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27.「福引きとスポンジ」


 【辰守晴人】


──学校を休み始めてから早五日。思えばバイトも学校も無く、家でゆっくりとまとまった時間を過ごすなんて初めてかもしれない。


 常日頃時間に追われていると、不意に転がり込んだ暇の使い方が分からなくて困る。


 休み始めの月曜に、龍奈が一週間分の食事と称した大量の冷凍食品とカップ麺を持ってきたため、俺は買い物にすら行っていない有り様で、完全に引きこもり状態だ。


 やることといえば、家事をしたりフーと一緒にテレビを見たりするくらいのものだった。


 しかし今日、俺にはどうしても家から出なければならない用事があった──



「……ふくびきけん?」


 フーは俺の手に握られた紙の束を、興味深そうに見つめて首を傾げた。


「商店街で買い物すると貰えるんだ。これがあると福引っていうのができてな、色々な物を貰えたりするんだ」

「へえ、私も福引したい!」

「だろ? この福引、有効期限が今日までなんだよ。龍奈はなんかよくわからんが家からは出るなとか言ってたけど、ちょっと福引しに行くくらい問題無いだろ」

「そうだよ、私もハレと学校行ったりお出かけしたいもん!」


 フーはこの数日で日常会話は完璧にマスターしていた。きっと誰が話しても違和感は感じないだろう。


「よし、じゃあ久しぶりに出かけるか!」

「やったぁ! オシャレしないとだね!」


 そう言ってフーは二階へ階段を駆け上がっていった。最近はテレビのタレントを見て、この服を着てみたいだの、この髪型にしてみたいだのと、オシャレというやつにも関心が出てきたみたいだ。


 しばらくして、再び階段をドタドタと駆け降りる音が聞こえてきた。もう用意が出来たのかと俺は視線を階段へと向けた。


「ハレ、中に着る服なんだけど、どっちの色が上着に合うかなぁ?」


 視線の先には、下着姿でベージュとボーダーの服を両手に持ったフーが立っていた。ちなみに下着は上下淡いピンク色で目に眩しい、じゃなかった。目に毒だ。


「ば、バカ、だからそんな格好で人前に出たらダメだって言ってるだろ!」

「別にハレになら見られてもいいもん。私ハレのこと好きだから!」

「ふざけてないで、いいから早く服を着ろ!」


 俺は視線を逸らして頭を抱えた。フーはここ一週間で恐ろしく成長したけど、こういうところは正直困る。何が困るって、好きとか言われて満更でもない自分がいるところが非常に困る。


 一つ屋根の下に住んでいる以上、俺がそういう感情を抱いてしまうのは良くない。フーを保護したのは断じて下心があったわけでは無い、と言い切れなくなるし。


「ハレ、もしかして照れてるの? 別に見てもいいんだよ?」

「おい、それ以上こっちに近づいたら今日は留守番してもらうからな!」


 背後から床の軋む音が聞こえてきたから慌てて牽制した。しかし今振り向けば下着姿の金髪美少女が──いやだめだ、誘惑に負けるな辰守晴人!


「そんなに邪険にしなくてもいいのに、なんか自信無くしちゃうなぁ」


 フーがそう言うと、足音は俺から遠ざかっていってしまった、じゃなかった。遠ざかっていった。


 落ち込んだような声だったけど、少し言いすぎただろうか。透き通るような白い肌に上品な金髪、そして抜群のプロポーション。気を落とさず自信を持ってほしい、じゃなかった。ちゃんと節操を持ってほしい。ほんと。




* * *

 




 久しぶりの外は、冷たい外気すら清々しく感じた。やっぱり引きこもってばかりだと気分も滅入ってくるものだ。


 フーは初めて訪れる商店街に興味津々という様子で、目に入る店全てに突進するような勢いだ。


 仮病を使って学校を休んでいる手前、一応俺とフーは帽子を目深に被ってマスクを付けている。誰がいつ見てるかなんて分かったもんじゃないからな。


「ほら、着いたぞ。どうやら俺の目当てのブツはまだ残ってるみたいだな」

「目当てのブツ?」


 商店街の真ん中あたりに、長机をいくつか並べて作られた福引スペース。壁に貼ってある商品は一等から六等まであり、三等だけが赤色のペケマークが入っていた。


 俺が狙っているのは二等の最新型掃除機だ。家にある掃除機は音だけ馬鹿みたいにうるさいくせに全然ゴミを吸わないのだ。


 俺が持っている福引券は三十九枚。三枚で一回使えるから、十三回分あるということだ。今日が最終日だし、ハズレ枠の五等六等もかなり数が減っているはずだ。


「いいか、フー。俺の目当てはあの二等の最新型掃除機だ。あれがあれば俺が掃除機かけてる間もテレビの音がちゃんと聞こえるぞ」

「うそ、ガーガー言わないの!?」

「嘘じゃない、まあ見てろ。俺の幸運の右手を!」


──結果は惨敗だった。


 さっきまでかたわらで見守っていたフーは、気がつけば六等の六個入りスポンジを大量に抱えており、スポンジのキャンペーンガールみたくなっている。


 途中、恥を忍んでガラガラを回す手を幸運の右手から普通の左手に変えてみたりしたのだが、結果は変わらずスポンジ、スポンジ、スポンジ……。


 幸運の右手とか言った奴誰だ。責任者出てこい。


 そんなこんなで残す福引券はとうとう一回分になってしまった。


「ねぇハレ、私もガラガラ回したいな」


 道ゆく人にスポンジを配っていたキャンペーンガールがそう言った。


 掃除機に目が眩んで忘れていたが、フーはガラガラなんてしたこと無いはずだし、最初からさせてあげればよかった。


「悪いフー、ついムキになっちまってた。後一回分しかないけど、それでもいいか?」

「いいよ、やりたいやりたい!」


 フーは抱えていたスポンジの山を放り投げ、俺から福引券を引ったくって係の人に渡しにいった。よっぽどガラガラしたかったんだな。


 俺が地面に散らばったスポンジ達を集めていると、背後からカランカランッ! という鐘の音が響き、『おめでとうございます! 大当たりです!』という声が耳に飛び込んだ。


 俺は首が折れるんじゃないかという勢いで振り返り、集めたスポンジを放り出してフーの元へ駆け寄った。


「あ、ああ、当たったんですか!?」

「はい、おめでとうございます! 一等の伊里江いりえ温泉ペアおもてなし宿泊券でございます!」

「……一等、ですか?」

「ええ、大当たりの一等でございます!」


 俺の中での大当たりは最新型掃除機だったため、てっきりそれが当たったのかと早とちりしてしまった。名状し難い感情が胸の中を行ったり来たりしている。


「……」

「ハレ、嬉しくないの?」


 振り向くと、フーが怪訝な目で俺の顔を見上げていた。その目を見た瞬間、最新型掃除機なんてどうでもよくなった。


「嬉しいよ、嬉しいに決まってるだろ!? 一等だぞ一等! 二等よりもすごいんだ!」

「えへへ、良かった! 私一回で当てちゃったんだから、すごいでしょ!」


 少し照れたようにはにかむフーは、天使のように愛らしかった。文化遺産とかにならないのかこの笑顔は。


「すごいなんてもんじゃねえよ、俺なんて十二回ガラガラして大量のスポンジを錬金しただけだからな……」

「ハレ、これからは私の右手を幸運の右手って呼んでよね!」

「ははぁ〜仰せのままに」


 かくして当初狙っていた最新型掃除機は手に入らなかったものの、温泉のペアチケットをゲットした。



* * *   




「──しかしよく見るとこれ凄い豪華な内容だな、このチケットだけでマジで手ぶらで行けるぞ」


 帰宅してから先程フーが当てた温泉のチケットとパンフレットを見てみると、高級旅館の一番高価なコースが無料で、しかも二泊。


 食事と温泉はもちろんのこと無料で、しかもこのチケットが施設内で五万円分の金券扱いになるらしくお土産も買い放題だ。


 おまけに伊里江温泉というと、新都の施設だ。つまりめちゃくちゃ近い。電車とバスを乗り継いで一時間かからないだろう。


「温泉行きたい! いつ行くの?」


 ソファに腰掛ける俺の隣に、フーが飛び乗って来た。学校はズル休みしているにしても、バイトが休みなのは神の思し召しとしか思えない。しかもちょうどあと二日だし。


「じゃあ、明日から土日で温泉行くか!」

「やったー! 湯けむり殺人事件だー!」

「物騒だな!」


 龍奈には家から出るなと言われているけど、これはもう仕方ない。仕方ないよね? 土日の間におそらく龍奈が訪ねてくるだろうし、書き置きくらい残していくことにする。


 電話とかしたら絶対に止められるだろうし。意味はないかもしれないけど、龍奈の分のお土産は多めに買っておくことにする。回し蹴り二発が一発になるかもしれないし──


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