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276.「崑崙宮と西王母⑥」


【辰守 晴人】


 “もう殺してくれ騒動”の後、俺は何とか気を取り直したバンブルビーと話をしていた。龍奈やルー達には、ひとまず元いた部屋に帰って待機してもらっている。


「──なるほど。つまり、ブラッシュが全部悪いって事ですね」


 バンブルビーの口から語られた話を要約すると、ブラッシュが嘘をついたのが事の発端だった。


 その嘘というのは、俺がバンブルビーに好意を抱いており、間もなく告白するつもりだ……というとんでもないものだった。


 そのせいで一緒に新都に出向いた時からずっと、バンブルビーと俺の間で食い違いが起きていたのだ。


 そして一つ一つの些細な食い違いや誤解が積み重なった結果、最終的には「もう殺してくれ」になった訳である。


 しかし、全てを聴いた上で……否、全てを聴いたからこそ分かる捨て置けない事実があった。


──それは、“バンブルビーが満更でもなかった”……という事である。


 ブラッシュに騙されていたとはいえ、そもそも今回の騒動はバンブルビーの好意が俺に向いていないと成立しないのだ。なにせ、コンドームを片手に全裸待機してたわけだからな。しかし──


「……どうしよう。俺、城に帰ってブラッシュの顔みたら……殺すかもしれない」


 この様子を見て「っていうか、バンブルビー俺の事好きなんですか?」なんて聞けるわけがなかった。


「……まあ、あいつは最低過ぎますけど、さすがに殺しはまずいですよ。幸い、大きな過ちが起きる前に気づけたわけですし……」


「……大きな過ち……か。ふふ……」


 ローテーブルを挟んで対面に腰掛けるバンブルビーは、力なく笑った。ちょっと今のはワードチョイスを誤ったかもしれない。

 何とかして話を逸らさねば……崑崙宮に行くとかそれどころの騒ぎじゃなくなってしまう。


「そもそも、なんでブラッシュはこんな嘘をついたんでしょうね。バレるのなんて時間の問題なのに」


「……さあね……命を縛ってた刻印が消えて、俺をからかいたくなったんじゃないの……皮肉にもそれが命取りになるわけだけど」


「だから殺しちゃまずいですってば」


 バンブルビーの気持ちは分かる。なんて軽はずみには言えないが、それでも身内殺しは良くないだろう。


 綺麗事を抜きにして、世の中には居なくなった方がいい奴っていうのが実際にいるし、ブラッシュはきっとその一人ではあるが、それでもアイツに死なれると困る奴だっているのだ。


 例えば、俺とか。


(……クソ、俺だってあの色魔の眷属にさえなってなけりゃあバンブルビーと同じ気持ちだったのに……)


 そう、つい先日のことだ。俺はあの色魔に血を飲まされて眷属になってしまった。魔女と眷属の間には特別な繋がりが生まれる。


 魔女が死ぬと眷属もセットで死んでしまう“道ずれ現象”や、眷属の体験している感覚を魔女が把握出来る“リンク”と呼ばれる現象である。


 つまり、俺は道ずれ現象のせいでブラッシュを全力で守らないといけない立場になってしまったのだ。


 たぶん、この状況こそがブラッシュの狙いだったんじゃなかろうか。


「あと、お土産の件なんですけど……」


「もういいよ。辰守君にあげるつもりで買ってたし、イー・ルーもあの服似合ってたじゃない。あげるあげる」


 バンブルビーは投げやりにそう言った。俺がもっと早い段階で食い違いに気づいてさえいれば……彼女にこんな顔をさせることもなかったのに。


「……分かりました。せっかく俺に買ってくれたのにすみません。けど、このブレスレットだけはきちんと俺が受け取りますね」


 俺はバンブルビーにプレゼントされた白金(プラチナ)のブレスレットを見せてそう言った。


「……うん。そうしてくれると嬉しいかな」


「バンブルビーとお揃いなんて恐れ多いですけど、正直めちゃくちゃ嬉しいです。俺、腕がちぎれても無くさないようにしますから」


「……はは、スカーレットみたいなこと言って……もう」


 まだ完全に元気……とまでは行かないけれど、それでもバンブルビーは笑顔を作ってくれた。

 でも今朝の彼女の事を思い出すと、もっと綺麗に笑って欲しい……そう思った──



閑話(かんわ)



「──じゃあ、行ってきますから。皆のこと頼みますよ。マジで」


 タワーマンション内にあるバーラウンジ……そこで午前中から酒を飲むオヤジが二人。


 一人はいつも仏頂面を決め込み、中華鍋を振る事以外特に取り柄もなければ愛想もない偏屈オヤジ……(とどろき) 龍臣(たつおみ)。店長である。


 そしてもう一人は、ハリウッド映画に出てくる落ちぶれた殺し屋役みたいな雰囲気のオヤジ。


 左手がフックになっているこの男は、見た通り“鉤爪(かぎづめ)のライル”を名乗った。完全に初対面である。なんでもラムの用心棒のヒルダ、アイツの仕事仲間なんだとか。


「おうハレ、気をつけて行ってこいよ。龍奈達のことは俺とアニキにまかせろ……だははは」


「おうおうガキィ〜いいかぁ、仕事ってぇのはよぉ〜カチッと決めねぇとだめだぜぇ〜カチッとよぉ〜……でへへへ」


「……酔っ払いどもめ」


──店長とライル……どうでもいいことに、なんとこの2人には面識があった。


 店長が昔ヤクザをやっていた頃、組が殺し屋として一時期雇っていたのがこのライルという男らしい。


 当時まだ若かった店長は、何故かライルとウマが合い、ライルも店長のことを気に入って喧嘩のイロハを叩き込んでやったのだとか。


 そういう訳で現在、この2人は思わぬ再会を祝ってここで飲んだくれているのだ。


 今となってはどっちもオヤジだが、ライルのことを「アニキ」と呼ぶ店長は妙に若く見えるから不思議なものだった──



閑話(かんわ)休題(きゅうだい)



──気を取り直して中華屋の崑崙宮へ戻った俺とバンブルビーを出迎えたのは、俺がまだ会ったことのないこの店のオーナー、ホアンさんだった。


「来たナ バンブルビー! 師匠のトコに挨拶とは見直したヨ!! ソシテ腕はどうシタ!!」


 ホアンさんは、腰まである白い髪を左右でお団子に(まと)めたハーフアップにしていて、中華風の白と黒のワンピースドレスを着ていた。


 内面の豪快さと神聖さすら感じる優れた容貌(ようぼう)が合わさって、何だか白い虎を人の形にしたような印象を受けた。


「気がついたら何十年、何百年って経ってるからね。気が向いた時くらい行かないと師匠に忘れられちゃいそうだし……腕は最近できた友達に貰ったの」

 

「なるほどナ! そういう事ナラ、ワタシも一緒についてイクヨ!!」


「……え、なんで?」


「決まってるヨ! 愛ダヨ!!」


 ホアンさんはバンブルビーの両肩をガッシリつかんでそう言った。勢いが凄い人だけど、何が言いたいのかは全然分からない。


「……まあ、これも運命なのかもね」


「そうダヨ! 愛ダヨ! フーロン、サッサとその酒コッチに持ってクルヨ!」


「チョット〜今日は店を手伝うて言てたアルネ!? ワタシ1人でディナーサバケナイヨ!?」


 フーロンが言いながら、バカにでかい(つぼ)を抱えてやって来た。バブルガムくらいなら詰め込めそうなサイズだが……あれもしかして酒なのか?


「甘ったれタ言葉聞きたくナイヨ!! ワタシはバンブルビーと師匠と愛を深めてくるカラ、オマエはココでファミィと金を稼ぐんダヨ!!」


「アイヤーッ!? わ、ワカタアル……」


 バカでかい壺を片手で受け取ったホアンさんは、フーロンに向かって拳を突き出した。拳はフーロンの顔面すれすれを通り過ぎて、壁に穴を開けた。フーロンは冷や汗を垂らして横目で穴を見つめている。


(……ホアンさん。この人アレだ、ザ・鴉のメンバーって感じだ。というかいいのか、自分の店に穴開けて……)


 目の前で起きた光景を見て、俺はホアンさんが元 (レイヴン)の魔女だと大いに納得した。聞けば幹部職だったらしいし、癖の強さもそれ相応ってわけだ。


「で、師匠のトコまでどうやって行くヨ!? 走って行けば1週間くらいダケド」


「……走って行くのは二度とごめんだって言っただろ。オニキスがルート開拓してるから、ハイドを経由して行けば30分もかからないよ」


「……え、そうなんですか? 俺てっきり数日がかりかと思ってました」


「トイウカ、そんなスグ行けるナラもっと頻繁に挨拶くらいイクヨ。愛はないノカ?……ワタシなんて毎年走って行ってタヨ……」


「それはただのイカレすぎ」


 かくして俺とバンブルビー、そして急に加わったホアンさんの3人は、思っていたよりもお手軽に中国へと出発した──



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