274.「崑崙宮と西王母④」
【辰守 晴人】
「──それにしても、サービス業の方々には頭が下がりますね。元旦から営業していただいて」
「そういう君も中華屋さんで働いていたんじゃなかったかな?」
「俺のとこは、なんと言うか全然流行ってませんでしたから、年末年始はがっつり休業する予定だったと思いますよ」
「けど呼ばれれば出勤したんでしょ?」
「そりゃまあ、呼ばれれば」
「それは働き者で大変よろしい」
駅前のモールで、他愛のない話をしながらバンブルビーと並んで歩く。人の多いこの場所でも、やっぱり彼女は一際目立っていた。
まず最初に向かったのは、ハイクオリティなのに値段がそこまで高すぎない和菓子屋さん『鳳夢蘭』だ。
「見て辰守君、お年賀フェアだって」
早速バンブルビーが食いついた。当然、和菓子屋なんだから今こそかきいれ時だ。一発目で外す訳にはいかないからな。無難に攻めたがナイスチョイスだったぞ俺。
「うわ、これ凄いですよ。好きな文字とか写真をどら焼きに印刷出来るらしいです」
「へー今はこういうのがあるんだね。けど、もし自分の顔が印刷されたどら焼とか貰ったら気味悪いかも」
「……さすがにそんな頭おかしい事する人居ないんじゃないですか? サンプルも子供が描いたお父さんの絵とかですよ」
「ま、それもそうだね」
バンブルビーの方を気にしつつ、店内を見て回る。彼女の周りだけが、何だか補正が掛かったように綺麗に見えるから不思議だ。
「──お汁粉とか、好きかな」
バンブルビーが手にお汁粉のパッケージを持ってそう言った。ほんの一瞬、俺が好きかと訊ねてるかと思ったがそんなわけはない。
セイラムタワーの皆のことだ。どうだろう、龍奈とかラムは好きそうだけど……ルーはたぶん苦手だろうな。
「3分の2くらいは好きです」
「……? そうなの? えっと、じゃあ取り敢えず買っておこうか」
鳳夢蘭を出て、次に向かったのはケーキ屋さんだ。駅前にもある有名なお店で、案の定ここもお年賀フェアをやっていた。
「……綺麗。ヴィクトリア・ハーバーの夜景を小さなガラスに閉じ込めたみたい」
「ああ、100万ドルの夜景ってやつですか」
色とりどりのケーキが陳列されたショーケースを見て、バンブルビーはそう言った。
およそバブルガムとかからは出ないであろう詩的な表現に、俺は感動した。
「贔屓にしてるケーキとかあるのかな?」
「……どうでしょう、ケーキなら何でも好きだと思いますけど……強いて言うならフルーツ色の強いものですかね」
ルーとかはフルーツゼリーが好物だし、甘過ぎるのはダメかもしれない。ケーキの甘さなんてお店に寄るんだろうけど、フルーツの甘さにはある程度の天井があるからな。
「じゃあ、適当に可愛いのを幾つか……それに、あそこのカップゼリーも買っておこうか」
バンブルビーの指さした方を見ると、透明なガラスのカップにフルーツがゴロゴロ入ったゼリーが並んでいた。あれならルーも大喜びすること間違いなしだ。
「──何だか食べ物ばっかり買ってるね」
「……え?」
ケーキ屋を出てすぐ、バンブルビーの一言で心がざわついた。
(……お年賀=食いもん、という固定概念に縛られ過ぎてる……てことぉ!?)
「……えっと、確かに言われてみればそうですね。1つ上のフロアへ行きましょうか!」
「うん。辰守君に任せるよ」
バンブルビーは不満そうな顔もせずに、にこやかにそう言った。どうやらまだ挽回のチャンスはあるらしい。気を引き締めて行かねば……。
* * *
【バンブルビー・セブンブリッジ】
モールに入るなり、辰守君は和菓子屋さんとかケーキ屋さんとか、食べ物関連のお店にばっかり足が向いた。
一応その場その場で辰守君が好きなものを聞いて購入したけど、これって何かデートっぽくない気がする……。
けど、辰守君もやっぱりちゃんと考えてくれてたみたいで、今は1つ上のアパレルとか雑貨屋が軒を連ねるフロアを歩いている。
「1つ確認なんだけどさ……彼女達は知ってるのかな、その……俺のこと」
辰守君の俺に対する気持ちはもう分かったし、俺自身もそれに対してある程度の答えは固まってきた。けど、イースやスカーレット達はこの事を把握しているんだろうか……それが気がかりだった。
「彼女たち……ああ、皆なら今日俺とバンブルビーが一緒に居るってことは話してますけど」
「そうなんだ……その、何か言ってた?」
「……一緒に初売り行きたかったとか、美味しいご飯食べたかったって言ってましたかね?」
「……そっか」
──ということは、イース達はもう辰守君が俺を新たに彼女として迎え入れることを承知している……ということだ。それどころか、一緒に初売りとか行きたかったらしいのに、俺達を2人きりにしてくれる気の使いよう……皆、俺を受け入れてくれてるんだ……。
(ということは、もし辰守君と結婚したら、イース達とほんとに姉妹になるわけか……バブルガムと身内同士になるのは普通に嫌だな)
──縁起の悪い事を考えて歩いていると、ふとアクセサリーショップが目に止まった。あまり混みあっていない店内は、奥の方まで良く見通せた。
「……このお店が気になるんですか?」
「うん。ちょっと入ってみてもいい?」
「もちろんですよ」
中へ入ると、所狭しとアクセサリーが陳列されていた。ネックレス、ブレスレット、リング、ブローチまで……煌びやかなものからシンプルなデザインまで幅広く、その雑多な感じが逆に取っ付きやすく感じたのかもしれない。
「……これ、買っちゃおうかな」
「ブレスレット……ですか。バンブルビーによく似合うと思いますよ……2つも買うんですか?」
手に取ったのは、金色と白金色のブレスレット。繊細なチェーンに一つだけ小さな宝石が付いているシンプルなデザインだった。
「なんか、一目惚れしちゃって。普段こういうの買わないからたまにはいいかなって」
「金と白金……どっちも髪と目の色に合ってていいですね」
「辰守君のお墨付きなら間違いないね」
2つのブレスレットを会計して、片方だけラッピングしてもらった。金の方はそのまま腕に着けて、白金の方は辰守君に手渡した。
「どうぞ。いつも補佐官のお仕事ご苦労さま」
「え、俺にですか?」
「趣味じゃなかったかな」
「いえ、とっても素敵だと思いますけど……いいんですか? こんな高価なもの……」
「遠慮しないで。俺個人のお金だし、こう見えてそれなりに稼ぎはあるから」
「ああ、売れっ子恋愛小説作家……」
「そこは深く言及しないで」
「では、ありがたく頂戴致します。ありがとうございます!」
恥ずかしくてつい日頃の労いという体になってしまったけど、辰守君は快く受け取ってくれた。無邪気な笑顔が子犬みたいで可愛い。
次に向かったのはカジュアルなデザインが可愛いアパレルショップ。ブラッシュが用意してくれた服も辰守君には気に入って貰えたみたいだけど、俺としてはこういうデザインの方が落ち着く気がする。
今後の事も考えると、何着か買っておい他方がいいと思った。何より、服を買うのってショッピングデートっぽいし。
「服とか買ってもいいかな。ほら、あんまり持ってないじゃない?」
「……服ですか、確かにそうですね。なら俺も選ぶの手伝いますよ!」
「ほんと? 助かるよ」
慣れない服選びだけど、2人してあーでもないこーでもないと、手探りに服を取っかえ引っ変えするのは新鮮だった。
最終的に選んだ何着かの服を見て辰守君は『オーバーサイズも可愛いですよね』と言って満足げな様子だった。
確かに本来ならMサイズ何だけど、オーダーメイドでない限りはどうしても無駄にデカイ胸囲のせいでワンサイズ上になっちゃうんだよな。こればっかりは仕方ないけど。
──こうして2時間くらいショッピングデートを満喫した俺達は、満を持して辰守君の家へ向かった。




