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280.「崑崙宮と西王母⑩」


【辰守 晴人】1月3日


「──それにしても昨日は驚いタ。結婚控えテルって言ってたのに部屋に行っタラあんな事してるカラ、不倫でもしてるのカト勘違いしそうにナッタヨ……というカ、房中術の修行するならワタシも誘ってほしかっタヨ!」


 崑崙宮に来てから今日で3日目……ホアンさんの大声は、食堂中に響き渡っていた。周りの仙女達が、チラチラと俺とバンブルビーの方を見てニヤついている。


「……えーっと、ホアンさんも得意なんですか……房中術」


「いいや? ワタシはまだした事ないカラやってみたかっただけダヨ!」


「そうなんですね。じゃあ俺でよければ後から……あ痛たたたた!?」


「……2人とも、くだらないこと言ってないでご飯は静かに食べようね。鼻取っちゃうよ」


「……すびばせんでした」


 結論から言うと、昨日俺とバンブルビーはいわゆる男女の仲になった。酔った勢いとか雰囲気に飲まれたとか、言い訳はいくらでもあるけど事実は一つだ。


 それは、バンブルビーが俺を好きで、俺もバンブルビーを好きになった、ということ。


 我が事ながら、自分の節操のなさにはほとほと呆れ返る。人間何事にも慣れるっていうけど、俺の場合は良くない方向に進んでいる気がしてならない。


 そろそろスカーレットに氷漬けにされた後、イースに消し炭にされそうだ。なんなら追加で龍奈に昇竜拳もくらいそうである。


 しかしまあ、怖いことを考えるのはよそう。今はバンブルビーと両想いだという事実をゆっくり噛み締めたい。


「……そういえば、昨日のお酒はどうなったんですか? まだ残ってましたよね」


「ああ、そういえばそうだね。どうなったのホアン」


「ンン? ワタシは知らないヨ。起きタラもう無くなってたカラ、バンブルビーが片シタのかと思ってタヨ」


 俺とバンブルビーは顔を見合せた。昨日は酔ったバンブルビーを部屋に連れ込んで……じゃなかった、連れて行って、そのまま夕方まで2人っきりだった。


 酔い潰れた仙女達と共に食堂に放置された酒が、こつ然と姿を消すなんて何かがおかしい。


 その“何か”が、妙に喉に引っかかったのだ。


「……探しに行こうか」


「そうですね。行きましょう」


「ワタシはまだ食べるヨ」


 こうして、俺とバンブルビーは消えた酒探しを始めた。が──


「バンブルビー、どうしていきなり食料庫に?」


「酒が消えた理由は多分盗まれたからだよ。師匠は匂いを嗅ぐのも嫌だろうし、崑崙宮の仙女達は軒並潰れてたでしょ。つまり、外から入ってきたやつの仕業ってこと」


「外から入ってきた奴が、酒を盗んで食料庫に?」


「……昔っから盗み食いとかするやつは、なんでか食料庫に集まるんだよ。飛んで火に入る夏の虫……ってね!」


 バンブルビーが、御殿の裏手にある食料庫の扉を勢いよく押し開けた。


「……なんと、これは……」


「……はぁ、だと思ったよ……」


 食料庫の中には、酒の壺に寄りかかってスナック菓子を食い漁る女がいた。


「──いやはや、この『辛マッチョ』美味すぎじゃ……本座(ほんざ)の味覚にディスティニーマッチしとるんじゃが……ってなんじゃ貴様らァ!?」


 黒いロングヘアに出るところは出た身体、ヨレたジャージに身を包んだ若い女は、俺とバンブルビーに気づくなり声を荒らげた。


「……久しぶりだね娘娘(ニャンニャン)。相変わらずそんな事して……恥ずかしくないの?」


「はぁ〜!? 本座に向かってなんちゅー口の聞き方じゃしー!……って貴様ヘイフォンか!? 久しぶりじゃのー元気しとったか?」


 なんだか、第一印象からビンビンに感じとってしまった。バブルガムと似たような、あまり深く関わってはいけないオーラを……。


「おいそこの貴様! 貴様はなんじゃ! ヘイフォンの召使いか何かか?」


「まあ、そんなもんですね。俺は辰守 晴人というものです。どうぞよろしく」


「え? ああ、どうもご丁寧にの……って、なぁに本座に気安く触っとるんじゃ! 人妻ぞ! 本座人妻ぞ!?」


 ジャージ女は1人で地団駄踏んで大声を上げた。たいへん近寄り難い人である。


「バンブルビー、この気の毒な方とお知り合いなんですか?」


「残念なことにね。師匠のお母さんだよ」


「ああなるほど。キーシャオさんの……ええええ!?」


 俺は目の前のジャージ女を改めて見た。ボサボサの髪にヨレヨレのジャージ、口の周りはお菓子のクズが着いていて……いやしかし、よく見ると確かにキーシャオさんに顔立ちが似ていた。


「なんじゃ貴様、キーシャオは本座の可愛い7人の娘の1人ぞ! なんか文句あるんか! おお!?」


「いえ、文句はないです……確かにキーシャオさんに似て美人ですね」


「……え、美人って本座のこと?……あの、結婚する?」


「人妻なんですよね?」


「……はて、そんな設定もあったかのう」


 とぼけた顔でとぼけた事をいう“本座”さんに、俺とバンブルビーは冷ややかな視線を送った。


「……こほん、崑崙宮(こんろんきゅう)へよくぞ参った。我が名は……ええっと、色々あるが、通りがよいのは王母娘娘(ワンムーニャンニャン)西王母(シーワンムー)じゃな。ハイパー偉いので敬うように」


西王母(シーワンムー)様」


「なんじゃ?」


「なぜハイパー偉い方が食料庫で盗み食いを?」


「んな、人聞きの悪いことをぬかすな! 本座はただ賞味期限が迫った菓子を処理していただけじゃし!」


 俺は西王母さんの周りに散らばっているお菓子の包装紙を拾い上げた。


「賞味期限……まだまだ先ですね」


「……本座達の時間の流れで言うと、数カ月や数年などほんの一瞬じゃもん……」


 やってる事も言ってることもいよいよバブルガムみたいである。この人、本格的にダメな人だと認定してよさそうだな。


「辰守君、まともに取り合ったら疲れるよ。コイツはヴィヴィアンとバブルガムの悪いとこ取りしたような女だから」


「なにぃ! 聞き捨てならんなぁ! 自決女と借金女と一緒にするでないわ! 本座アイツらよりもウルトラ強いんじゃからね!? 仙術も独創的で(みやび)じゃし!」


「……それがタチ悪いって言ってるんだよ」


 バンブルビーは大きくため息を漏らした。


 この西王母さん……関わりたくない気持ちも大いにあるけど、それと同じくらいどれだけ凄い魔法が使えるのかも気になった。


「あの、西王母様。参考までにお聞きしたいんですけど、例えばどんな雅な魔法……仙術をお使いに?」


「そんなほいほい教えるかバカタレ! と言いたいところじゃが、西王母様という敬称の気持ち良さにすこぶるゴキゲンな本座は教えちゃうんじゃな〜これが」


 そう言い終わるや否や、西王母さんは指をパチン、と打ち鳴らした。


──指から発した西王母さんの魔力は、水面に出来た波紋のように広がり、俺達を包み込んだ。


「……え? なんだよこれ……」


 俺は自分の目を疑った。


 というのも、今の今まで食料庫にいたはずなのに、目の前には森が広がっているからだ。見渡すと、傍には小さな滝があり、川が流れ、そして一面に壺がびっしりと置かれていた。


 転移魔法の類いだろうかと一瞬疑ったが、おそらく違う……まるで夢の中のように、自分の見ている景色に言いようのない現実味のなさを感じるのだ。


 バンブルビーの方を見ると、彼女も周囲をキョロキョロ見回して困惑している様子だった。


「──どうじゃ貴様ら。これが本座のスーパー雅な魔法“追憶百戯(ついおくひゃくぎ)酒池(しゅち)酔酔(よいよい)神仙境(しんせんきょう)”じゃあ!!」


 背後から聞こえた西王母さんの声……やけに快活なその声の方に振り向くと立派な着物に身を包んだ、とても美人な女の人がいた。


「……誰?」


「なにぃ!? さっき名乗ったばかりじゃろうが! 西王母じゃ西王母!!」


「えぇぇ!?」


 ジャージ着たボサボサの引きこもりニートみたいな西王母さんはどこに行ったんだよ!!


「おい娘娘ニャンニャン、これはどういう仙術なんだ。説明しろ」


「よかろう。口の利き方を知らんアホのヘイフォンにも分かるように、アルティメット分かりやすく説明するのじゃ。この仙術は、本座の近くに居る者の意識をこの神仙境に飛ばすことができるのじゃ」


「……意識をってことは、俺たちは実際にはここに居ないんだね?」


「その通りじゃ。神仙境(ここ)も今の貴様らも現実ではない。夢の様なものじゃと思っておいてかまわん。で、ここは一種の酒蔵のようなものでのう、飛ばされた者の“過去”が酒となって壺に詰まっておるのよ……」


 西王母さんが手を伸ばすと、何も無いところから柄杓(ひしゃく)(さかずき)が現われた。

 西王母さんはその柄杓を使い、手近にあった壺から酒をすくい上げて小さな杯に注いだ。

 1つ、2つ、3つ……ちょうど3人分の酒が杯を満たし、俺たちに配られた。


「それでは、干杯じゃ」


 グイッと酒を飲み干した西王母さんを見て、俺とバンブルビーは少し躊躇ったが、それでも結局酒を喉に流し込んだ。

 未成年だけど、夢なら別に問題ないだろう。


(……うわ、なんか変な味……不味くはないんだけど──)


「……ん?」


 口の中に広がる妙な味に困惑していると、いつの間にかまたもや視界が切り替わっていた。

 神秘的な森から、崑崙宮の居室へと。そして──


「──ごめんね……みっともないとこ見せちゃって」


「気にしないでください。俺はバンブルビーの補佐官ですから」


「……はは ……お給料、はずまないとね」


 やけに聞き覚えのある声と会話……そして目の前の光景に、俺は愕然とした。


「……嘘だろ」


「こ、これって昨日の……」


 俺だけじゃない、バンブルビーも驚愕のあまり目を見開いている。


 しかし、それも仕方の無いことだ。なにせ、今俺とバンブルビーの目の前には、()()()()()()()()()()()のだ。


「──俺、バンブルビーの普段の頑張りはちゃんとわかってますから。俺だけじゃなくて(レイヴン)の皆も……だから、せめて補佐官の俺には目いっぱい頼って下さいね。そうでもしないと、お返しもできませんから」


 目の前の“俺”がそう言った。昨日、俺がバンブルビーに言ったセリフを。


「──じゃあ……甘えていいの?……」


 今度はバンブルビーだ。ただし、俺の隣に居るバンブルビーではない。()()()()()()()()()が目の前でそう言ったのだ。


「──クックック、どうじゃ貴様ら。これで分かったであろうが……本座のハイパー雅な仙術が」


「過去を、見返せる……のか……」


「凄い……ですけど、ちょ、コレそろそろ止めないとたいへんな事が始まってしまいますよ!?」


 西王母さんの魔法の正体は分かったし、確かに凄い能力なのは間違いないのだが、このままこの過去を見続けるのはマズイ。

 何がマズイって、この後俺とバンブルビーが他人にはとても見せられないような事を始めてしまうからだよ!!


「……おい娘娘(ニャンニャン)。能力は分かったからもう消せ」


「……ん〜? もうよいのか?」


──パチンッ!


 西王母さんが再び指を打ち鳴らすと、視界がパッと切り替わって食料庫に戻った。急に世界が現実味を帯びたせいで、重力に身体がふらついてしまう。


「どうじゃどうじゃ! 本座の仙術ヤバかろ〜? 他にこんな仙術使えるやつおらんじゃろ〜!?」


 ジャージ姿でボサボサ髪の西王母さんがそう言った。たしかに凄い魔法だ……身だしなみって大事なんだなと、改めて認識させてくれる。


「──これ、どのくらい前の過去まで遡れるの……」


 隣から聞こえた声色に、俺は思わずギョッとした。とても静かで落ち着いた声なのに、バンブルビーから感じたことの無いようなドス黒い雰囲気を感じてしまったからだ。


(……なんだ? なんで急にそんなこと……)


「どのくらいも何も、産まれた瞬間まで遡れるに決まっとるじゃろ」


「……仙術に掛かった本人の過去を見れるのは分かった。なら、その過去に第三者が登場した場合はどうなる。どんな風に見えるんだ」


「今しがた本座達が見た過去のように、2人で体験した過去を見るには、その当事者……出演者(キャスト)を2人神仙境に招く必要がある。もちろんどちらか1人だけでも体験した過去には変わりないのだから見れないということは無いが……クオリティが落ちるのは必然であろうな。貴様の言う第三者、つまり出演者(キャスト)ではあるが神仙境には招けなかった人物についてはそういう事じゃ。姿にモヤがかかったり、言葉の輪郭がボケたりするじゃろうよ」


 バンブルビーと西王母さんのやり取りは非常に難解で、その質問をしたバンブルビーの意図もよく分からなかったが、とりあえず何となくの概要は掴めた。


 まず、西王母さんの魔法は言わば“超体感型映画上映”みたいなものだ。

 例えば俺とフーと龍奈の3人でモールに買い物に行った過去……その過去を神仙境で上映しようと思えば出演者(キャスト)である3人が神仙境に行き、3人の記憶が混ざった酒を飲まなければならない。


 もしオレと龍奈、あるいは龍奈とフーだけみたいな出演者(キャスト)に欠員有りの組み合わせで神仙境に行ったとすると、俺たち3人の過去を見ることは不可能では無いが、欠員の1人分“過去上映”の再現性が落ちる……という解釈でいいはずだ。


「……あの、バンブルビー? 何か思い返したいことでもあるんですか?」


 深刻な顔で黙り込んでしまったバンブルビーに、俺は恐る恐る声をかけた。彼女の周りの空気は何だかピリついていて、気安く肩に触れたり出来るような雰囲気ではなかった。


「──あの日……」


 俯いたまま、絞り出すようにバンブルビーが言葉を吐き出した。


 俺と西王母さんは、静かに続きを促した。



「……あの日、レイチェルが城を出て行った日……あの日城にいた奴らをお前の元へ連れてこれば、何があったか分かるんだな?」



──背筋に寒気が走った。



 初めて感じたバンブルビーの殺気。それももちろんのことながら、ここ数日の道筋が1人の女に誘導されていると確信してしまった事の方が空恐ろしかった。


『崑崙にて待ち人あり。酒の土産を忘れぬように』


 西王母がどこまでも過去を見返せる魔女だというならば、いったいデイドリーム・フリーセルという魔女は、どこまで未来を見通すことが出来るのだろう──





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