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277.「崑崙宮と西王母⑦」


【辰守 晴人】


──崑崙宮とは建物自体の名を指すと同時に、組織の名前としての意味も兼ねているらしい。


 つまり、(レイヴン)七罪原(プレアデス)魔眼同盟(イーヴルアイズ)魔女協会(セラフ)やハイドのように、崑崙宮(こんろんきゅう)もまた魔女組織なのだ。


 ちなみに、中国(こちら)では魔女のことは魔女と言わず、仙女や妖女と呼ぶらしい。めちゃくちゃざっくり言うと、良い魔女は仙女で、悪い魔女は妖女……そんな認識らしい。


「──で、今から会うのは仙女の方ね。俺の師匠でもあるし、とても立派な方だよ」


「だからハイドがルート確保してるわけですね」


「そういうこと。師匠は螺旋監獄(ヘリックス)に妖女を何人も収監してるからね。視察とかの兼ね合いで特別に転移魔法式を設置させて貰ってるんだってさ」


「……そんな話、今初めて聞いタヨ」


「たぶん、ホアンが毎年走ってくるのが面白かったから黙ってたんじゃない?」


「……ナルホド、愛ダナ」


(……なにが?)


 現在、俺たちは崑崙宮の御殿(ごてん)を視界に収めて立っていた。背後は切り立った崖で、それなりに標高があるので、中国独特の険しい山々を一望できる景色は圧巻の一言だった。


「さて、じゃあ行こうか。お酒持ってきたけど、師匠怒らないよね」


「バンブルビーが言うカラ持ってきたんダヨ!? 師匠がキレてもワタシ知らないからナ!」


「……なんか既にこじれ始めてる気がしますけど大丈夫ですよね? キーシャオさんでしたっけ、仙女だからいい人なんですよね?」


 2人のやり取りを聞いて猛烈に不安が込み上げてきた。バンブルビーとホアンさんの師匠ってことは、きっとこの2人よりも強いって事だ。まずそんな存在が既に恐ろしいのに、それにキレるとかいうワードがくっついているのはひじょうに物騒である。


「ああ、心配しなくてもいいよ。キーシャオ師匠はそれなりにまともな人だから。気をつけないといけないのはむしろ……」


「──それなりにとはどういう意味だ。ヘイフォンよ」


 俺とバンブルビーとホアンさん、全員が声の方に振り向いた。その人は、なんの気配もなく気がついたらそこに居た。


 ずっとホアンさんが片手で持ち上げてたデカイ壺……その上に腰掛けていたのだ。


(……いつの間に……さすがバンブルビーの師匠だな……)


「それにこの酒……100年も会わないと私の酒嫌いも忘れてしまうのか? 薄情な弟子め」


 壺から地面に降り立ったキーシャオさんは、ジロっとバンブルビーを見据えた。


 黒いウェーブのかかったセミロングの髪は、最近の流行りを捉えたセットで、身にまとっている衣服も普通に街中を歩いていても違和感のないオシャレな服だった。


 正直言ってもっとこう、仙女感のある人を想像していたから、なんだか肩透かしを食らった気分だった。まあ、仙女感ってなんだよと言われれば説明はできんのだが。


「師匠の酒嫌いは忘れてませんよ。今日は新年の挨拶に来たんです」


「そうか。そういえばそっちでは今日はもう正月だったな」


「……ああ、中国(こっち)では旧正月が正月……っていうか春節なんでしたっけ」


「そういうことだ……というかお前は誰だ。何故ここにいる」


 なんだか自然に会話に混ざれそうなきがしたが、やっぱりダメだった。キーシャオさんは眉をひそめて俺の顔を見つめた。


「初めまして。辰守 晴人です。(レイヴン)の新人でバンブルビーの補佐官をしています」


「ふむ、よかろう通してやる。酒は要らんが土産話は楽しみだ。その腕と……そこの男前の話は特にな」


 キーシャオさんは寒風に髪をなびかせながら、スタスタと御殿(ごてん)へ向かって歩き始めた。


「師匠は歓迎するってさ」


「なるほど。いい人ですね」


「愛、ダナ!」




* * *




 崑崙宮と書かれた巨大な看板を掲げた門を抜けると、門の向こうからも見えていた巨大な建物が現れた。


 新都の中華屋の方の崑崙宮は、これを元にして建てたんだとすぐに分かったが、やはり本家は規模も外観の威厳も桁違いだった。


 何百年という歴史の風にさらされて尚、風化していない偉大さ、力強さ……そんなものを感じる建物だった。


((レイヴン)城も凄いけど、こっちも負けてないな……)


 御殿の中に入ると、やはり内装もかなり凝っていて、フーが昼に見てる中国の武侠ドラマに出てくるような世界観そのままだった。


 きっとフーを連れてきたら大興奮する事間違いなしだ。


(もしキーシャオさんと仲良くなれたら、フーを連れて見学に来てもいいか聞いてみようかな)


 キーシャオさんの私室に招かれた俺たちは、輪切りにした大木をそのまま加工したようなテーブルを囲んでいた。塗り重ね、磨き抜かれたニスの光沢の向こうに、幾重もの年輪が透けて見える。

 いちいち何でもかんでも壮大にしないと気が済まないのか。


 席に着くと、すぐに次女のような人がお茶を持ってきた。若くて綺麗な人だしきっと魔女なんだろう。崑崙宮(こんろんきゅう)のメンバーの内の一人ってところか。


「どうもありがとうございます」


 目の前にお茶を置いた女性にお礼を言うと、彼女は少し驚いたような顔をした後、すぐにパッと微笑んで去っていった。腕についていたブレスレットの鈴が綺麗な音を響かせて、消えていった。


「──では、話を聞かせろヘイフォン。そうだな、まずはその腕からだ」


 お茶を一口飲んだキーシャオさんは、待ちきれないという風にバンブルビーに話しかけた。


 バンブルビーはキーシャオさんに最近あった出来事を丁寧説明し始める。


「……あの、ホアンさん」


「ン、どうしタカ?」


「なんでキーシャオさんはバンブルビーのことヘイフォンって呼ぶんですか?」


 中国屋の方でも確かフーロンがそう呼んでて、ちょっと気になっていたのだ。


「ああ、アレは師匠に弟子入りした時に天仙様が呼びやすいように付けたあだ名ダヨ」


「……天仙様?」


「師匠の母君ダヨ。凄い長生きの仙女で色んな呼び方されてるヨ。九霊太妙亀山金母、瑶池金母、王母娘娘……あとは西王母とかダヨ」


「おお、王母娘娘(ワンムーニャンニャン)とか西王母(シーワンムー)は聞いたことありますよ。まさか実在していた方だったとは……」


 よくよく考えてみれば、魔女の存在が正式に認知されだしたのはほんの20年前だ。けれども魔女自体はそのずっと前から居たのだから、歴史に語り継がれるような伝説的な存在……その正体が魔女だったとしてもなんの不思議もないのだ。


 小さな疑問がすっきり解消したので、俺はホアンさんとのヒソヒソ話を切り上げてバンブルビーとキーシャオさんの方に意識を戻した。


「──なるほどな。お前を瀕死に追い込むほどの魔獣……いや魔人か。それに……“天下一剣”はやはり生きていたか」


「……はい。今アイツは魔女狩りと行動を共にしているようです」


 どうやら話はバンブルビーが倒したという化け物じみた強さの魔獣と、裏切りの魔女 ジューダス・メモリーの話になっているみたいだった。


 口ぶりから察するに、キーシャオさんもジューダスの事は知っているらしい。“天下一剣”とか言ってるし。


「ふむ、あの胡散臭い星読み……名はなんと言ったか」


「デイドリーム・フリーセルです」


「そいつに導かれてお前は腕を取り戻し、そしてここへやって来た。運命を味方に付けたようだな」


「だといいのですが。それは師匠次第です」


「いいやお前次第だヘイフォン。私にはお前が今、分岐点に経っているように見えるぞ」


「……デイドリームもそんなことを言っていました。どん底から這い上がる機会が巡ってきたと」


「それが失った腕を得て、私から力を得ることか? その力をもって天下一剣に復讐を果たし、それでお前は満足か?」


「……なにが言いたいんです」


 途端に空気が張り詰めた。誰も殺気を漏らしたり、魔力を放出して威圧したりもして居ない。ただ、バンブルビーの発した言葉に、隠しようのない不満が滲み出ていたのだ。


「私からの弟子への助言は、過去ではなく今を見つめろという事だけだ。無論、お前の道を歩くのはヘイフォン……お前だがな」


 俺とホアンさんは、静かにバンブルビーの様子をみ守った。デイドリームの予言の話は俺も聞いていたけど、明確なことは言っていなかった。


 酒を持って崑崙へ行く。その結果どうなるのか、きっとそれが今まさに決まろうとしているのだ。


 バンブルビーが運命に身を任せた結果、幸せになるのか不幸になるのかは誰にも分からないのだから。


「……アイツを殺すまでは、俺の時間は止まったままです。前に進むためにこそ、俺はアイツを殺します。だから、力を貸してください師匠」


 バンブルビーは、しっかりとキーシャオさんを見てそう言った。その目に迷いは無く、憎しみだけに染まってもいなかった。


「バカ弟子め。さっさと着替えてこい。練武場へ行くぞ」


 キーシャオさんは呆れたようにそう言うと、俺たちを残して部屋を出ていってしまった。心做(こころな)しか、少し喜んでいたように見えた気がする。


「……ありがとうございます。師匠」


 そう小さく呟いたバンブルビーも、色々とふっきれたみたいだった。今朝の騒動から良くぞここまで持ち直したものだと賞賛したい気持ちでいっぱいだが、そんなことしたらまた凹み始めるかもしれないので触れないでおく事にする。


(……キーシャオさん、怖そうだけどいい人だったな)


「……?」


 不意に、隣に座っていたホアンさんに、肘で肩を小突かれた。


「……愛ダナ」


 またこれか。まあ、でもたしかに俺はたった今、キーシャオさんとバンブルビーの間に確かなものを感じたばかりだ。師弟(してい)の間に結ばれた、特別な絆を。


「……愛、ですね」



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