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273.「崑崙宮と西王母③」


【バンブルビー・セブンブリッジ】


──デイドリームの予言をうけ、ヒカリに腕をくっ付けて貰った俺はその日のうちにブラッシュに服を注文した。


 アイツの予言に従うなら、崑崙(こんろん)に行く前に酒を調達しなければならない。酒なんてピンキリだけど、とりあえず一番いいのを持っていけば問題はないはず……だから、安直にホアンが経営してる崑崙宮に行くことにしたのだ。

 

 ただ、ここ数百年で私服なんて数える程しか買っていなかったから、クローゼットに入っている服は色んな意味でもう使い物にならなかった。


「──ふふ。なるほど。デート用の服を用意すればいいのね」


 しかし、俺の頼みにブラッシュは素っ頓狂な反応をした。


「話聞いてた? ホアンの店に行くから、浮かないように普通の服を仕立てて欲しいって言ってるんだけど」


「ええ、だからホアンのお店でデートするから、その服を用立てればいいのでしょう?」


「……楽しい想像してるみたいだけど、俺とホアンはそういうんじゃないから」


「ふふ、誤魔化しちゃって。辰守君との話よ」


 ブラッシュは長い舌でペロリと舌なめずりしながら笑った。このバカ、いったい何を勘違いしてるんだか。


「……よく分からないな。何で辰守君が出てくるの?」


「あらいけない……もしかして“まだ”だったの?」


 ブラッシュは少し驚いたように眼を開いて、そのあと考え込むように目を伏せた。


「まだって、何が?」


「ふふ、いいのよ。今の話は忘れてちょうだい」


「そう……そういえば俺、右腕が吹っ飛んだせいでブラッシュを縛ってる刻印が消えちゃったんだよね」


「ええ知ってるわ。首輪を付けられるのも楽しかったけど、私の性には合ってなかったと気づいたわ」


「不思議なこと言うんだね。首輪ならまだ付いてるように見えるけど」


 俺はブラッシュの顎を持ち上げてそう言った。今のところもう一度ケイトに魔法契約を結んでもらうことは考えてないけど、それはこいつの態度次第だ。


「ふふ、ロマンチックね。では白状しましょう」


 妙に出し渋ったかと思えば、ブラッシュは見え透いた脅しにあっけなく屈した。相変わらずエロい事以外は何を考えてるんだか読めないやつだ。


「辰守君、彼があなたの事を好きみたいなの」


「へー。まあ、自分で言うのもなんだけど俺は(うち)じゃ比較的まともだからね。嫌われてないとは思ってたけど」


「ふふ、そういう事じゃなくて……もっと深い意味で好きって事よ。端的にいえば、エロい意味ね」


「ははは、そんなバカな。俺、つまらない冗談は嫌いだよ」


 ソファーに腰掛けながら、紙に服のデザインを書き起こしているブラッシュを見据えた。ほんの少し威圧的な殺気を飛ばしてみたけど、どこ吹く風って感じだ。


「そう? 本人が言っていたんだけれど。補佐官をするうちにあなたの事が気になり始めたって……彼、困っている子や何か問題を抱えている子に惹かれるタチじゃない?」


「……本人がって、そんなまさか──」


 そこまで言われると、完全に否定しきれなかった。確かに辰守君はかなりのお人好しだし、ブラッシュの言ってることも正直頷ける。


「落ち着いたらあなたに想いを伝えるとも言っていたから、てっきりもう告白されたのかと思っていたわ」


「な、そんな話知らな……というか、なんで俺なんかに……」


「信じるにせよ信じないにせよ、この事はオフレコで頼むわね。本人からは誰にも言わないでくれって頼まれてたから」


「じゃあそれを何で俺に言ってんだよ」


「首輪を引っ張られて苦しかったんですもの」

 

 ブラッシュはそう言ったきり、紙にペンを走らせて(だんま)りを決め込んでしまった。



──自室にもどり、酒を飲みながら考えた。

 

(辰守君が俺を好き……信じられないような話だけど、まったくありえない話でもない……のか)


 恋愛なんて、これっぽっちも考えたこと無かった。自分にはもう縁のない話だったんだと……レイチェルがアイビスと付き合い始めたあの日からそう思ってきた。


 この数百年も、ジューダスに復讐することばかり考えて、それ以外のことなんて抱える余裕はなかった。

 けど、今はどうなんだろう……。


──終わりが見えると次を考え始めるもの……以前、辰守君に言った言葉が自分に帰ってきたようだった。


 ジューダスに俺の力は通じなかった訳じゃない。ヒカリから貰ったこの腕があれば、次こそは本懐を遂げることが出来るかもしれない。


 そこから先なんて考えちゃいなかったけど、もし辰守君が俺の事を本当に想ってくれているのなら──


(……俺は、彼のことをどう思っているんだろう)


 酒を喉の奥に流し込んで、目を閉じる。


『──バンブルビー、今ちゃんと笑ったなと思いまして』


(普段は笑っちゃうくらい鈍感なのに、変なところでめざとくって……)


『──俺、バンブルビーの補佐官ですから。俺が、バンブルビーの右腕になります』


(心配になるくらいお人好しで、いっつも真っ直ぐで……)


『──お願いですから、辛いのに平気なフリなんてしないで下さい』


(隠してるつもりでも、いつの間にか傷を見つけてそっと寄り添ってくれる……)


 ゆっくりと目を開けた。


「……誰かの胸を借りて泣いたのなんて、初めてだったな」


 他人に弱味なんて見せない。敵に知れれば利用されるし、仲間に見せれば重荷になる……そう思って生きてきた。


 今まで不安を打ち明けることが出来たのは、レイチェルだけだ。あいつは敵とか仲間とか、そういうのとは違った。俺にとってあいつは……“特別な何か”だった──


(……辰守君のこと考えると、レイチェルとダブるんだよな……)


 空になったグラスに酒を注ごうとして、やめた。


「……どうしよう……好きかも」




* * *




「──何かバンブルビーとバスに乗ってるって不思議な感じです。今ひとつ現実味に欠けるっていうか……これ、夢じゃないですよね?」


「はは、なにそれ? まあ、昨日飲みすぎて頭が痛いから、今が夢じゃないのは保証するよ」


 セイラムタワーで新年の挨拶を終えて帰って来た辰守君と、バスに揺られて街の東区へ向かう。


 温泉街の拠点から崑崙宮までの距離は、走って行けば大した距離ではないけれど、俺はあえてバスを選んだ。昼間っから目立って人目を浴びるのはよくない……というのは彼に言った建前で、本当は辰守君の気持ちを確かめる時間が欲しかった。けど──


(……辰守君の方、見れないんだよな)


 一度意識してしまうと何だか妙に小っ恥ずかしい気持ちになってしまって、せっかく隣合って座っているのに、俺は窓の外ばかり眺めていた。


 古い知り合いに挨拶するからって、朝からラテに頼んで化粧までして貰った。ブラッシュに作らせた服を何度も着たり脱いだりして、鏡の前で変じゃないかと悶々とした。


『どう? 似合ってるかな?』


 ただ一言、そう言えばいいだけなのに、そんな事も言い出せなくて俺はさっさと城を出発した。そのせいで、今自分がどんな風に見られてるのか、変な風に思われていないかが気になって仕方がない……。


(……急に色気づきやがってとか思われてないかな……だいたい、何でスカートなんだよブラッシュ……)


 結局ずっとそわそわしながら、どうでもいい話ばっかりして目的地に着いてしまった。胸の奥がキリキリする……こんな事なら、やっぱり1人で来た方が良かったかもしれない。


(……バブルガムの借金の話で盛り上がってる場合じゃねぇよ俺……)


 最寄りの駅を降りて、崑崙宮へ歩いて向かう。道中、すれ違う人間達が皆俺を見ている気がして、やっぱり何か変なのかとドギマギした。


 道に隣接したオシャレな店のショーウィンドウに反射した自分を、ちらりと確認する。やっぱ変だ。いつもと違い過ぎる。色気づきやがって……誰だよこいつ──


(決めた。心を無にして、酒を貰うことだけを考えよう。このままでは身が持たん)


 小さく深呼吸して、気持ちをお姉さんモードに切り替えた。アホのアビスの代わりに皆を纏めるいつもの俺に。


 崑崙宮に付くと、フーロンが応対してくれた。久しぶりに聞く声に昔が懐かしくなる。ホアンとはちょくちょく会ってたし、この店の存在も知ってたけど、実際来るのは今日が初めてだった。


 水晶玉の向こうでフーロンがロックを解除したようで、大きな門が自動で開く。中へ入ろうとすると、ふと視線を感じた。


 見ると、辰守君が俺の方を見てぼうっとしていた。


「……どうかしたかな。俺、何か変?」


「え、いえいえ! 変だなんてそんな、私服すごい似合ってるなぁと……つい見惚れてました」


「……そう? 急ごしらえでブラッシュに仕立ててもらったやつだけどね。俺、私服って殆ど持ってないから──」


──不意打ちだった。何だって今更そんな事を……よく平静を保てたと、自分で自分を褒めてやりたい。


 今この瞬間も流れるように会話が続いている……普段キャラを取り繕ってる甲斐があった。勝手に当たり障りない言葉がスラスラ出てくる。


(……服、変だと思われてなくて良かった)


「──はいはい。帰ったら辰守君の制服にもペリース付けるように言っとくから、さっさと行くよ」


 いつの間にか片マントの話になっていたのは謎だけど、辰守君は嬉しそうにしているから良しとする。


 普段は本当に10代なのかって疑わしくなるような子だけど、こういう年相応に無邪気な所は……結構可愛い。


 少し胸が軽くなった俺は、フーロンに要件を伝えて酒の手配をさせた。これで、ひとまずこのお出かけの名目は果たした。後はフリータイムを使って辰守君の気持ちを見定めないといけない。


「……で、この後どうしようか」


「え、お酒貰ったら城に帰るんじゃないんですか?」


「うん……帰るよ。いや、でも昼までまだ時間あるけど」


(……なんか、普通に帰ろうとしてなかったか? いや、でもそうだよな……別にデートしてるわけじゃないんだし……でも、さっきは服褒めてくれたし……関係ないかそれは……)


 辰守君の気持ちが読み取れなくて、胸がヤキモキする。もういっそハッキリ言ってくれ……いや、聞かなきゃそれも無理なのは分かってるけど……。


 垂れた髪を指で(もてあそ)んでいると、辰守君が口を開いた。


「──俺の家、行きますか?」


「辰守君の家……」


(……辰守君の家!?)


 突然の提案に、思考が停止しそうになった。だって、家ってつまり……そういう事だ。辰守君が俺をどう思ってるかなんて……そんなのもう──


(ど、どうしよう……辰守君、完全に俺の事好きみたいだ……いや、別に嫌じゃないけど、さすがに展開が……)


「……えっと、いきなり家はどうかと思うんだけど……なんて言うか、順序を飛ばし過ぎてないかな……」


「……すみませんバンブルビー、おっしゃる通りです。まずは、一緒にショッピングモールに行きましょう」


 辰守君は少し考えてそう言った。焦り過ぎたって自分で気づいたんだろう。


(……ショッピングなら、普通だ。普通に……デート、だよな)


「……ショッピングね。うん……行こうか」


「……ヘイフォン〜! 一番良イ老酒(ラオチュウ)が倉庫の奥の奥で眠テルアルヨ〜掘り出すのに時間かかりそうだケド、ココで待っとくアルカ?」


 ちょうど話が纏まったところに、フーロンがやって来た。どうやら倉庫の整理は苦手らしい。


「それならまた後で取りに来るよ。ショッピングでもして時間を潰してくるから」


「あ〜ハイハイ。デートアルネ……」


 露骨にテンションが下がったフーロンが、俺と辰守君をジロっと睨んだ。やっぱり、(はた)から見ても“そういう関係”に見えるらしい。つまり、何もおかしくはないってことだ。


「うん。まあね」


「好きなダケ楽しんでくるヨロシ。ほれ行っタ行っタ〜」


 晴れ晴れとした気持ちで崑崙宮を後にして、道路沿いの歩道を歩きながらタクシーを探す。

 デートなんて初めてだけど、自分でも驚くくらい気持ちが浮ついている。


(恋愛経験は辰守君の方が上手なんだろうけど、俺の方がお姉さんなんだから、ちゃんとリードしないとな。とりあえず、金ならある。大人の甲斐性を見せないと)


「……辰守君、タクシー来たよ」


「え、すみません。考え事をしていました」


 手を挙げてタクシーを呼び止めた。辰守君はハッとした様子で、何か考え事をしていたらしかった。


「別に謝ることないよ……けど、何をそんなに真剣に考えてたの?」


「無論、どうやって攻略するか……です」


「攻略……」


(──って、俺を攻略するってこと……だよな。辰守君の目、龍奈ちゃんの奪還作戦の時くらい真剣だ。それだけ真剣に俺の事考えてくれてるのか……)


「バンブルビー、俺がしっかりリードしますから、何も心配せずに任せてください」


 真っ直ぐな瞳に、胸を射抜かれた。


「……じゃあ、任せようかな──」




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