた組織……それがハイドである。
魔女至高主義の過激な連中は彼女達の理念とは対極に位置し、それを管理する為に共生主義を謳っていた鴉と手を組み、多くの魔女達を螺旋監獄へと収監してきた。
つまり、螺旋監獄には鴉のメンバーと刃を混じえた凶悪な魔女達がわんさかひしめいているわけなのである。
「──これはまた、珍しい組み合わせだな。再三の呼び出しにも応じなかったお前が顔を出すとは……ようやく聖血の魔女の身柄を引き取る気になったのか? バブルガム・クロンダイク」
「むはぁ、誰だそいつ。そんな訳ねーだろ」
「では、貸していた金を返しに来たのか?」
「……むへ!? いや、そんな訳ねーだろ!」
「だろうな」
赤と黒の混じった髪を二つ括りにした魔女、ハイドの“裁定人”ヘリックス・ワーデン。厳格な性格と強力な空間魔法故に、螺旋監獄に関する一切を取り仕切っている。そして──
「……なるほど、では辰守 晴人との馴れ初めから初デートまで、内容をこと細かく聞かせに来てくれたのだな!! 少し待て、メモとボイスレコーダーを持ってくる!!」
「いや、そんなわけねーですね!!」
「……なんだ、違うのか……」
──そう、この女……ドが着くレベルの恋愛脳である。全体的に素晴らしい人格者なのに、この残念な恋愛脳だけが唯一にして最大の短所というか……神が与えたエラーというか……。
「むはぁ、ぐちぐちうるへー! 今日は面会に来たんだ。さっさとあの気持ちわりー魔法出せ!」
「ほう、面会に来たのか?」
「え、面会に来たんですか?」
「……二人して似たような反応すんじゃねー。監獄に誰か来たら普通は面会だろーが!」
バブルガムの言うことはもっともだ。普通はそうだよな。しかし言ってる本人が“普通”じゃないからな。なんていうか、借金の人って感じだし。
「面会なら拒む理由もない。で、誰の所をたずねるのかね?」
「むはぁ、それはなぁ──」
〜螺旋監獄〜
──コツコツコツ……と、バブルガムと2人で螺旋階段を1段ずつ上がってゆく。ルーやラムのカウンセリングでもう何度も登った階段だけど、やっぱりまだこの独特の雰囲気には慣れない。
「……むはぁ、居るな」
「え、分かるんですか?」
階段を登りきった扉の前で、バブルガムが呟いた。実質7階構造のこの塔には、どのフロアに収監されている魔女が居るかは扉を開けてみないと分からない……筈なのだが。
「むはぁ、面倒くさそうな気配が扉越しに漏れてんじゃんね」
「ほんとですか? 全然分からないですけど……」
バブルガムに顎で促されて、俺は扉に耳をくっ付けたりして中の様子をうかがったが……まったく分からない。
「むはぁ、入りゃ分かんだろ。ほれ!」
瞬間、背中に物凄い衝撃が走って、視界が一瞬明滅した。何かが壊れたような物凄い音……すぐに事態を把握した──
(……っ、バブルガムのやろう……俺ごと扉を蹴り開けやがった……!!)
あまりの激痛に声も出ず、掠れるような息を吐きながらよろよろと頭を上げた。
「……おっと」
部屋の奥に魔女が居た。彼女は一糸まとわぬ姿でバスタブの前に立ち、俺を凝視していた。
何が起きたかさっぱり分からないといった表情が、段々と歪み始める。
「は、初めまして。言いたいことは分かりますが、まずは落ち着いて下さい。これは誤解で──」
「──き、貴様、この怠惰の魔女 バベリア・ビブリオ・ヴーヴリット・ヴェルボ・バーン様の湯浴みを覗くとは何事だぁ!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
物凄い勢いでバスタブが飛んで来て、俺は意識を失った──




